銀河通信



【いつか花咲く樹の下で】





帰宅してポストを確認したら、ダイレクトメールに絵葉書が一枚混じっていた。

「わぁ、綺麗……!」

それは、抜けるような青空を背景に、枝いっぱいに白い花をつけた樹が写っているもので……。

表書きを確認すると……そこには良く知る、大好きな彼の手書きの文字が並んでいた。

「週末は、そちらに戻ります」

葉書の一番下に添えられた一言に、思わず顔が綻ぶ。

恋人に宛てたにしては、余りにも素っ気ない一文。
だが、それを書き込む為にどれ程彼が頭を悩ませ、時間を費やしたかがわかる彼女にとっては、宝物のような言葉だった。

玄関をくぐりながら、携帯を取り出す。
時間的には全然問題無いのだが、バイト中だったら迷惑をかけてしまうし……。
もしも友人と一緒だったりしたら、自分の事でからかわれたりして、嫌な思いをさせてしまうかもしれない。

そう考えて、取りあえず電話をかけても大丈夫かと、メールでお伺いを立ててみることにした。

送信ボタンを押し、返事が来るまでの間に部屋着に着替えてしまおうとテーブルの上に携帯を置いた途端、鳴り響くメロディ。

それは、彼専用に設定してある音声着信音で。
慌てて手に取り、通話ボタンを押す。

「もしもし?」
『……あ、俺』

低く優しく響く声に、心臓がきゅうと切なく痛む。

『どした? 井上』
「今、話してて大丈夫なの?」
『大丈夫だから、かけてんだろ?』

電話の向こうから、苦笑する気配。

「メールくれたら、こっちからかけたのに」
『別にいいよ、そんなの気にしなくて。……で、何だ?』
「うん…あの………絵葉書、ありがとう」
『ああ、無事に届いたか。良かった、良かった』
「とても綺麗な写真だね。林檎の樹かな、これ……」
『流石、やっぱ女は違うな。俺は花や樹なんか皆同じに見えるから、訊かなきゃわかんなかったけど』
「本当に素敵な写真で、嬉しかった」
『そりゃ良かった』

そこで少し、間が空いて。

『……ごめんな?』

躊躇いがちに届いた一護の声に、織姫は戸惑う。

「どうして謝るの?」
『……本当は、さ。お前が送ってくれたみたいに、ちゃんとホワイトデー用のを用意出来れば良かったんだけど……どうにも、その手の売場に行くのがこっ恥ずしくってよ……』
「あはは……」
『…………笑うな』
「ごめんなさい……でも、私は本当に嬉しかったよ? こういう写真、好きだし」
『だと、思ったんだ』

彼の声が、母親に誉められた子供のように弾む。

『それ…実は既製品じゃなくてさ、ガッコのダチに写真が趣味の奴が居て…そいつからデータ貰って印刷したんだ』
「わ……じゃ、手作りなんだ!」
『手作り…ていう程のもんじゃねぇけどな。印刷ボタン押しただけだから』
「そんな事ないよ……」

胸にそっと、葉書を押し当てて……。
声に精一杯の想いを乗せて、織姫は受話器の向こうの一護に言った。

「本当にありがとう、黒崎君……」

その言葉に対して、返答は無かったけれど。
彼が照れくさそうに笑ったであろう気配を、彼女は確かに感じとった。

『週末には、そっちに行くからよ』
「うん」
『約束通り、好きなだけケーキ奢ってやるな?』
「うん! 楽しみにしてます」
『それから……さ』
「はい?」
『まだちょっと先の話だけど…五月の二週目の土日、空けとけな?』

思わずぱちくりと、瞬きをしてしまう。

「……どうして?」
『林檎の花が咲くのが、その時期らしいんだ。
んで、データくれた奴が言うにゃあよ、その写真の場所は、俺んとこから二時間くらいで行けるらしいんだ。近くには日帰りで入れる温泉なんかも在るらしいしさ。だから……一緒に行ってみないか?』


……その林檎の樹に逢いに、二人で。


ふわぁっ……と。
身体が浮くような感覚。

思いも寄らなかった彼の誘いが、嬉しくて。
間違いなく、自分は彼に想われているのだと…そんな実感が、心の底から体中に広がっていくようで……。

思わずこぼれそうになった涙を、織姫は慌てて拭った。

『……嫌か?』
「ううん、そんなことない! すっごくすっごく、嬉しい!!」
「そっか?」
「うん! 絶対に、他の予定入れないから…だから……」


……きっと、連れて行ってね?


「おう。任せとけ」
笑いながらの、一護の声がして。
織姫もまた「よろしくお願いします」と言いながら、笑う。



……本当は。
葉書を見つけるまで…いや、見つけてからも。
ほんのちょっぴり、淋しかったのだ。
遠距離だから仕方がないとはいえ、バレンタインデーにもホワイトデーにも、彼と一緒に過ごせなかったという事が。

だけど。
そんな憂いは、今や完全にどこかへ吹っ飛んでしまった。

今日からきっと、毎日笑顔で指折り数えてしまうだろう。
爽やかな五月の風の中、二人で林檎の花を見上げるその日を……。

『あ、そろそろ休憩時間終わるわ。悪ぃけど、切るな?』
「あ、バイト中だったんだ?! ごめんなさい」
『だから、休憩中だから気にすんなって。俺も声聞けて嬉しかったから、お前が謝るこたぁねぇよ』


じゃあまた、週末にな……。


彼の最後の一言の後、途切れる通話。
織姫は名残惜しげに、少しの間画面を見つめて。
それから充電器に電話を立てかけながら、もう一度じっくりと写真を眺めた。



『……待っていてね?』
心の中、林檎の樹に語りかける。


『きっと二人で、逢いにいくから……』



そっと、写真の表面を一撫でして。
「明日、フレーム買ってこようっと」
そう呟きながら。
宝物を仕舞うかのように、大事に大事に机の引き出しにしまう。



……そして。



着替えを取り出すべく、クロゼットの方へと踵を返した………。











再掲載にあたり、若干加筆修正
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