星の河を渡る日


駅に戻ると、七夕飾りの撤去が始まっていた。
名残惜しそうにその様子を眺めていた井上が、はっ…と何かを思い出したように、慌ててバッグの中を探り始める。
そして細長い箱を取り出すと、悲しげに眉尻を下げてため息を吐いた。

「汚れちゃってる……」
「何か、大事なものか?」
「えと——その、プレゼント。黒崎君に…」
「俺?!」
「お誕生日と、内定のお祝い兼ねて用意してたの。
こんなことなら、逢ってすぐに渡せばよかったな。箱が潰れてないから、中身は問題ないと思うのだけど」

包み直してから、宅配便か何かで送ると言うのを、気にしないから——と、半ば強引に手の中からもぎ取る。
俺のために用意したものだと知って、それが目の前にあると言うのに、数日お預けなんて無理だ。

「中身、何か訊いても?」
「うん…あのね、万年筆なの。
書くことや本に関わるお仕事をする人の持ち物——っていうイメージが、どうしても強くて。
実際に仕事する時にはパソコンを使うのでしょうし、時代錯誤かも知れないけど……」
「いや…実際、憧れだったよ。
実は子供の頃、親父のをこっそり使ってペン先割って、叱られたことあるんだ」
「あらら…。おじ様にとっても、黒崎くんにとっても、災難だったねぇ」

くすくす笑う井上に礼を言い、鞄に仕舞い込む。
本当は今すぐにでも開封したいくらいだが、そろそろタイムリミット。
電車の到着時間が、刻々と近づいていた。

「そのうち、葉書でも書いて送るよ。
そうだな…下旬に家族で旅行することになってるから、その旅先からでも。綺麗な絵葉書探して」
「わ……本当?! 嬉しい…」

咲く花のように顔を綻ばせる井上に、手を差し出す。
一瞬、泣き出しそうな顔をして。
すぐにまた穏やかな笑みを浮かべると、井上は俺の手をしっかりと握り返した。

「元気で……卒論、頑張って」
「そっちもな。新作パン、売れるといいな」
「うん」
「………あのさ」
「はい?」
「割と、本気だから。店の前に、指環持参で軽トラで乗り付ける——って、話」

ぽん!…と音がするような勢いで、井上が顔を紅くする。
俺は笑って井上の手を離すと、身を翻して改札の中へと駆け込んだ。
身を切られるような痛みを胸に抱えつつ、体半分振り返って、笑顔で手を振る。

「またな、井上…!」
「うん……また、ね!」

手を振り返す井上の背後、駅舎の大きな窓から、街の灯りが見えた。
それは大通りに沿ってチラチラと揺れながら、緩く曲線を描いて、遠く続いていく。

まるで、星の河のように……。









……頑張ろうな、井上。
8ヶ月なんて、きっとすぐだ。




 
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