Kissin' Christmas









右手に、湯たんぽ。
左手に、水枕。

行儀悪いのを承知で足で戸を開き、身体を部屋の中に滑り込ませれば。

「………ごめんね」

部屋の奥。
ベッドの上からあがる、弱々しい声。

「もう、謝んなって。さっきから何度も、そう言ってるだろ?」
「うん……でも、ごめんなさい………」

溜息を吐きつつベッドに近寄り、そこに横たわるヨメさんを見下ろす。
ヨメさんは腕で目のあたりを覆っていて、どんな表情をしているのかはわからなかった。

でも、知ってる。
きっと今、目元が赤く染まっていること。

「食事だって、無事キャンセル出来たんだし」
「ん…そう、なんだけど……ね」

相変わらず顔を隠したまま、小さく頷くヨメさん。

「悔しいな…折角のクリスマスに、風邪ひくなんて………」

微かに声が震えた事には気づかないふりをして、まずは足元に湯たんぽを突っ込んだ。
次に頭の方に回り、身体をかがめると片腕をヨメさんの首の下に差し入れる。

「少し、我慢しろ」

そう告げてから彼女の上体を少し起こし、急いで水枕を置いて。
ゆっくりと頭を下してやれば、ほう……と小さく彼女が息を吐いた。

「気持ちいい………」
「そりゃ、よかった!」

そのままベッドの上に腰を下し、前髪をくしゃりと撫であげれば、漸くヨメさんが顔の上から腕を退けた。
案の定、目元は赤く、瞳は潤んで光が不安定にゆらめいている。
それは絶対に、熱のせいだけじゃなかった。

「……怒ってる?」
「何でだよ」

ばぁか………と言いながら、軽く鼻を抓んでやる。

「いふぁい!」
「お前、先月からずっと仕事で無理し続けてたろ? だから…終業式済んで、気が緩んだんだよ、きっと」
「……………」
「本当に…俺は全然、気にしてないんだからな?
でも……お前が俺に対して、どうしても悪いなぁって気持ちを消せないって言うんなら、まずはゆっくり寝て、早く風邪治せよ」
「……そ、らね………」

鼻から手を離し、もう一度前髪を撫でてやって。
漸くヨメさんの顔に柔らかな笑みが浮かんだことに、ほっと小さく息を吐いた。

「熱、上がりきったみたいだな」
「うん…寒気とか、頭痛とかは止まったよ」
「………つか、逆に汗出てきたか?」
「うん…ちょっと。未だ、着替えるほどじゃないけど」
「そっか」

一度ベッドから離れ、箪笥から下着一式とパジャマを取り出し、枕元にそれらを置いてやる。

「ありがと……」
「いや……大したことじゃねぇし。それより………俺こそ、御免な? 側に居てやれなくて……さ」

ベッド脇に膝立ちになり、ヨメさんの薄茶の顔を覗き込む。
不安そうな面持ちの俺を映した薄茶の瞳は、しかしながら柔らかく細められて。
優しい微笑を浮かべながら、ヨメさんは首を横に振った。

「お子さんが居たら、一緒にクリスマスをお祝いしたくなるのは当然だもの……」

そう………俺は先輩からの頼みを断り切れず、これから勤務先の病院へと夜勤に向かうのだ。

「水分を十分とって、大人しく寝てるんだぞ?
多分、峠は越えてると思うけど……どうにも具合悪くなったら、遠慮なく病院に電話入れろな」
「はい、黒崎先生」

くすくす笑いながら返事をしたヨメさんの額に、そっと口づける。
ゆっくりと顔を離していけば、顔を真っ赤にして額を抑え、目を大きく見開いたヨメさんが居た。

なんだか可笑しくなって、思わず吹き出してしまう。
すると彼女は、軽く口を尖らせて、すねた様に呟いた。

「……………一護くんの、すけべ」
「へー……折角の俺の愛情表現に、文句をつけると?」
「だって………一生懸命、我慢…してるのに」
「我慢?」

何のことやら……と。
眉根を寄せて首を傾げれば、ますます拗ねた表情になって、布団にもぞもぞと顔半分潜ってしまう。

「おりひめ?」

指先でそっと、布団を押し下げれば。
隙間からのぞいたのは、茹でたように真っ赤に染まったヨメさんの顔。

「おり…ひ…?!」
「だって、風邪なんて引かなかったら…本当はもっともっと、一護君といちゃいちゃ出来た筈なんだもん…っ!」
「い…っ?!」

ヨメさんからのトンデモ告白に、一気に顔に集まってくる血液。
彼女に負けず劣らず、真っ赤になって狼狽えてしまう。

そんな俺を見あげたヨメさんの顔が、くしゃり……と泣きそうに歪んで。
一護君の莫迦……と言いながら、彼女は再び…今度は頭の先まで布団の中に潜ってしまった。

「織姫……」

布団を剥がそうとしたけれど、彼女の抵抗が強くて出来なくて。
仕方なく諦めると、ばぁか……と呟きながら、布団ごとぎゅうと彼女の身体を抱き締める。

「お前なぁ……俺が全く我慢していないとでも?」
「………っ?!」

布団越しにも、彼女の身体が強張ったのがわかって。
宥めるように、ぽんぽんっと布団を叩く。

「勘違いするなよ? 怒ったり責めたり…ってわけじゃねぇから……。俺もお前と同じ気持ちなんだって、そう、言いたかっただけ」

ゆっくりと起き上がり、布団の端に手をかける。
今度は何の抵抗もなく剥がされたその下から、半泣きのヨメさんの顔が現れた。

掌で頬そっと、頬を包みこんで。
瞬きをした拍子に零れた涙の跡を拭い取るように、親指でゆっくりと頬骨のあたりを撫でてやる。

「早く、元気になれよ」
「……………うん」

こっくりと、幼い子どものように頷きながら。
布団の中から腕を伸ばしたヨメさんが、細い指先で軽く俺の前髪に触れてきた。

「……行ってらっしゃい、一護君」
「ああ…行ってくるよ……」

微笑みを返しながら。
ふ……と、ある事を思いついて、彼女の手首を掴む。

きょとん……として俺を見あげる薄茶の瞳に、悪戯っぽく微笑んで。
腕を掴んでいるのとは逆の手で、ヨメさんのパジャマの袖を少し引き下ろすと、露わになった白い腕の内側に唇を寄せた。

「一護、く………んっ?!」

一度強く吸い上げてから、唇を離す。
白い腕に咲く、紅。
まるで雪の上に落ちた、柊の実のように………。

「お前……もう、冬休みだしな」
「うん………」

そう………彼女が就職してからはずっと、俺は彼女に所有の印を残すことを避けてきた。
万が一にも保護者の目に触れたら、織姫の立場が悪くなるんじゃないか……と、気になって。

そんな俺の気遣いに、「有難う」と微笑みつつも。
ちょっとだけ、淋しいな………と。
ヨメさんが呟いたことがあったのを、覚えていた。

「…………嬉しい」

軽く痣になったその場所を反対の手で撫でながら、はにかむように笑うヨメさん。
その笑顔に、今更ながらにとくりと心臓を鳴らしてしまった俺、は。

「いつまでも肩出してると、冷えるぞ」

照れ隠しも手伝って、些か乱暴に彼女の両腕を布団の中に押し込んだ。
はぁい……と、どこか浮き立つような響きを持つ声で、彼女が返事をする。

「じゃ、な」
「うん」

もう一度、くしゃりと胡桃色の髪を撫でて。
後ろ髪引かれる想いを断ち切るように、ベッドから立ち上がった。

部屋を横切り、敷居を跨いで。
境の扉を閉ざす直前。

「あ……一護くん!」

忘れ物………という声に、慌ててベッドを振り返ると。

「メリー・クリスマス!」

布団の中、ヨメさんが小さく手を振って寄越した。
俺もまた、ゆっくりと微笑みを浮かべながら、彼女に応える。

「………メリー・クリスマス、織姫!」







窓の外、静かに雪が舞い始めていた。















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