この、美しい世界に……君と
※死ネタ注意
地方の大学に通うために、一人暮らしを始めた俺。
そんな俺のところに、井上が突然ふらりとやってきたのは、大学三年生の冬のことだった。
井上が俺のところに来るのは、それが初めてって訳じゃなかった。
隣町には遊園地兼動物園があって、そこを目当てに啓吾達と連れ立って、一年の夏休みに遊びに来た事がある。
だけど……事前の連絡も何もなく、それもたった独りでやって来るなんて事は想像だってしたことなかったから。
大学の正門前に佇んでいる彼女をみつけたときには、ホント、目玉が飛び出るかと思うほどに仰天したんだ。
申し訳なさそうに苦笑しながら彼女が俺に説明するに、は。
テレビのニュースで、件の遊園地のクリスマスイルミネーションが特集されていたのを目にして、どうしても来てみたくなったのだ……との事。
「折角近くまで来たんだし、まだ日暮れまで時間があるから、運が良ければ逢えるかもしれないと思って寄ってみたのであります!」
おどけて敬礼をしながらの屈託のない笑顔に、どくりと心臓が跳ねた事を覚えている。
少女期のあどけなさを僅かに残しながらも、二十歳を超えた井上は薄く施した化粧も手伝って、すっかり綺麗な大人の女性になっていたから。
「これから遊園地に行って、イルミネーションをひととおり楽しんだら、最終の特急で空座に戻るの」
それじゃあね、顔を見られて嬉しかったよ!………そう言って、踵を返そうとした彼女の腕を咄嗟に掴んで。
俺も同行して良いかと尋ねたのは、単純に庇護の気持ちからだった。
ぽやんとしている井上の事だ、夜のデートスポットで変な奴にナンパなんぞされて、事件にでもなったら大変だ……と、そんな不安が脳裏をかすめたんだ。
「そんな…悪いよ……」
戸惑いながら首を横に振る井上に「どうせ今夜はバイトもないし」と肩を竦めてみせて。
どうしても気が引けるなら、ボディガード代としてハンバーガーの一つも奢ってくれれば良いから…と笑えば、漸く彼女も肯いてくれた。
ふうわり……と。
それはそれは綺麗に、微笑みながら………。
そうして二人でやって来た遊園地はと言えば、呆れて溜息を吐いてしまったくらい、ものの見事にカップルだらけだった。
まぁ…クリスマス直前のデートスポットなんだ、当然と言えば当然だ。
そんな中、を。
まるで遠足に来た幼い子どものように、歓声を上げてはしゃぐ井上。
瞳にイルミネーションの光を反射させながら笑う横顔は、綺麗で可愛くて、夢の国の住人のようで……。
すれ違った二人連れ、男の方が井上の容姿に視線を奪われたことを隣の彼女に怒られていた。
そんな場面に、一瞬心に湧いたのは、男としての妙な優越感。
だけど………。
次の瞬間には逆に、奈落に突き落とされたような気分を味わっていた。
俺は、井上の彼氏でも何でもない。
ただの友達で、仲間でしかなくて。
今はこうして彼女の隣を歩いているけれど、いつの日にかそれは、俺ではない誰か別の男の。
そいつだけの、特権になるんだ………。
『………そんなのは、嫌だ!!!』
心の底から、そう思って。
そんな自分に、愕然とした。
………なんて遅い、自覚。
彼女に、次は絶対に護るから………と。
そう告げたあの十六の頃から、俺の魂はとうに、彼女を唯一の存在にと望んでいたというのに。
腕を、伸ばす。
震える指先で彼女の手に触れれば、まるでばね仕掛けの人形のように彼女が俺を振り仰いだ。
構わず指先を握って、歩き出す。
井上は何も言わなかった。
ただ、しばらくしてから繋いだ方の腕に、頭をかるくもたせ掛けてきた。
それに応えるように、重ねていた手を指を絡めるようにして繋ぎなおす。
きゅう…と、彼女の指先に力が加わる。
言葉は一言も、交わさなかった。
だけど……二人とも、確信してた。
俺たちの心が、綺麗な月明かりの下で、ぴたりと重なったことを………。
駅には、行った。
でも、手を離せなかった。
軽く腕を引けば、僅かな抵抗の後で一歩踏み出される足。
そのまま無言でロータリーを横切って、バスに乗り込んで、アパートまで来て。
部屋の前、ずっと直視できなかった顔を思い切って振り返れば。
俺の視線を受け止めてくれたのは、ただただ優しく穏やかな微笑みで。
ドアの鍵を開ける事すらもどかしく、もつれるように、俺たちは部屋に入った………。
翌朝。
無意識に手を伸ばした俺の隣、シーツの冷たい感触に飛び起きた。
部屋には、俺だけ。
俺、独りだけ。
………夢?
そんな筈は、なかった。
この幸せな時間が、己れの妄想に過ぎなかったらどうしようか……と。
不安故に、浅い眠りと覚醒を何度も何度も繰り返して。
その度に、腕の中の暖かな存在を抱き締めて……現実なのだと確かめ続けて、やっと迎えた朝だったのだから。
慌てて着替えようとした時に響いた、携帯の着信音。
床に脱ぎ捨てたままだった、上着のポケットから探しあてたそのディスプレイには、竜貴の名前。
電波の向こうから聞こえてきた切羽詰った幼馴染の声に、その通話の内容に、俺は思わず携帯を床に取り落とした。
井上のマンションが、もぬけの空だと言うのだ。
混乱する頭を抱えたまま、ともかく駅にでも向かってみようと部屋を飛び出した俺の目の前。
空に忽然と出現したのは、円形の門。
血相を変えたルキアと恋次が、急いで尸魂界に来いと叫んだ。
地方の大学に通うために、一人暮らしを始めた俺。
そんな俺のところに、井上が突然ふらりとやってきたのは、大学三年生の冬のことだった。
井上が俺のところに来るのは、それが初めてって訳じゃなかった。
隣町には遊園地兼動物園があって、そこを目当てに啓吾達と連れ立って、一年の夏休みに遊びに来た事がある。
だけど……事前の連絡も何もなく、それもたった独りでやって来るなんて事は想像だってしたことなかったから。
大学の正門前に佇んでいる彼女をみつけたときには、ホント、目玉が飛び出るかと思うほどに仰天したんだ。
申し訳なさそうに苦笑しながら彼女が俺に説明するに、は。
テレビのニュースで、件の遊園地のクリスマスイルミネーションが特集されていたのを目にして、どうしても来てみたくなったのだ……との事。
「折角近くまで来たんだし、まだ日暮れまで時間があるから、運が良ければ逢えるかもしれないと思って寄ってみたのであります!」
おどけて敬礼をしながらの屈託のない笑顔に、どくりと心臓が跳ねた事を覚えている。
少女期のあどけなさを僅かに残しながらも、二十歳を超えた井上は薄く施した化粧も手伝って、すっかり綺麗な大人の女性になっていたから。
「これから遊園地に行って、イルミネーションをひととおり楽しんだら、最終の特急で空座に戻るの」
それじゃあね、顔を見られて嬉しかったよ!………そう言って、踵を返そうとした彼女の腕を咄嗟に掴んで。
俺も同行して良いかと尋ねたのは、単純に庇護の気持ちからだった。
ぽやんとしている井上の事だ、夜のデートスポットで変な奴にナンパなんぞされて、事件にでもなったら大変だ……と、そんな不安が脳裏をかすめたんだ。
「そんな…悪いよ……」
戸惑いながら首を横に振る井上に「どうせ今夜はバイトもないし」と肩を竦めてみせて。
どうしても気が引けるなら、ボディガード代としてハンバーガーの一つも奢ってくれれば良いから…と笑えば、漸く彼女も肯いてくれた。
ふうわり……と。
それはそれは綺麗に、微笑みながら………。
そうして二人でやって来た遊園地はと言えば、呆れて溜息を吐いてしまったくらい、ものの見事にカップルだらけだった。
まぁ…クリスマス直前のデートスポットなんだ、当然と言えば当然だ。
そんな中、を。
まるで遠足に来た幼い子どものように、歓声を上げてはしゃぐ井上。
瞳にイルミネーションの光を反射させながら笑う横顔は、綺麗で可愛くて、夢の国の住人のようで……。
すれ違った二人連れ、男の方が井上の容姿に視線を奪われたことを隣の彼女に怒られていた。
そんな場面に、一瞬心に湧いたのは、男としての妙な優越感。
だけど………。
次の瞬間には逆に、奈落に突き落とされたような気分を味わっていた。
俺は、井上の彼氏でも何でもない。
ただの友達で、仲間でしかなくて。
今はこうして彼女の隣を歩いているけれど、いつの日にかそれは、俺ではない誰か別の男の。
そいつだけの、特権になるんだ………。
『………そんなのは、嫌だ!!!』
心の底から、そう思って。
そんな自分に、愕然とした。
………なんて遅い、自覚。
彼女に、次は絶対に護るから………と。
そう告げたあの十六の頃から、俺の魂はとうに、彼女を唯一の存在にと望んでいたというのに。
腕を、伸ばす。
震える指先で彼女の手に触れれば、まるでばね仕掛けの人形のように彼女が俺を振り仰いだ。
構わず指先を握って、歩き出す。
井上は何も言わなかった。
ただ、しばらくしてから繋いだ方の腕に、頭をかるくもたせ掛けてきた。
それに応えるように、重ねていた手を指を絡めるようにして繋ぎなおす。
きゅう…と、彼女の指先に力が加わる。
言葉は一言も、交わさなかった。
だけど……二人とも、確信してた。
俺たちの心が、綺麗な月明かりの下で、ぴたりと重なったことを………。
駅には、行った。
でも、手を離せなかった。
軽く腕を引けば、僅かな抵抗の後で一歩踏み出される足。
そのまま無言でロータリーを横切って、バスに乗り込んで、アパートまで来て。
部屋の前、ずっと直視できなかった顔を思い切って振り返れば。
俺の視線を受け止めてくれたのは、ただただ優しく穏やかな微笑みで。
ドアの鍵を開ける事すらもどかしく、もつれるように、俺たちは部屋に入った………。
翌朝。
無意識に手を伸ばした俺の隣、シーツの冷たい感触に飛び起きた。
部屋には、俺だけ。
俺、独りだけ。
………夢?
そんな筈は、なかった。
この幸せな時間が、己れの妄想に過ぎなかったらどうしようか……と。
不安故に、浅い眠りと覚醒を何度も何度も繰り返して。
その度に、腕の中の暖かな存在を抱き締めて……現実なのだと確かめ続けて、やっと迎えた朝だったのだから。
慌てて着替えようとした時に響いた、携帯の着信音。
床に脱ぎ捨てたままだった、上着のポケットから探しあてたそのディスプレイには、竜貴の名前。
電波の向こうから聞こえてきた切羽詰った幼馴染の声に、その通話の内容に、俺は思わず携帯を床に取り落とした。
井上のマンションが、もぬけの空だと言うのだ。
混乱する頭を抱えたまま、ともかく駅にでも向かってみようと部屋を飛び出した俺の目の前。
空に忽然と出現したのは、円形の門。
血相を変えたルキアと恋次が、急いで尸魂界に来いと叫んだ。