君に想う、蓮華色の奇跡




………そんな雨の日から、約一ヶ月。

ついに迎えた、ヨメさんの誕生日当日。
数日前から必死に仕事を調整していたにも関わらず、急患対応に追われて………。
仕事場を飛び出した時には既に、一般家庭の夕食の時間からは大分遅れた時刻となっていた。

パーティーは今週末、俺の非番と重なった土曜日に、親父や妹たちも交えて開くことになっていたけれど。
当日にちゃんと祝ってやれなくては、夫としてどうよ?……と、思うから。

家路を急いで、急いで。
ようやくたどり着いた玄関先で、一度ポケットの中を探った。

掌の上に、小さな白い箱。
かけられたチョコレートブラウンのリボンが、効いている。

今日の休憩時間に、あわせて。
わざわざ勤務先の病院まで届けてくれた、店長さんの笑顔を思い浮かべて。
俺もまた、口の端に小さな笑みを浮かべた。

ポケットに箱を戻して。
鍵を差し入れて回し、そっと玄関を開ける。
時間的に…子供達は勿論のこと。
添い寝するヨメさんもまた、そのまま眠ってしまっている可能性が高かったから。

足音を忍ばせて向かったリビングには、やはり家族の姿は無くて。
続きの和室の引き戸を、そっと開く。

そこには…双子の娘と息子に挟まれるようにして。
うつ伏せになって横たわる、ヨメさんが居た。

安堵と淋しさがないまぜになって、胸がきゅうと痛む。

なにも掛けずに眠っていたので、タオルケットでも……と。
近寄ったのが不味かったのか………。

僅かに身じろぎし、軽く伸びをして。
ヨメさんがゆっくりと、瞼を持ち上げた。


「……わり、起こしたか?」
「一護、君………」


未だ、目が覚めきっていないのだろう。
どこかぽやんとした雰囲気のまま、上体を起こして。
お帰りなさい……と、優しい微笑みを俺に向ける。

ただいま………と。
傍らに膝をつき、肩に手を回して、額に唇を押し当てて。

少し身体を離して、ヨメさんの顔を見下ろせば。
まるで少女のようにはにかんで、俺の胸元にそっとその頭を凭れてきた。

「ごめんね、今すぐに夕食支度するから………」
「無理せず、寝てろよ。温めるくらい、自分で出来るから…さ」
「ううん…大丈夫、よ………?」

ふらりと立ち上がろうとするのを、慌てて支えて。
有り難う……と微笑むヨメさんの髪を手櫛で梳いて、寝乱れた部分を直してやる。
くすぐったそうに、彼女は笑って。
リビングへ向かい、キッチンへと移動しようとするの、を。
その細い腕を掴んで、引き止めた。

きょとんとして俺を振り返った、ヨメさんの腕を引いて。
無言のまま、少々強引にソファへと誘導して座らせる。

「あなた…ご飯………」
「うん、食べるよ? でも、その前に………さ」

彼女の隣に、腰掛けて。
俺よりも一回り小さい、白い手を取る。

ポケットを探って。
仰向かせた掌の上、白い小箱をそっと乗せた。

「誕生日、おめでとう。織姫………」

するとヨメさんは、その薄茶の瞳を見開いて。
数瞬の間、俺の顔を見つめた後。
ふうわり……と、それはそれは嬉しそうに、目を細めて微笑んだ。

「ありがとう………!」

俺も、笑って。
どういたしまして……と言いながら、かすめるように口づける。

ヨメさんは、顔をほんのり朱に染めて。
少しの間、うろうろと視線を彷徨わせて。

「…………開けて、も?」

ちろり……と。
前髪の隙間から上目遣いに俺を見て、言った。

「勿論!」

苦笑しながら頷くと、彼女はもう一度、にこりと笑って。
膝に箱を置き、その細い指先でリボンの端を摘んだ。

するり………と。
起用な手つきで解かれていく、チョコレートブラウン。
くるくるとリボンを手に巻きとって、テーブルに置いて。

膝に置いていた小箱を手に取り、ゆっくりと蓋を持ち上げた。

中から出てきたのは、これまた箱で。
天鵞絨張りの、蝶番のついたそれを、目の高さに持ち上げて。
ゆっくりと、開いていく。

………と、同時に。

ヨメさんの瞳もまた、大きく大きく見開かれていった。


「……一護くん、これ………?!」


困惑して瞬きを繰り返しては、俺の顔を見上げるばかりの、織姫。
苦笑しながら、俺は箱を取り上げて。
指輪を引き抜き、ヨメさんの左手を取って。
その白くほっそりとした中指に、そっと指環をはめた。

プラチナの台座に埋め込まれた、蓮の花と言う名の石が、きらりと光を反射する。
デザイン自体は、至極シンプル。
だけど、店長さんが自慢の腕を振るった蔦模様の彫りが、落ち着いたなかにも華やかさを添えていた。

「サイズは、大丈夫そうだな………」
「一護くん……あの、これ………かなり、高」
「値段聞くとか、気にするとか、そういうのは無しな?」
「……っ?!」
「無理とか、全然してねぇからさ。
気に入らなかったんならともかく、そうでないなら。
素直に喜んで、笑って受け取ってくれるのが、一番嬉しいんだ……」
「一護君………」

ヨメさんは…暫くの間、じっと指環を見つめて。
それから、ゆっくりと俺の顔を振り仰いで。

「…………ありがとう」

呟きながら、ふわり………と。
それはそれは綺麗に、笑ってくれたのだった。





「それにしても………」
照明の光に、透かすようにして。

「綺麗で…不思議な色ね…………」
うっとりと、ヨメさんが呟く。

「気に入った?」

俺の問いかけに、こくり………と、童女のように頷いて。
そして彼女は、より一層、夢見るような表情になって呟いた。

「まるで……夕焼けの空と、桜吹雪を……ね?
溶かして生まれた結晶みたいだな……って、思ったの………」



………瞬間。



息を、飲んだ。

鼓動が常より、高く鳴って。
僅かに目を見開いたまま、まじまじとヨメさんの横顔を見つめてしまう。
その視線に気が付いたヨメさんが、不思議そうな顔をして俺を振り向いた。

「………どうか、した?」
「いや……」

なんでもねぇよ………と、首を横に振って。
片腕で静かに、ヨメさんの痩躯を引き寄せる。

もう片方の腕を伸ばし、指環のはまった左手に、そっと触れて。
耳元で、囁いた。

「仕舞込んだりしないで、ちゃんと普段から着けてろよ?
折角……育児や家事の邪魔にならないようなデザインに、してもらったんだからさ。
それに…サファイアってダイヤの次に硬い石らしくて、そう簡単に傷なんてつかねぇって言うし」

くしゃり……と、胡桃色の頭髪を撫でて。

「赤ん坊なんて…一人だって大変なのに、双子を育てて。
授乳の為に、大好きな甘いもの食べるのも、我慢して。
毎日毎日頑張ってるお前への、俺からの金メダルみたいなもんだから……さ」
「うん……ありがと、本当に………」

肩口に、擦り寄せられる額。
彼女の柔らかな胡桃色の髪が、優しく頬をくすぐる。


今度は、両腕で。
彼女を抱き寄せて、抱きしめて。

耳の下あたりから、少しずつ、少しずつ。
頬を横切るように辿る唇は、やがてヨメさんのそれへと到達する。

最初はそっと、触れあわせるように。
次第に、熱の隠った深いものになっていく、甘い口づけに酔いながら。

合間に囁く、彼女への想い。



生まれてきてくれて、有り難う。
俺と出逢って、俺を選んで。
生涯を共にと、誓って。
蒼良と咲良に、逢わせてくれて。

本当に、本当に、有り難う………。










「一護君………」










あいしてる………と。
息だけで囁かれた、声なき言葉。

思わず、腕の力を強めて。
彼女の髪に顔を埋めるようにして、囁き返した。


俺、も………と。










Happy Happy Birthday

君が生まれてきた奇跡に、心からの感謝を………!














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