1番好きなのは……?



珍しく残業をせずに帰宅できた、その日。
ただいま……と玄関をくぐったものの、いつもなら走り出てくる年少組の子供たちと、妻の姿は無く。
代わりに何やら、異様に騒がしいリビングの様子に、一護は軽く眉を顰めた。

「………?」

訝しみつつリビングのドアを開ければ、一層けたたましく耳を突く子供たちの声。
一護の方を向いて「お帰りなさい」を言うのもそこそこに
「僕だっ」
「俺だっ」
「ぼくだよっ」
「あたしだもんっ」
……と、口々に言い合っては睨み合っている、次男以下四人。

その様子を苦笑しながら見守っている織姫がソファに居て、少し離れたダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた長男が、呆れたように肩を竦めて一護を見返した。

「お帰り、親父」
「ただいま。……何の騒ぎだ?」
「お袋が一番好きなのは誰か……ってことで、揉めてんの。
お袋は、みんなそれぞれに好きよ、誰が一番かなんて順位付けできるようなものじゃないのよ……って言ったんだけどね。
納得しねぇんだ、あいつら。まだまだ餓鬼だからな」
「お前も一端の口、きくようになったな」
「もう、中二だぜ? ……ったく、ウルサくて勉強になんねぇよ。期末明日からなのに」

大人ぶり、大仰にため息を吐くけれど。
そんな自分だって多少は織姫の返答が気になるから、ここから出ていかないのだろう……と、一護は微かに口元に笑みを浮かべる。
本当に勉強したければ、二階の自室に行けばいいのだから。

「ほら、お前等…いい加減にしろ。母さん、困ってるじゃないか」
「だってぇ」

口をとがらせる、末娘を抱き上げて。
ぐるりと次男、三男、四男の顔を見渡して。
一護は厳かに言い渡した。

「父さんです」

「え?」
「は?」
「へ?」
「ふえ?」
きょとんとして一護を見上げる、四対の瞳。

「母さんが一番好きなのは、父さんですから」

唖然として、声も出せない子供達。
織姫はクッションに顔を埋めて、必死に笑いを堪えている。

「ちなみに…父さんが一番好きなのも、母さんです。
父さんと母さんが出逢ってからかれこれ四半世紀、生まれて十年ちょいやそれ以下の君らに、出る幕はありません」

にやり……と、一護は笑って。
次に少し怖い顔になって、子供達に告げた。

「わかったらさっさと、配膳の用意を手伝うこと! お前等のせいで、夕飯遅れてるんだろう? 
ほら、まずは洗面所で手を洗って来い!」

不満と悔恨の文字を顔に張り付けつつも、父親には逆らえない子供達は口を尖らせてリビングを出ていく。

最後に一護から末娘を受け取った長男が、「案外大人気ねぇのな、親父」と軽口を叩きながら部屋を出ていった。


未だにくつくつと笑っている織姫の隣に腰掛ければ、彼女は目尻に浮かんだ涙を拭いながら「お見事でした」と微笑む。

「………実は結構、本気なんですけど?」

そう言って前髪の隙間から妻の顔をのぞき込めば。
彼女は一瞬、きょとんとした表情をつくった後で。
「嬉しかったですよ、旦那様?」
ふんわりと微笑んで、彼の額に自分それを寄せた。
手を伸ばし、髪を梳きながら、一護は掠めるように織姫に口づける。
顔を離し、視線を絡め、微笑みを交わして。

「……んじゃ、俺も着替えてくるわ」
おもむろに立ち上がり、ネクタイを緩めながらリビングと廊下の境の扉へと向かう。

「……あ、そう言えば、小島君からさっき電話があったの。夕食終わってからでも、折り返して?」
「了解」
片手を挙げて、部屋を出る。

廊下の向こうからは、どたばたと駆け戻ってくる子供達。
未だ、結婚というものがよくわからない幼い四男が、一護の前で仁王立ちして言い放つ。

「いつかぜってー父さんより格好良くなって、母さんをぼくのおよめさんにするんだからっ!」
「おう、負けねーよ?」
くしゃりと、髪をひと撫でして。



二階への階段を昇る。
笑いを噛み殺し……幸せを、噛みしめながら………。













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