My little step



………結局。

その日の黒崎君との接点は、この朝の出来事だけ。
その後に何かお話することも、お近づきになれるような更なる出来事も無かった。

「まぁ、そんなもんだよね」
昇降口へと向かいながら、苦笑混じりに呟いて。

自分個人の為の占いならともかく、ラジオの星座占いなんだもの。
沢山の人たちの運命が、たったの十二通りに分かれる筈なんてなくて。
当たった人もいれば、外れた人もいて。
きっと私は、その「外れ組」だっただけ。


だけど……。


『……サンキュ、な?』

脳裏に蘇る、黒崎君の声と表情。

「……………///」

どうしても、にへら……と。
締まりなくにやけてしまう顔を伏せて、胸に抱えた学生鞄で隠す。

僅かな時間のやりとりだったけれど。
それは、誰かの何かのついでじゃなくて。
確かに私の為だけに向けられた、言葉と表情だったから……。

だから私は。
今日一日、とっても幸せな気分で過ごせた。
これ以上なんて望んだら……きっと、罰が当たってしまう………。




「さて、帰りますか!」
顔を上げ、頭をひと振り。
脱いだ上履きを下足箱に入れ、ローファーを取り出したところで。

ふっ……と感じた、誰かが近づいて来る気配。

思わず廊下を振り返った、私の視界に飛び込んで来たのは……。
ちょうど今この時間のおひさまと同じ、綺麗な橙色した頭髪。

「……あ…れ……井上?」
「黒崎君っ……?!」

どきり……と、一際大きく跳ねた鼓動は、そのままどくどくと早鐘を打つように鳴り出す。

「今、帰りか? 帰りのショートから、結構経ってんじゃん。部活は無かったんだろ?」
「あ……うん…ちょっと、事務室に行ってて。そこで養護の先生に捕まっちゃって、脱脂綿のカットを手伝わされてたの。
黒崎君こそ……?」
「あー…俺は、越智さんに捕まって…この間、上級生ぶちのめしたのを見て見ぬ振りした恩を返せとか言われて、プリントのホチキス止め手伝わされて……」
「あはっ…そうなんだ……!」

どちらともなく、苦笑を漏らす。

「そういやぁ、よ」
言いながら、上履きを脱いで。
「……今朝は、ありがとな?」
私の方を見ずに下足箱に上履きを突っ込みながら、ぼそりと呟く黒崎君。
「………ううん、たいしたことじゃないし」
私は朝よりもゆっくりめに、首を横に振った。

なんとなく…そのまま流れで、二人肩を並べて絨毯の上を移動して。
たたきで同時に靴を履く。

「あの……さ…」
躊躇いがちに届いた黒崎君の声に顔を上げると、そっぽを向き気味に彼が佇んでいて。

訳もなく、速まる鼓動。
それを悟られないように必死に平静を装いながら
「………なぁに?」
首を少し傾けつつ、私は彼の顔を見上げた。

「真っ直ぐ、帰んの?」
「……あ、えと…これから市の図書館に行く予定なの。予約本が入ったって、連絡貰ったから……」
「へぇ……奇遇、だな」

私に向き直った彼の目が、少し丸くなっていた。
それを見返す私の目も、かなりまん丸だったと思う。

「俺も、そこに寄るつもりだったんだ。昨日読んだ本の続きが、どうしても読みたくて……さ」
「そ……なの?」
「ああ……実は、寝坊した一番の原因は、これ。つい夢中で読みふけっちまってさ」

……気がついたら、2時回ってたんだ。

肩を竦め、ちろりと舌を出す。
そんな子供っぽい仕草に、思わずくすり……と、私は笑みをこぼした。

すると……黒崎君も、微かに口の端に笑みを浮かべてくれて。
その柔らかい表情に、とくん……と再び、鼓動が高鳴る。

「なぁ、嫌じゃなかったら…だけど……」

彼は、一歩踏み出して。
肩越しに、私を振り返って。
そして。

「一緒に、行かね?」
目を細め、にっ……と口を横に引いた。



ふわり……と。
体に感じる、浮遊感。

今、耳で聞いた言葉が信じられなくて。
あまりの現実感のなさに、足下がふわふわとおぼつかなくて。


でも、彼は確かにそこに居て。
笑って私を、見ていて。
返事を待っていてくれたから……。




「…………行く!」

体が震え出しそうになるのを、堪えながら。
私は、こくりと頷いた。









ありがとう、神様。
ありがとう、占い師さん。
ありがとう、お兄ちゃん。

今日、これから二人で過ごす時間を。
大事な大事な、第一歩にして。


明日から毎日、笑顔で「おはよう!」って言えるように………。








『井上織姫……もうひと頑張りいたします…………!』













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