Strawberry Rhapsody



「ところでよ」
「はい?」
「何でお前は“いちこ”なんだ?」
「ああ、それはですね、あの時のクラスには何故か“井上”姓の女子がが私含めて3人も居ましてですね」
「そりゃ、紛らわしいな……」
「うん……それで、各自にあだ名を付けようって事になってね?」

織姫が一護に説明するには。

織姫 → 七夕 → 笹 → パンダ → パンダ子ちゃん → いちこ

との事だったが。

「待て待て」
眉間を押さえつつ、一護が尋ねる。

「“パンダ”までは解ったけど、何だ? その次の“パンダ子ちゃん”ってのは」
「“パンダ子ちゃん”はぬいぐるみで“いちこ”ちゃんのお気に入りなの。
でね?“いちこ”ちゃんていうのは漫画の登場人物で、魔法の苺の妖精なのですよ」
「へぇ……」
「丁度、クラスでその漫画が流行ってて…私がその“いちこ”ちゃんに似てるって言い出した子が居て……それで、そのまま私のあだ名になったんだ」
「ふうん……」

納得したような、しないような。
一護は軽く、首をひねって。

「お前、その漫画持ってるのか?」
「はぁい、持ってますよー」
「借りてもいい?」
「どーぞ、どーぞ! あ、じゃあこの後で家に寄って持っていく?」
「ああ…そうだな。そうするか……」

散歩デートからお家デートに繋げる、良い口実が出来た……と。
密かに思った一護の二の腕に、織姫がすりっと額を擦り付けてきた。
見下ろした彼の瞳に、はにかみ笑う彼女が写る。


『多分、今……同じ事、考えたな………』

ふっと、一護は笑みを漏らして。




自分を見上げる愛しい恋人の額を、軽くそっと指で弾いた……。





************************************





数日後。


「井上。これ、この前借りた漫画」

一護が紙袋を差し出す。

「サンキュ、な。遊子と夏梨も、楽しそうに読んでた」
「そう」

袋を受け取りながら、にっこりと織姫は笑って。

「黒崎君は、どうだったの?」
「ああ……面白かった。最後の方とか、結構泣ける展開だったし」
「でしょう……?」
「“いちこ”も確かに、お前に似てるって思った」
「ほんと?」
「ああ。特に、あのドジで超天然呆けなとこが」
「………むー」

ぷぅっと膨れた織姫の頬を、笑いながらつっついて。

「でも……」
一護の眉値が、ふ……っと、不機嫌そうに寄る。

「でも、何?」
きょとんと首を傾げた織姫の顔を、一瞬見て。
そっぽを向きつつ、バツが悪そうに一護は呟いた。

「……やっぱ、何でも無ぇ」

「ええええー? なぁに、気になるよぅ?」
「気にしなくていい。本当にすっげぇくだらねぇ事だからよ」

そして、織姫に気づかれないように、密かにため息を吐く。





『……それこそ、みっともなくて死んでも言えねぇよ』





漫画は本当に面白かった。
‘いちこ’は確かに、織姫に似ていて可愛くて……。

本人には「天然呆けな部分が」なんて言ってしまったけど。

底抜けに明るい笑顔。
泣き虫なところ。
心根のとても優しいところ。
自然体で、周囲をほんわりした幸せで包んでいくところ。
誰かの為に、一生懸命になれるところ。
いざとなれば、自分を犠牲にすることも厭わないところ。

本当にそっくりだと……そう、思って。

だからこそ。
苛つかずにいられなかった。


‘いちこ’のボーイフレンドのブルーベリーの妖精、が。
石田に良く似ていた事、に……。





馬鹿馬鹿しい。
本当に、馬鹿馬鹿しい。

自嘲気味に、口の端をつりあげて。
だけど……。



ふと、隣に視線を向ける。
少し不安そうな顔つきで、織姫が自分を見ていた。

手を伸ばし、くしゃりと頭を撫でてやる。
肩をすくめて、くすぐったそうに彼女が笑う。
その笑顔につられるように、一護もまた微笑んで。
そして、心の中でこっそりと呟いた。





いつでも。
どこでも。
どんな時でも。

たとえそれが、別の次元だったとしても……。



お前の魂に寄り添うの、は。





いつだって…俺で、ありたいよ………?









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