Strawberry Rhapsody



「いちこ?! いちこじゃないか!!」

一護は最初、自分を呼ばれたのかと思った。
しかし……彼よりも一瞬早く反応したのは、隣を歩いていた織姫。

「え、シンヤ君?! シンヤ君だよねぇ!!」

ぱあっと輝くような笑顔をつくって、声の主に駆け寄っていく。

相手は……多分、同い年と思われる男で。
それ故に、思わず眉間を皺を倍増させてしまった一護である。

織姫と「シンヤ」と呼ばれた男は、久しぶり、元気だった?とお互いに言い合いながら、大いに盛り上がっていた。
その楽しげな様子もさる事ながら、織姫が「シンヤ君」と相手に呼びかける度に、言いようのない苛立ちが一護の心に募っていく。



……名前呼び、かよ。



嫉妬なんて、みっともない。
そんな事は、重々承知。

それでも……。

彼氏である自分でさえ、下の名前で呼ばれた事など無いのに……と、ついつい憮然とした表情になってしまう。


『そりゃ、俺だって…井上のことを名前で呼べた事なんて、未だ一度も無ぇけどさ………』


小さくそっと、ため息を吐いて。
デート中の自分の存在など、すっかり忘れたかのような様子の織姫に、一護は少し恨めしげな視線を向けた。


その時。


“シンヤ君”とやらが、ふっ……と一護の方に顔を向けて。
ばちっ……と。
それはもう、思いっ切り視線が重なってしまい……。


慌てて一護は、そっぽを向く。


「……いちこ、もしかしてデート中?」
にやり…と笑って問いかける“シンヤ”に、織姫はぽっと頬を染めて。

「えへへ…実は、そーなのです!」
照れ笑いをしながらも、きっぱりとそう答えた。

「そっか……ついにお前にも、彼氏が出来る日が来たか!」
「うん!」
「なんだか、幸せいっぱいって感じだなぁ?」
「うん! もう、ね。毎日すっごく幸せなのですっ!」

力一杯頷きつつ答える織姫の笑顔に、一護は思わず息を詰まらせた。
胸の鼓動が、とくん……と高く鳴る。
嬉しさと照れ臭さが、ない交ぜになってこみあげて……。
速まる鼓動と顔に集まってくる熱に狼狽えて思わず足元に視線を落とし、顔の下半分を手で覆う。

そんな一護を見て、“シンヤ”は面白そうに笑って。

「そんじゃ、ま、お邪魔虫は早々に消えるとするわ」
そう言いながら、踵を返した。

「じゃあな、いちこ。元気でな! 彼氏と仲良くな~!!」
「ありがとう! シンヤ君も元気でね!!」
「おう! また、いつかな!!」


片手を挙げて走り去る後ろ姿を、織姫が大きく手を振って見送る。
その隣に、ゆっくりと一護は歩み寄った。





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「………誰なんだ?」
「黒崎君」

振り返った織姫は、「小学校6年の時のクラスメイトだよ」と言って、にっこりと笑う。

「すっごく仲の良いクラスでね…男女関係なく、皆で良く一緒に遊んだり勉強したりしたんだぁ」
「ふぅん……」

一護はおもむろに、ポケットに両手を突っ込んで。

「……それだけ?」
ちろりと、織姫を横目に見下ろす。

「え?」
ぱちくりと瞬きをしながら、織姫が一護をふり仰いだ。

「実は、元彼……とか…さ?」

あさっての方向を向きながら、ぼそりと呟いたその言葉に、織姫は「ええええっ?!」と素っ頓狂な声をあげる。

「どこからそんな発想が?!」
「だって…珍しいじゃん。お前が名前呼びするなんて……よ。だから……」


よっぽど、特別な相手かと思ってよ……。


そう憮然として呟いた一護の横顔を、織姫はきょとんとした目で見つめて。

「名字だけど」
「……………へ?」

思わず、間の抜けた声が出た。
慌てて一護は、織姫を振り返る。

「シンヤって、名字だよ? 漢字で、“新しい家”って書くの」
「な………っ?!」

かっ……と、急速に熱を帯びる一護の体。
織姫が、その大きな瞳をまん丸くしてつぶやいた。

「うわ……黒崎君……顔、真っ赤…………」
「見んなっ!!」
「うぎゃっ?!」

伸びてきた一護の手が、織姫の目を塞ぐようにして、ぐいーっと押し退けてきた。
その手を放すと同時に、くるりと彼女に背を向ける。

「黒崎君……」
「……来んな」


……ったく。
みっともねぇったら、ありゃしねぇ。


口の中だけで呟きながら、俯いて目元を覆う。

静かに、彼女が近寄ってくる気配がして。
そっと…躊躇いがちに、彼の肘のあたりに手が添えられるのを感じた。
それでもしばらく、一護は自己嫌悪で動けないままで……。

「………ごめん、な?」

数分の後。
指の隙間から、そっと織姫の顔を伺い見て言った。

織姫はゆっくりと首を横に振って。
それからいつものように、ふんわりと微笑む。

「平気。ちょっと吃驚したけど……」


……やきもちは、私の専売特許だと思ってたから……。


そう、少し自嘲気味に呟かれた言葉に、今度は一護が目を丸くする。

「やきもち……? お前が……?!」
「うん……そりゃもう、色々と」
「へぇ…知らなかった……」

その「色々」とやらを、聞いてみたい気もしたけれど。
自分に置き換えて考えれば、そんなことされたら嫌だわな……と、一護は思い止まった。
その代わりに。

「なぁ……怒るかもしんねぇけどさ」
「はい?」
「今、ちょっと…嬉しいとか、思った。お前が、やきもちやいたことあるって聞いて……」

小さく、笑う。
すると織姫もまた、微かな笑みを浮かべて。

「私も先刻……ちょっと、嬉しいって思ったよ?」
「そっか……」
「だからね、気にしなくていいんだよ。おあいこだから」
「おあいこ……ね」
「うん、そうだよ?」

二人して、くすりと笑い合って。

一護がそっと、手を差し出す。
嬉しそうに微笑んで重ねてきた織姫の小さな白い手を、指を絡めるようにして握りなおして。
そして二人は、再びゆっくりと歩きだした……。







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