黄昏円舞曲
何処か様子のおかしい一護と別れてから、俺は教室に向かった。
扉を開けると、教室の中央にぽつんと人影がひとつ。
「……井上?」
のろのろと顔をあげた、その目元が。
薄暗くなり始めた教室の中でもそうとわかるほど、赤くなっていた。
「あは、ちょっと…目にゴミがはいっちゃって……。
なかなか取れなくってねー。擦りすぎてひりひりする……」
「……一護と、何かあったのか?」
びくん…と、彼女の体が硬直する。
「茶渡君……」
「言いたくなければ言わなくていいんだが……」
「さど…くん………」
くしゃりと、井上の綺麗な顔が歪んで。
その瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「井上?!」
「茶渡君…私、悔しい……悔しい、よぉ………」
「井上……」
「私、あんなに沢山、黒崎君に助けて貰ってきたのに……。
私は何も、返せないなんて……。
助けてあげられないだなんて………。
私……わた……し……………」
泣きながら、井上が俺に訴える。
「ねぇ、茶渡君……。
どうしたら…また、前の黒崎君に戻ってくれるのかなぁ……?
どうしたら、戻してあげられるのかなぁ?
瞳に誰より綺麗で強い光が踊ってた、あの頃の黒崎君に。
あんな……あんな、魂を何処かに落っことしてきたような顔して……。
ひび割れた硝子玉みたいな目をして…無理して笑って………。
あんな黒崎君……私、もう…これ以上見ていられない!
見て、いられないよぉっ……!!
私に出来ることだったら、何だってするのに。六花の力だってなんだって、あげるのにっ………!」
ああ…一護。
お前は今その心に、どれほどのやりきれなさを抱えているんだろうか?
誰よりも護りたかった彼女を、俺なんかに託すしかないお前。
いつでも笑っていて欲しいと望んだ彼女を、こんな風に泣かせてしまうお前。
一護……。
俺の親友であるお前は、今、どんなにか……。
どんなにか、辛かろうな……?
どんなにか、悔しかろうな……?
なぁ、一護……?
目の前で泣きじゃくる井上の背を、宥めるように叩きながら。
俺は窓の外に目を向けた。
神様ーー。
もし、そう呼ばれる存在が本当に居るならば。
どうか、お願いだ。
この二人を、これ以上辛い目に遭わせないでくれ。
お互いに誰よりも近くに心を寄り添わせながら……。
あまりにも相手を大事に想うあまり、傷つき、すれ違ってばかりいる、この二人を。
お願いだから…これ以上苦しめないでくれ。
俺に出来ることなら、何でもする。
どんな要求にも、応えてみせるから……。
ふと、自分の左腕を見る。
そこに宿る、力。
そう…先刻、井上が言ったように。
この左腕の力を差し出すことで、一護に死神の力が戻るなら。
俺は喜んで、そうするから………。
もともとこの力は、一護に貰ったようなものだから。
それを返す事ができなら…それは、寧ろ本望というものだ。
だから………。
だから、どうか………。
どうか、一護を…井上を……もう、これ以上…………。