黄昏円舞曲



何やってんだ、俺は………。

廊下を走る。
走りながら、激しく頭を振った。
だけど……。
先刻まで腕の中にあった温もりと柔らかな感触を、頭から、体から振り払うことは、難しくて。
募る後悔に、ぎりっ……と奥歯を噛みしめる。


何で…何で、あんなこと……。
あんなこと、しちまったんだ俺は?!

彼女を抱きしめる……だ、なんて。

そんな資格、は。
あの日、藍染を倒した日に。
「最後の月牙天衝」を放ったその瞬間に。
俺から永久に失われてしまったと言うのに……。


藍染を倒したからって、虚がいなくなるわけじゃない。
あいつらは、今この瞬間にも生まれ続け、何処かで誰かを狙っている。

井上は…それほど強力ではないにしろ、普通の人間に較べたら霊力が高くて。
それは、常に虚に命を奪われる危険性と隣り合わせであることを意味している。

そして…彼女がそんな霊力を持ってしまったのは、俺に関わってしまったからで……。

それなのに……。
死神の力は勿論、死神代行になる以前から持っていた霊感すら失ってしまった俺は。
もう、彼女を護れない。
護ってやることができない。

どんなにそうしたいと願っても。

力がない。
術がない。
何もかもを、俺はなくしてしまった。

どんなに彼女の近くに居たとしても、今の俺では。
彼女が虚に引き裂かれる瞬間まで、きっと虚が近づいた事にも気づけないだろう。
あの日、お袋を失ったように。
ただ、あいつの命が尽きていくのを、茫然として見ていることしかできないだろう……。

だから、もう……。
もう、隣にはいられない。

どんなに恋しくても。
どんなに愛しくても。

俺はもう、あいつの隣なんて望んじゃいけないんだ……!









角を曲がったところで、何かにぶつかった。
激しく尻餅をついた俺を、誰かが引っ張り起こす。

「すまん、一護。大丈夫か?」

チャドだった。

「イテテ…ちょっとケツ痛ぇけど……大丈夫だ。
俺こそ悪かったな。走ってきて、よく確かめないまま急に曲がったもんだから……」

呻きながら立ち上がった俺の顔を、チャドがじっと見つめる。

「……何だよ」
「何かあったのか、一護?」
「……え?」
「顔色が、悪い」

反射的に口元を手で覆った俺は。
ゆっくりとチャドから視線を外して呟いた。

「何でもねぇよ……」
「そんな風には見えないが」
「何でもねぇったら、ねぇんだよっ!」

吐き捨てるように言ってしまってから。
はっとして親友の顔を振り仰ぐ。
チャドは相変わらず静かな表情で、ただ黙って俺を見ていた。

「悪ぃ……」
「……いや」
「本当に、何でもねぇからよ……」
「そうか……」
「んじゃ…俺、もう帰るから」
「ああ」

じゃあな……と、手を挙げかけて。

「そうだ…チャド。頼みがあんだけどよ……」
「何だ?」
「……もしさ、虚の気配を感じることがあったら…その時は。
井上の霊圧探って、あいつ無事かどうか確かめてやってくんねぇか……?
それで…もし万が一、また狙われるような事があったら……助けてやってくれよ………」
「……ああ」
「頼むぜ」

今度こそ後ろ手に「じゃあな」と手を振って。
俺はその場を後にした……。






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