黄昏円舞曲





窓の外から流れてきた音楽と歓声で、文化祭の後夜祭が始まったのだと気づく。

私は独り、茜色の夕日射す教室の床に座り込んでいた。

本格的な片づけは明日…ということで、取りあえず教室の中央部分だけがらんと空いていて、四隅には机や椅子や装飾品の残骸が積みあがっている。

「そろそろ、帰ろうかな……」
ぽつりと、呟く。

みちるちゃん達が誘ってくれた後夜祭を、私は「ちょっと疲れてしまったから」という理由で断った。
クラスと手芸部との二重活動で疲労が貯まっていたのは事実だったけど…本当の理由は別にある。

誘われる数分前、浅野君達が黒崎君を引っ張って教室を出ていった。
彼らのお目当ては、フォークダンス。
「あんたも参加すれば、一護と踊れるかもしれないじゃん?」
たつきちゃんはそう言ったけど……。

ダンスの相手になれても…それはきっと、ほんの一瞬の事。

それよりも遙かに長い時間、他の女の子と踊る黒崎君を見ているのは……正直、辛いなーと思ってしまったのだった。

「どんだけ焼き餅焼きなんだろ、私………。」

自己嫌悪の溜息ひとつ。

「帰ろ……」
立ち上がってスカートの埃を払っていたとき、不意に教室の戸が開いた。

驚いてそちらを振り返った私の瞳に写ったのは………。

「……黒崎君?!」
「あれ、井上?……お前こんなとこで何やってんの?」

てっきり後夜祭に出てるんだと思った……そう言いながら、彼が室内に入ってくる。
予想外の出来事に、心臓をどきどきさせながら…私は努めて平静を装い返事をした。

「なんだかちょっと疲れちゃって…ここで、休んでたの。黒崎君こそ、浅野君達と参加してたんじゃなかったの……?」
「俺、ああいうのちょっと苦手だから……隙見て、逃げてきた」

言いながら、持っていた缶コーヒーのプルトップを引いて、中身を一口ぐびりと飲む。

「やっぱ、あれか? 文化部入ってるとクラスと両方やんなきゃなんないから、俺らよりも数倍疲れんのかな?」
「……んー…どうなんだろう?」
「ま…何にせよ、お疲れさん」
「……ありがと」

ごくごくと、缶の中身を飲み干して……。
空になったそれを机に置いた後、彼はふと、遠い目をして窓の外へと視線を向けた。

「これ…中学の林間のキャンプファイヤーで踊らされたっけな……。なんて曲だっけか?」
「……オクラホマミキサー」
「それだ!」

懐かしいなー……と、黒崎君は口の中で呟いて、暫く窓から入ってくる音楽と風に目を細めていたけれど。

ふと我に返ったような表情をして、私に視線を向けた。

彼の横顔をぼんやり眺めていた私はどきりとして、慌てて彼から目を逸らす。
そのままうろうろと、視線を彷わせていたら……。

「…………踊るか? 井上」
「へ?」

慌てて顔を上げると、そこには。
私へと手を差し伸べる、黒崎君が居た……。





教室の中で二人きり、フォークダンスを踊る。
お互いしかパートナーが居ないから、手を離しては繋ぎ、繋いでは離して、何度も何度も何度も……。

会話もなく、ただ二人で踊り続ける。
上履きの底が床を叩く音だけが、教室に響く。


何故だろう……。
とても嬉しい出来事の筈なのに…どこか、悲しくて。

こんなに近くにいるのに。
繋いだ手からは、確かに体温が伝わってくるのに。
存在が、ひどく遠くに感じられて。

淋しい……と。

そんな気持ちになるのは、どうしてなんだろう……?



やがて、曲が終わって。
窓の外から風に乗って届く、拍手と歓声。

その瞬間。


「……………っ?!」


私は黒崎君に、強くきつく抱きしめられていた。

あんまりにも彼の腕の力が強くて、呼吸が出来ない。
骨が、軋む。
痛さと苦しさに声も出せず、突然の事に頭の中は真っ白で……。
ただ身体を硬直させて、彼の為すがままになっていた。

……どのくらい、時間が経ったのだろう?

やがてゆっくりと、彼が腕の力をゆるめた。
背中に回っていた手が肩に置かれて、私の体を少しずつ離していく。

見上げた彼の顔は、私の方を見ていなくて。
俯き加減の横顔は、どこか青ざめて見えて。
そして…酷く苦しげに歪んでいた。

「黒崎く……」
「……御免」

掠れた声が、彼の口から漏れる。

「御免…もう二度と、こんな事しねぇから……。
できれば…今のことも忘れてくれた方が、助かる」
「くろ…さ………?」
「御免………本当に、御免な?」

そう言うと。
黒崎君は身を翻し、教室の隅に置いてあった鞄を掴んで教室の外へと出て行った。
ばしん……と音を立てて、引き戸が閉まる。


私はただ、呆然とそこに立ち尽くしていた。
知らず、頬を涙が伝う。

「ごめんなさい……」
溢れる涙で、風景が歪んでいく。

「ごめんなさい、黒崎君……何も出来なくて……助けてあげられなくて………」
ぎゅっと目を瞑ると、ぱたぱたと涙が床にこぼれて音を立てた。

「本当に、ごめんなさい……」
俯き、手で顔を覆う。

……そのまま。
声を押し殺して、私は泣いた。







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