うちよそ、企画

 冒険者協会。魔物の退治やダンジョンの攻略など、一般人には危険な仕事を冒険者たちに依頼しいている組織である。
 中には薬草採取や街の入り口警備など「本当に危険なのか?」と首を傾げる依頼もあるが、危険度の基準は協会が決めているので、危険かどうかは謎のままだ。

 そんな冒険者協会に、将来有望な新たな冒険者が所属したのは既に有名な話だ。
 ウサオ・ソウルズ、刀を腰に差した新米冒険者である。新米でありながら、協会の用意した実技テストを満点でクリアしたため、周囲の冒険者からは一目置かれていた。
 冒険者協会の建物に入ると、パーティに勧誘しようと多くの冒険者が声をかけて来た。

「よう新米、うちのパーティどうだい!」
「結構です」

 ウサオが丁寧に断ると、声をかけて来た勇ましい冒険者は舌打ちをした。断られた瞬間に舌打ちをするような人間に背中を預けるのは、些か不安である。
 ここ数日でウサオは何組かとパーティを組んだが、全員と反りが合わなかったので、パーティを組むこと自体諦めていた。
 どうしても他の冒険者と揉めてしまうのだ。つい嫌味を言ってしまうウサオ自身の性格が悪いのはわかっていたが、まともなサバイバル知識や戦術を考えられないような者達と行動するのは、正直お断りである。本当に協会のテストをクリアしたのか疑わしい。
 第一、実力が釣り合わない。共に冒険した者達の、戦いのレベルの低さには目も当てられなかった。そこでまた嫌味を言ってしまい、口論になる。
 そのため、ウサオはパーティを組まず、単独行動をしている。一人では難易度の高い依頼はあまり受けられないデメリットがあるが、人間関係の煩わしさを考えると、致し方ない。
 今日も仕事をすべく、協会に依頼を確認しにいく。掲示板に張り出されている依頼には、目ぼしいものはなかった。
 他に管理されている依頼がないか、ウサオはカウンター奥にいる受付嬢に声をかける。

「こんにちは、本日はどのような依頼をご希望ですか?」
「ダンジョン攻略や魔物の討伐はないですか?」
「今この辺りで残っているのは、難易度が高いものばかりで……」

 受付嬢が依頼を見せてくれたが、狂暴な魔物や群れで行動する危険な魔物、一度他のパーティが攻略を断念したダンジョンなど、一人では受けにくいものばかり揃っていた。危険すぎて、掲示板には直接貼りだせないのだろう。

「僕だけでは受けられないと?」
「……はい」

 わかってはいたが、ウサオは落胆する。他に残っている仕事に目を向けると、掲示板の薬草採取に目がいった。だからなんで冒険者に薬草を採取させるんだ。

「……パーティを組まれてはいかがですか?」

 受付嬢がひかえめに提案をする。今時一人で行動している冒険者は珍しい。親切なことで、身を案じてくれているのだろう。
 受付嬢と話しをしていると、カウンターの隣に一人の男が並んだ。

「やあ、お嬢さん。今回の分はこれで終わりだよ」
「ジルベールさん、いつもありがとうございます」

 ジルベールと呼ばれた男は、抱えた大きな袋から魔物の素材を受付嬢に渡した。魔物の素材はどれも狂暴な魔物の素材ばかりで、とても目の前の優男のが倒したとは考えづらかった。しかもこの男、一人じゃないだろうか。

「次の依頼、あるかな? 新しい杖を買いたくて」
「はい、魔物の討伐任務が……」
「……ちょっと待ってください」

 二人の会話に、ウサオが割って入る。その依頼は先ほど受付嬢が「危険」と言っていた依頼だ。それを一人であっさりと許可を貰えるなど、おかしいではないか。

「その依頼は、一人では危険なんですよね?」
「あ、はい……」
「どうして僕は駄目で、彼は受けられるのですか? 納得がいきません」
「それは……」

 困ったように言いよどむ受付嬢とウサオの会話に、今度は男が割って入る。

「まあまあ、落ち着きなよ。俺はジルベール。君、最近冒険者になったウサオくんだろう?」
「……なぜ僕の名前を?」
「有名人だからね。実技テストは満点だったそうじゃないか。皆君に注目している」
「注目されていても、依頼を受けられなければ意味がありません」
「そりゃあそうだ。君、パーティは組まないの?」
「……組みません、どうせ一人になるので」

 穏やかな口調で話すジルベールから、顔を背ける。いくら実力があろうと、知識があろうと、依頼を受けられなければ報酬を貰えない。つまり、稼げない。稼げなければ生活すらできないのだ。
 世界は無情だ。ウサオを一人にしておきながら、一人では生きていけない仕組みになっている。

「……俺と、組んでみない? 少し人手が欲しいんだ」
「貴殿は今の話を聞いていましたか?」
「聞いてた聞いてた」
「なら、僕のことは放っておいてください」
「俺も一人なんだよ」
「は?」
「俺もパーティを組まずに活動しているんだ。実績があれば一人でも活動ができる」
「……それは、本当ですか?」
「本当だよ。ねぇ?」

 ジルベールが受付嬢にウインクと飛ばすと、受付嬢は笑顔で肯定の返事を返した。

「はい、ジルベールさんは実力はもちろん、実績も冒険者として信頼に足る方です。だからお一人でも難しい任務を安心して任せられるんです」
「ほら、ね?」
「……貴殿の実力を僕は知りません。職業は?」
「……格闘家かな?」

 胡散臭い笑顔でジルベールが答える。これは多分、嘘だ。羽織っているマントはいかにも魔法使いが身に着けているものだし、先ほど「新しい杖が買いたい」と話していたのを思い出す。

「で、どうするんだい? 俺は今ちょうど人手が欲しいし、君は一緒に組めば実績を詰める。悪くないビジネスだと思うけど」
「……僕が嫌だと感じた瞬間、解散します」
「構わないよ」

 打算的に考える。冒険者としての実績が十分なジルベールと組めば、すぐにでも高難易度の依頼を受けられる。それだけでなく、冒険者の先輩の行動も勉強できる。落ち着きがあるし、血気盛んな他の冒険者達よりは口論にもならなそうだ。

「……では、よろしくお願いいたします」

 色々と頭の中で考えを巡らせてから、ウサオは握手すべくおずおずと手を差し出す。手を握ってくれたジルベールの手は、想像しているより大きく、指にたこができていた。

「それじゃあ、よろしくね。ウサちゃん」
「ウサ……!?」
「あだ名だよ。あった方が親しみやすいだろう?」

 前言撤回、今すぐ口論が始まりそうだ。
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