忘却のアライブ 短編、セルフ二次

 ぎゃあぎゃあと悲鳴を上げながら、奇怪な生物が崩れていく。ニブルヘイムの軍を退職したときに勝手に持ち出したエインヘリアルは、放浪生活のなかでは大いに役に立った。
 薄暗い荒野で魔物を倒し、食事にありつく。機体を降りてから、複数の死骸に歩を進め、喰らう。混じりけのない、味だ。
 機体のコックピットから、私に続いて小さな子供が必死に降りてくる。子供との旅をしている変な男は、恐らくニブルヘイム中を探しても私くらいだ。
 ふらふら旅をして、何をしたいのかなんて、わからない。夢なんてとうの昔に忘れてしまったから。
 にこにこしているだけだ。とりあえず笑って、八方美人になる。夢のためにヒトと向き合うのは、疲れる。そんな自分に、何をしろというのだ。
 子供は言った。誰も傷つかない世界が欲しいと。だが、そんなものは詭弁である。この世にヒトがいる以上、誰も泣かないなんて不可能だ。だって、そこには感情があるから。
 それなら、動物にでも成り下がればいいのだ。感情を捨て、本能のままに欲を満たすだけ。そうすれば誰も泣かない。ただ、それをヒトと呼ぶのかは謎だ。
 誰も傷つかない世界、それはきっと、正しい。私自身も、そんな世界があればいいとは思う。
 ありえないのだ。ありえないから、欲しがる。手に入らないから、願望を抱く。夢だ。夢と同じ。
 叶いもしないものなんて、考えるだけ無駄だ。それでも、と考えてしまうのが思考というものなのだろう。難儀なものだ。
 実際、私も様々なヒトに蔑まれて、反感を買ったこともある。面倒だ。その向けられる感情が、嫌で嫌で仕方がない。
 だから、にこにこしているのだ。他人にいちいち不快な想いをさせることが面倒で、そこに巻き込まれたくなくて、逃げたくて。だから、他人は嫌いだ。信用をしたことなど、ない。期待もしない。ふりを、するだけ。
 当たり障りなく、適当でいい。そう思っていたのに。

 「マルスは僕の英雄だ」
 「英雄?」
 「そう、僕の英雄」

 両親が共食いして、独りになった子供がいた。名を城崎蓮という。
 虚ろな目をした母親の前でわんわん泣いていたものだから、流石に可哀そうになって「一緒に来るかい」などと言ってしまったのだ。
 失態だったと思う。こんなにきらきらした目で見られては、たまったものではない。男にしては愛らしい見た目で、訳のわからないことを言うのだ。
 私が、英雄などと。
 拾って貰ったから、嬉しくて勝手にそう思っているだけなのだろう。いずれはこの子も、孤独に生きなければならないのに。

 「孤高の英雄なんだ、僕の憧れ」
 「おかしいね、そんな風に生きた覚えはないのだけれど」
 「僕にはそう見えるんだ、母様や父様みたいに、誰かを殺さなくても生きていける、凄いヒト」
 「買い被りすぎだ」

 誰かを殺さない代わりに、魔物を殺している。それだけの違いだ。何が、英雄なものか。
 魔族。私達は、生き物の魂を喰って腹を満たす種族だ。それはヒトだろうと、魔物だろうと、生きていさえすればそこに魂が存在する。その魂を喰らい、魂に記憶された情報を食べているのだ。
 ヒトの魂は好きではない、感情的な記憶が頭の中に入って来る。その分腹持ちはいいが、他人の記憶を垣間見るのは実に不愉快極まりない。それに、誰かを殺して恨まれるのはまっぴらごめんだ。この子供の親のように、飢えに耐えきれず殺し合うなんてことも、ごめんだ。
 この世界は、面倒事で溢れている。

 「マルスならきっと、誰も傷つかない世界が実現できると思うんだ」
 「私はそんなに偉くない」
 「そんなことない、きっとできるよ」
 「自分で実現すればいい。 君もすぐに大きくなって、私くらいの背丈になる」
 「僕もマルスみたいになれるかな?」
 「さあ」
 「じゃあまず髪を綺麗に伸ばさないと。 それから、堂々として、輝いていて、世話焼きで」
 「誰が世話焼きだ」
 「だって、マルスは僕のことをいつも助けてくれるもんね!」
 「助けた覚えなんてない」
 「僕がそう感じてるから、いいの」

 面倒だ、拾わなければ良かった。そう思いながらも、ほだされている自分は、本当は寂しがり屋なのだと、思った。
 英雄にはなりたくないが、このろくでもない世界で、本能の赴くままに生活をするのも、案外悪くない。

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