忘却のアライブ 短編、セルフ二次
人生はラヴィアンローズ。とはどこかの誰かが言ったものだ。バラ色に輝いていて、それでいて面白いなんて、そんなことがあってたまるか。
自分自身が輝いていても周りが輝いていなければ意味がない。こんなにも美しくても、周囲はそれを拒むものばかりで。蓮としては、まったくもって人生の色はバラ色とは程遠いものだった。
勿論、他人の世話を焼くことも、ちょっかいを出すことも一種の暇潰しであるし、自分が好きでやっていることだ。それでも、他人に否定をされてしまえば悲しい。
理解してくれるヒトが数人いればそれで万々歳。その数人すらいないのなら、ただの道化だ。
ついてきてくれるヒトはいるものの、蓮はどうにも孤独感に苛まれていた。上司と部下の関係は友達とは違う。
「あーあ……」
溜息をつく。戦艦スキーズブラズニルの、食堂の不味い食事を腹に詰めて、今日は何をしようかと蓮は考えた。軍人とはやはり、退屈な仕事だ。理由なく戦うことが仕事など、あまり美しいとは思わない。
僕の英雄はもっと崇高な使命のために戦っていたのに! と蓮は思う。皆本当はお金のためだとか、小さな理由はあるのだろう。だが、結局のところ小さな理由は仕事の妥協にしかならない。どうしても、仕事を通してやりがいや、目的を達成できているとは思えない。意味を持って人生を生きているという者の方が、少ないとわかってしまう。
さて、自分の目的のために軍に入ったものの、知り合いはいないし、唯一、一方的に素性を知っているカノンには無視を決め込まれている。まだ緑色の軍服と艶やかな黒い髪は、カノンにも周囲の者にも、変わり者の中尉として蓮を目立たせていた。
蓮としては非常に寂しいが、彼はもう蓮の知っている彼ではない。そうなると、突然馴れ馴れしくしれくる者に警戒するのは当たり前か。
最初の関わり方を間違えたな、と思う。過去のことを思いだして、きつく当たってしまったため、関係の修復は難しいかも知れない。独りでいると、無駄な思考ばかりが巡る。良くない。
「ごちそうさま」
独りで蓮は食事を済ませ、食堂を後にする。どうせ独りなのだ、何をしていても誰も気に留めない。
そういえばこの戦艦には娯楽部屋、なんてものもあったなと思い出す。軍人といえど、感情を持ったヒトなので、ある程度の娯楽は必要だ。楽しみは心の栄養である。
ずっと考え事をして心が病んでしまっても仕方がないので、蓮は娯楽部屋に行ってみることにした。軍に入って数年、実は初めて娯楽部屋を利用する。
艦のすこし端にあるその部屋は、入るなり、バーともカジノともつかない怪しい空間で、まだ昼間なのに多くの第一部隊の軍人で賑わっていた。恐らく夜勤の者達なのだろう。昼間は自由時間なので、この時間に遊んでいるらしい。
辺りを見渡して、蓮は関心した。軍のものだし、と侮っていた。バーカウンターには専用の店員が立っていて、数々のアルコールが棚に並んでいる。室内にはダーツにビリヤード、カードゲームと幅広い娯楽が揃っており、遊ぶにはうってつけだ。
単に飲食を行えるスペースも完備されており、軍内でいい雰囲気になったであろう男女が親しげに酒を交わす。
もう少し早く知っておけばよかった。そうすればこの暇や思考も紛れたものを。
カードゲームでも遊んでみようと場を見ると、なにやらヒトだかりができていた。気になり、ヒトの間をかき分けて円の中心へ向かう。
沢山の軍人に囲まれた真ん中では、ディーラーがカードを配り、赤毛の青年と、黒髪の青年がポーカーをしているところだった。黒のテーブルにカードを並べ、赤い一人掛けソファに身を静める勝負師達。何故ポーカーだけでここまで盛り上がっているのだろうか。周囲の者に聞いてみる。
「ねえ、なんでこんなに盛り上がっているんだい」
「え? ああ、城崎中尉……簡単な賭け事ですよ、賭け事」
「賭け事?」
「ポーカーで勝負するんです。掛け金は双方同額、買った方が相手の賭け金を貰えるんですよ」
「へぇ」
どうでもいい。率直な感想だ。そんなことよりも、ちょっと綺麗なカクテルを飲んだ方が……。と思ったが、勝負が決まった瞬間に、辺りから歓声が沸く。
赤毛の青年の方が勝ったらしい。ひかえめそうに笑い、勝利金を貰っている。
周囲の話に聞き耳を立てていると、どうやら赤毛の青年はすでに十五連勝をしているようだった。一気に興味が湧く。
蓮自身、ポーカーやブラックジャックなど、カードゲームは人より得意な方である。頭も良いこと自負をしており、対戦をしてみたくなる。
ディーラーが、辺りを静めるように声を上げた。
「さ、次の対戦者は」
「僕がやろう」
蓮が挙手をすると、辺りがざわつく。やれ「変人中尉だ」だの、「なんで中尉がこんなところに」と話題の中心になる。中には女性の黄色い声も混じっている辺り、女性受けは悪くないのだろう。
ディーラーに「どうぞ」と促され、赤毛の青年の向かいの一人掛けソファに座る。相変わらず、ふんわりした雰囲気で「よろしくお願いします」と握手を求めてきた。
「あの、城崎中尉ですよね」
「よく知っているね」
「知ってますよ、有名人ですから。お節介で変わり者」
「おかしいかい?」
「いえ、良いと思いますよ。そういう所」
青年は、愛嬌のある顔で笑った。左に流れる赤毛の前髪を揺らし、新緑を感じさせる目元は丸っこく、どこか童顔だ。
ヒトをあまりほめるものではない。嬉しくなってしまう。ましてや良いなど、今の蓮には毒だ。
どこか親しみやすい彼の人柄は、とてもカードゲームが得意そうには見えない。だが、連勝をしているということは、頭は切れるはずだ。
蓮は頭こそ切れるものの、ヒトの顔を覚えるのが得意ではない。珍しく面白いと感じた人物なので、名前を聞いておくことにする。
「君、名前は」
「俺ですか? エリオットです。エリオット・イングラム。今年軍に入隊しました」
「新人さんかい、安月給だろうし何か奢ろうか?」
「はは、じゃあお言葉に甘えて」
意外。今まで奢ろうなんて言っても、皆謙遜してきたのに。今までに会ったことのないタイプだ。「本当に奢るよ?」と脅しのように尋ねると、「ええ、たかります」と悪びれもなくエリオットは蓮の好意を受け入れる。
新人にして、度胸とこの目立ちようはなかなかに。普通、新入りはいびられないよう、目立たないのが筋というものだ。或は、そんなことは考えていないのか。
同額を賭けるという独自のルール故に、掛け金は先払いだ。手元に何がきても恨みっこなし。このルールで連勝するとなると、運も絡んでくる。エリオットは幸運体質なのだろうか。
互いに賭け金をディーラーに渡すと、カードをシャカシャカ、切り出す。カードが配られるまでの間、蓮はエリオットに質問を続けた。
「どうして娯楽部屋に」
「なんとなく、です」
「なんとなく?」
「頭を使うゲームとか、好きなんです」
「奇遇だね、僕もだよ」
ディーラーがカードを配る。蓮は、配られたカードを見て、頭を捻る。さて、どうしたものか。手元にあるのはハートの三と四と五、スペードの四に、クローバーのキング。この手札であれば、ストレートフラッシュ、ハートを連番で揃えるのが一番強い役であるが。どのカードを交換するか。
様子を伺おうと、エリオットを見る。手札を見ながら、彼もまた、考え事をしているようだ。
「あまりいいカードではないようだね?」
「いえ、そんなことないですよ。やり方次第です」
「でも、そんなに狙ったカードが来るとは限らない」
「来ますよ」
「……何故?」
「……なんとなく、です」
エリオットが困り気味に笑みを浮かべる。本当になんとなく、なのだろう。勘がいいのか、イカサマをしているのか、果たして。
双方ディーラーにカードの交換を要求し、それとなく手元を見たが、イカサマをしている様子はない。
エリオットの言うなんとなく、を蓮も信じて見たくなり、クローバーのキングとスペードの四を交換に出した。賭け金には興味がないが、エリオットの負けた時の顔には興味がある。
交換されたカードを見て、蓮は顔をしかめた。ハートの六と、ダイヤの四。向かいのエリオットは、さして不味そうな様子もなく、ポーカーフェイスでカードを眺めた。
役を公開する前に、エリオットが今度は蓮に質問を飛ばす。
「城崎中尉、今度は俺から質問です」
「なんだい」
「どうして、娯楽部屋に?」
「オウム返しかい?」
「ええ、俺も気になったんで。普段、来ませんよね、ここ」
「……なんとなく、だよ」
エリオットの真似をして、蓮も同じような言葉を返す。実際なんとなくだ。何も考えていなかったし、こうなることも予測していなかった。
そうして「なんとなく」と返してから、エリオットはなんとなくではないことに気付く。頭を使うゲームが好きな者が、なんとなく、でここまで勝てる訳がない。はめられた。口が巧い。
互いに役を公開するときにはその策士にしてやられていて、ワンペアの蓮に対し、エリオットはスリーカードであっさりと勝利を掴んでいた。
話に夢中にならず、真面目に考えておけばよかった。
勝負が終わり、周囲がまたわっと勝利を祝う声に包まれる。ここまできたら、何連勝するかが見ものなのだろう。ギャラリーは他人事なので、酒を片手にその様子を楽しく見ている。
「俺の勝ち、ですね。ありがとうございました」
「君……僕の手札、見てた?」
「まさか。でも交換ミス、ですか?」
「さあ、カードにでも聞いてみるといい」
白々しい。手札ではなく目元を見て勝手に予測をしていたのだろう。自分の手札も見ながら、強くリスクの高い役を取りに行くように、蓮を誘導していた。
つくづく頭の切れる男だ。これは将来、大物になる。エリオット、覚えておこう。
ソファから立ち上がり、蓮は捨て台詞を吐く。負け惜しみというやつだ。
「今度は僕が勝って、そのお金でたんまりお酒でも奢ってあげる」
「そういうの、巻き上げっていうんですよ」
「どっちが」
柔和な最初の印象はフェイクだったのだろうか。案外図太いようで、エリオットは負けじと蓮に勝気な言葉を吐いた。
「また、俺と勝負しに来てくださいね」
自分自身が輝いていても周りが輝いていなければ意味がない。こんなにも美しくても、周囲はそれを拒むものばかりで。蓮としては、まったくもって人生の色はバラ色とは程遠いものだった。
勿論、他人の世話を焼くことも、ちょっかいを出すことも一種の暇潰しであるし、自分が好きでやっていることだ。それでも、他人に否定をされてしまえば悲しい。
理解してくれるヒトが数人いればそれで万々歳。その数人すらいないのなら、ただの道化だ。
ついてきてくれるヒトはいるものの、蓮はどうにも孤独感に苛まれていた。上司と部下の関係は友達とは違う。
「あーあ……」
溜息をつく。戦艦スキーズブラズニルの、食堂の不味い食事を腹に詰めて、今日は何をしようかと蓮は考えた。軍人とはやはり、退屈な仕事だ。理由なく戦うことが仕事など、あまり美しいとは思わない。
僕の英雄はもっと崇高な使命のために戦っていたのに! と蓮は思う。皆本当はお金のためだとか、小さな理由はあるのだろう。だが、結局のところ小さな理由は仕事の妥協にしかならない。どうしても、仕事を通してやりがいや、目的を達成できているとは思えない。意味を持って人生を生きているという者の方が、少ないとわかってしまう。
さて、自分の目的のために軍に入ったものの、知り合いはいないし、唯一、一方的に素性を知っているカノンには無視を決め込まれている。まだ緑色の軍服と艶やかな黒い髪は、カノンにも周囲の者にも、変わり者の中尉として蓮を目立たせていた。
蓮としては非常に寂しいが、彼はもう蓮の知っている彼ではない。そうなると、突然馴れ馴れしくしれくる者に警戒するのは当たり前か。
最初の関わり方を間違えたな、と思う。過去のことを思いだして、きつく当たってしまったため、関係の修復は難しいかも知れない。独りでいると、無駄な思考ばかりが巡る。良くない。
「ごちそうさま」
独りで蓮は食事を済ませ、食堂を後にする。どうせ独りなのだ、何をしていても誰も気に留めない。
そういえばこの戦艦には娯楽部屋、なんてものもあったなと思い出す。軍人といえど、感情を持ったヒトなので、ある程度の娯楽は必要だ。楽しみは心の栄養である。
ずっと考え事をして心が病んでしまっても仕方がないので、蓮は娯楽部屋に行ってみることにした。軍に入って数年、実は初めて娯楽部屋を利用する。
艦のすこし端にあるその部屋は、入るなり、バーともカジノともつかない怪しい空間で、まだ昼間なのに多くの第一部隊の軍人で賑わっていた。恐らく夜勤の者達なのだろう。昼間は自由時間なので、この時間に遊んでいるらしい。
辺りを見渡して、蓮は関心した。軍のものだし、と侮っていた。バーカウンターには専用の店員が立っていて、数々のアルコールが棚に並んでいる。室内にはダーツにビリヤード、カードゲームと幅広い娯楽が揃っており、遊ぶにはうってつけだ。
単に飲食を行えるスペースも完備されており、軍内でいい雰囲気になったであろう男女が親しげに酒を交わす。
もう少し早く知っておけばよかった。そうすればこの暇や思考も紛れたものを。
カードゲームでも遊んでみようと場を見ると、なにやらヒトだかりができていた。気になり、ヒトの間をかき分けて円の中心へ向かう。
沢山の軍人に囲まれた真ん中では、ディーラーがカードを配り、赤毛の青年と、黒髪の青年がポーカーをしているところだった。黒のテーブルにカードを並べ、赤い一人掛けソファに身を静める勝負師達。何故ポーカーだけでここまで盛り上がっているのだろうか。周囲の者に聞いてみる。
「ねえ、なんでこんなに盛り上がっているんだい」
「え? ああ、城崎中尉……簡単な賭け事ですよ、賭け事」
「賭け事?」
「ポーカーで勝負するんです。掛け金は双方同額、買った方が相手の賭け金を貰えるんですよ」
「へぇ」
どうでもいい。率直な感想だ。そんなことよりも、ちょっと綺麗なカクテルを飲んだ方が……。と思ったが、勝負が決まった瞬間に、辺りから歓声が沸く。
赤毛の青年の方が勝ったらしい。ひかえめそうに笑い、勝利金を貰っている。
周囲の話に聞き耳を立てていると、どうやら赤毛の青年はすでに十五連勝をしているようだった。一気に興味が湧く。
蓮自身、ポーカーやブラックジャックなど、カードゲームは人より得意な方である。頭も良いこと自負をしており、対戦をしてみたくなる。
ディーラーが、辺りを静めるように声を上げた。
「さ、次の対戦者は」
「僕がやろう」
蓮が挙手をすると、辺りがざわつく。やれ「変人中尉だ」だの、「なんで中尉がこんなところに」と話題の中心になる。中には女性の黄色い声も混じっている辺り、女性受けは悪くないのだろう。
ディーラーに「どうぞ」と促され、赤毛の青年の向かいの一人掛けソファに座る。相変わらず、ふんわりした雰囲気で「よろしくお願いします」と握手を求めてきた。
「あの、城崎中尉ですよね」
「よく知っているね」
「知ってますよ、有名人ですから。お節介で変わり者」
「おかしいかい?」
「いえ、良いと思いますよ。そういう所」
青年は、愛嬌のある顔で笑った。左に流れる赤毛の前髪を揺らし、新緑を感じさせる目元は丸っこく、どこか童顔だ。
ヒトをあまりほめるものではない。嬉しくなってしまう。ましてや良いなど、今の蓮には毒だ。
どこか親しみやすい彼の人柄は、とてもカードゲームが得意そうには見えない。だが、連勝をしているということは、頭は切れるはずだ。
蓮は頭こそ切れるものの、ヒトの顔を覚えるのが得意ではない。珍しく面白いと感じた人物なので、名前を聞いておくことにする。
「君、名前は」
「俺ですか? エリオットです。エリオット・イングラム。今年軍に入隊しました」
「新人さんかい、安月給だろうし何か奢ろうか?」
「はは、じゃあお言葉に甘えて」
意外。今まで奢ろうなんて言っても、皆謙遜してきたのに。今までに会ったことのないタイプだ。「本当に奢るよ?」と脅しのように尋ねると、「ええ、たかります」と悪びれもなくエリオットは蓮の好意を受け入れる。
新人にして、度胸とこの目立ちようはなかなかに。普通、新入りはいびられないよう、目立たないのが筋というものだ。或は、そんなことは考えていないのか。
同額を賭けるという独自のルール故に、掛け金は先払いだ。手元に何がきても恨みっこなし。このルールで連勝するとなると、運も絡んでくる。エリオットは幸運体質なのだろうか。
互いに賭け金をディーラーに渡すと、カードをシャカシャカ、切り出す。カードが配られるまでの間、蓮はエリオットに質問を続けた。
「どうして娯楽部屋に」
「なんとなく、です」
「なんとなく?」
「頭を使うゲームとか、好きなんです」
「奇遇だね、僕もだよ」
ディーラーがカードを配る。蓮は、配られたカードを見て、頭を捻る。さて、どうしたものか。手元にあるのはハートの三と四と五、スペードの四に、クローバーのキング。この手札であれば、ストレートフラッシュ、ハートを連番で揃えるのが一番強い役であるが。どのカードを交換するか。
様子を伺おうと、エリオットを見る。手札を見ながら、彼もまた、考え事をしているようだ。
「あまりいいカードではないようだね?」
「いえ、そんなことないですよ。やり方次第です」
「でも、そんなに狙ったカードが来るとは限らない」
「来ますよ」
「……何故?」
「……なんとなく、です」
エリオットが困り気味に笑みを浮かべる。本当になんとなく、なのだろう。勘がいいのか、イカサマをしているのか、果たして。
双方ディーラーにカードの交換を要求し、それとなく手元を見たが、イカサマをしている様子はない。
エリオットの言うなんとなく、を蓮も信じて見たくなり、クローバーのキングとスペードの四を交換に出した。賭け金には興味がないが、エリオットの負けた時の顔には興味がある。
交換されたカードを見て、蓮は顔をしかめた。ハートの六と、ダイヤの四。向かいのエリオットは、さして不味そうな様子もなく、ポーカーフェイスでカードを眺めた。
役を公開する前に、エリオットが今度は蓮に質問を飛ばす。
「城崎中尉、今度は俺から質問です」
「なんだい」
「どうして、娯楽部屋に?」
「オウム返しかい?」
「ええ、俺も気になったんで。普段、来ませんよね、ここ」
「……なんとなく、だよ」
エリオットの真似をして、蓮も同じような言葉を返す。実際なんとなくだ。何も考えていなかったし、こうなることも予測していなかった。
そうして「なんとなく」と返してから、エリオットはなんとなくではないことに気付く。頭を使うゲームが好きな者が、なんとなく、でここまで勝てる訳がない。はめられた。口が巧い。
互いに役を公開するときにはその策士にしてやられていて、ワンペアの蓮に対し、エリオットはスリーカードであっさりと勝利を掴んでいた。
話に夢中にならず、真面目に考えておけばよかった。
勝負が終わり、周囲がまたわっと勝利を祝う声に包まれる。ここまできたら、何連勝するかが見ものなのだろう。ギャラリーは他人事なので、酒を片手にその様子を楽しく見ている。
「俺の勝ち、ですね。ありがとうございました」
「君……僕の手札、見てた?」
「まさか。でも交換ミス、ですか?」
「さあ、カードにでも聞いてみるといい」
白々しい。手札ではなく目元を見て勝手に予測をしていたのだろう。自分の手札も見ながら、強くリスクの高い役を取りに行くように、蓮を誘導していた。
つくづく頭の切れる男だ。これは将来、大物になる。エリオット、覚えておこう。
ソファから立ち上がり、蓮は捨て台詞を吐く。負け惜しみというやつだ。
「今度は僕が勝って、そのお金でたんまりお酒でも奢ってあげる」
「そういうの、巻き上げっていうんですよ」
「どっちが」
柔和な最初の印象はフェイクだったのだろうか。案外図太いようで、エリオットは負けじと蓮に勝気な言葉を吐いた。
「また、俺と勝負しに来てくださいね」
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