忘却のアライブ 短編、セルフ二次
第二部隊の艦艇、レージングルが大海原を漂う。広大な海にどこか喧しい声が響き、艦上で軍人がびしっと並ぶ。綺麗に整列したその列は、列というにはあまりに美しすぎて、線のようにも見える。列の前で指揮をとる美女のような黒髪の青年は、楽しそうに声を上げる。
「薔薇の騎士団はこれより、第一部隊、すなわち戦艦スキーズブラズニルの護衛に入る!少将にはたーっぷり嫌がらせをするように!」
堅苦しく全員が揃って「イエス!」と返事をする。薔薇の騎士団と呼ばれたヒトの集まりは、目の前の大佐に忠実で洗練された部下達であった。そう、この恐ろしく団結力の高い謎の中隊を率いる男こそ、城崎蓮大佐であった。
これは、仰々しい大佐と、その大佐が率いるおかしな中隊の話……である。
城崎蓮の日常
第一部隊が休暇に入る時、大抵、第二部隊の一部隊員が戦艦の護衛に入った。戦艦は港街に停泊し、戦艦、並びにその周辺を守る形となる。休んでいる最中に敵に無人の戦艦を攻め込まれては、大変な事態になるからだ。
逆に、第二部隊が休んでいる間は第一部隊が第二部隊を守る。守備範囲の不足分は第三部隊が補い、各部隊が休暇を取れるようになっている。軍といえど休暇がしっかりしているこのシステムは、第一部隊の総司令、カノン・グラディウス少将が発案し、軍内に取り入れられたものだった。
蓮は、カノンは嫌いだが、この休暇制度は評価していた。他にあの男の評価できる部分など、容姿くらいだ。そのくらい、カノンが嫌いである。
昼過ぎ。既に港街に到着している戦艦に、エインヘリアル――機体に乗った薔薇の騎士団が着艦する。艦内はすでにほとんどの者が港街に出かけており、休みの雰囲気を漂わせている。艦では早く出かけたいという顔をしたカノンが、書類を手に騎士団を待っていた。いつも通り眉間に皺を寄せて、こちらを見ている。気にくわないのはお互い様で、蓮もカノンも、この瞬間が正直、一番面倒だった。
機体から蓮が薔薇を飛ばしながら派手に降りると、カノンがさらにむっとする。向かい合った瞬間に「掃除をしておくように」と釘を刺され、書類が手渡される。ただの紙きれにすらすらと達筆でサインをし、カノンに突っ返す。
「艦内の使用はいつも通りだ、来客用の部屋に寝泊まりしてくれ」
「わかっているさ、ちゃんと”綺麗”に使わせてもらうよ」
「お前の綺麗と私の言っている綺麗は違うのだがな……」
カノンは話すら面倒臭そうで、蓮の顔を見ようともしない。そういう奴なのだ、この男は。後ろでは、小柄な少年がカノンを待っているようで、早く早くとそわそわしている。くりくりとした赤目はカノンを熱心に見つめ、ぴょこぴょこ動くアホ毛はまるで犬のようだ。書類を受け取るだけ受け取ると、カノンは蓮に必要なカードキーのみ手渡し、背を向けて去って行く。なんて愛想のない。
手続きを終えて、艦の護衛任務を開始する。護衛任務は、戦艦に泊まり込みで行われるものだった。任務の間は、この艦をほとんど自由に使っていい。
カノン達が去ったことを確認すると、蓮は騎士団の面々に声を張り上げる。
「さあ! 僕らの時間だよ!」
両手を広げ、機械で出来た天井を仰ぐ。鉄くさい。艦内に駆け足で入ると、まずはブリッジに向かう。どうせ艦内の者はいないのだ。どこに向かおうと、敵が来ない限りは好き勝手だ。
いけない事のようなこの気分は、無人の学校で遊ぶ感覚に近い。口うるさい者がいない、普段は使えない場所で何をしても怒られない。
使い方のよくわからないブリッジに入り、蓮は司令椅子に踏ん反りかえる。堅い。こんな椅子によく座っていれるものだ。雰囲気や態度だけでなく、お尻も堅いのだろうか。いや、逆に座っていても疲れないということは柔らかい……なんて他人のお尻の話はどうでもいい。
座りながら、エリオットにも会いたかったな、と思う。休暇なので仕方がない、休みを奪ってまで会おうとは思わない。
くる、と椅子を回し、ついてきた騎士団のメンバーに声をかける。
「撮って撮って!」
蓮がポーズを決めると、騎士団の者達がカメラをどこからともなく取り出し、どこからか薔薇をまき散らし始める。ある者はレフ版を持ち、ある者はライト、ある者は……。蓮の一言に素早く対応し、撮影を始める。突然の撮ってという一言に文句を言うものは一人もおらず、寧ろ嬉しそうに動いているのであった。
蓮はというと、脚を組んだり、高く上げたり、ポーズを決めてのりのりである。仕事のない者達は、「美しいです!」「最高です!」と揃って蓮を鼓舞した。この場にカノンがいたら、間違いなく怒られているのだが、休暇なのである。撮影が終わると、辺りは薔薇の花びらで”綺麗”に埋め尽くされていた。
「ん~、いい風景だねぇ……柊」
「なんでしょう」
「掃除しておいて」
騎士団の中から一人指名し、掃除を命じる。柊と呼ばれた彼女は従順に従い、またもやどこからともなく取り出したほうきで掃除を始める。薔薇の騎士団は四次元ポケットでも持っているのだろうか。
蓮は気まぐれに立ち上がり、今度は食堂へ向かう。食堂も残念ながら休暇中のため、ヒトがいない。普段は賑わっているだろうに、静かなものだ。以前、蓮もこの艦に乗っていただけあって、どこか懐かしさに包まれる。まあ、この艦でいいことなどほとんどなかったのだが。
着いてきた薔薇の騎士団をテーブルに座らせ、蓮は厨房に入る。適当に冷蔵庫の中を漁ると、いくらか食材が残っていた。腹も減った、何か適当に作ろう。そういえばまだ昼食をとっていなかった。エプロンを一応装着し、鼻歌まじりに食事を作る。途中、柊が調理を代わろうとしてきたが、座っているように促した。
あまり物なので対した食事ではないが、騎士団の者達にチャーハンを振る舞う。騎士団だけでも、五十名程はいるだろうか。全員に振る舞うと、皆が皆、涙を流しながらチャーハンを食べた。蓮が蓮なら、騎士団も騎士団である。リアクションがいちいち大きい。
蓮も自分で作った物を美しく食し、腹を満たす。ついでに壁際の花瓶にナンセンスな花が飾られていたので、勝手に薔薇と取り替える。一気にセンスが溢れた花瓶を写真に収め、蓮は執務室へと歩みを進めた。
執務室は相変わらず質素なものである。カノンはシンプルな内装を好む。機能的で使いやすいのだろうが、蓮からすれば物足りない。短い間だが、この場を借りて仕事をするのだ。やはり派手でなければ、やる気がでない。
「皆、ここを派手にして」
「はい!」
元気よく返事をした数人が、執務室から出ていく。指示された通りに、派手な蓮の等身大の像を持ってくると、執務室の真ん中にどっかり置いた。それから天井にはミラーボールをぶら下げて、壁には蓮の自画像。縁は勿論、金。観葉植物は全て薔薇に差し替え、棚のコーヒーは紅茶にする。それまですっきりとしていた執務室が、どうにも異様な光景になる。
出る瞬間に「もとに戻せ!」とカノンにどやされるのだが、ぎりぎりまであちこちを蓮の色に染めていくのである。今だけでもこの艦は自分の所有物、というのは心地がいい。どこまで艦を勝手に改造できるか、が毎回この護衛任務の楽しみであった。騎士団の者も、この艦を勝手に使えるというのは随分わくわくするようで、上機嫌である。
一通り執務室を好きにして、蓮は考える。
「さて、今回はどんな悪戯をしてやろうか」
執務室の椅子に座り、にやにやとほくそ笑むのであった。
「薔薇の騎士団はこれより、第一部隊、すなわち戦艦スキーズブラズニルの護衛に入る!少将にはたーっぷり嫌がらせをするように!」
堅苦しく全員が揃って「イエス!」と返事をする。薔薇の騎士団と呼ばれたヒトの集まりは、目の前の大佐に忠実で洗練された部下達であった。そう、この恐ろしく団結力の高い謎の中隊を率いる男こそ、城崎蓮大佐であった。
これは、仰々しい大佐と、その大佐が率いるおかしな中隊の話……である。
城崎蓮の日常
第一部隊が休暇に入る時、大抵、第二部隊の一部隊員が戦艦の護衛に入った。戦艦は港街に停泊し、戦艦、並びにその周辺を守る形となる。休んでいる最中に敵に無人の戦艦を攻め込まれては、大変な事態になるからだ。
逆に、第二部隊が休んでいる間は第一部隊が第二部隊を守る。守備範囲の不足分は第三部隊が補い、各部隊が休暇を取れるようになっている。軍といえど休暇がしっかりしているこのシステムは、第一部隊の総司令、カノン・グラディウス少将が発案し、軍内に取り入れられたものだった。
蓮は、カノンは嫌いだが、この休暇制度は評価していた。他にあの男の評価できる部分など、容姿くらいだ。そのくらい、カノンが嫌いである。
昼過ぎ。既に港街に到着している戦艦に、エインヘリアル――機体に乗った薔薇の騎士団が着艦する。艦内はすでにほとんどの者が港街に出かけており、休みの雰囲気を漂わせている。艦では早く出かけたいという顔をしたカノンが、書類を手に騎士団を待っていた。いつも通り眉間に皺を寄せて、こちらを見ている。気にくわないのはお互い様で、蓮もカノンも、この瞬間が正直、一番面倒だった。
機体から蓮が薔薇を飛ばしながら派手に降りると、カノンがさらにむっとする。向かい合った瞬間に「掃除をしておくように」と釘を刺され、書類が手渡される。ただの紙きれにすらすらと達筆でサインをし、カノンに突っ返す。
「艦内の使用はいつも通りだ、来客用の部屋に寝泊まりしてくれ」
「わかっているさ、ちゃんと”綺麗”に使わせてもらうよ」
「お前の綺麗と私の言っている綺麗は違うのだがな……」
カノンは話すら面倒臭そうで、蓮の顔を見ようともしない。そういう奴なのだ、この男は。後ろでは、小柄な少年がカノンを待っているようで、早く早くとそわそわしている。くりくりとした赤目はカノンを熱心に見つめ、ぴょこぴょこ動くアホ毛はまるで犬のようだ。書類を受け取るだけ受け取ると、カノンは蓮に必要なカードキーのみ手渡し、背を向けて去って行く。なんて愛想のない。
手続きを終えて、艦の護衛任務を開始する。護衛任務は、戦艦に泊まり込みで行われるものだった。任務の間は、この艦をほとんど自由に使っていい。
カノン達が去ったことを確認すると、蓮は騎士団の面々に声を張り上げる。
「さあ! 僕らの時間だよ!」
両手を広げ、機械で出来た天井を仰ぐ。鉄くさい。艦内に駆け足で入ると、まずはブリッジに向かう。どうせ艦内の者はいないのだ。どこに向かおうと、敵が来ない限りは好き勝手だ。
いけない事のようなこの気分は、無人の学校で遊ぶ感覚に近い。口うるさい者がいない、普段は使えない場所で何をしても怒られない。
使い方のよくわからないブリッジに入り、蓮は司令椅子に踏ん反りかえる。堅い。こんな椅子によく座っていれるものだ。雰囲気や態度だけでなく、お尻も堅いのだろうか。いや、逆に座っていても疲れないということは柔らかい……なんて他人のお尻の話はどうでもいい。
座りながら、エリオットにも会いたかったな、と思う。休暇なので仕方がない、休みを奪ってまで会おうとは思わない。
くる、と椅子を回し、ついてきた騎士団のメンバーに声をかける。
「撮って撮って!」
蓮がポーズを決めると、騎士団の者達がカメラをどこからともなく取り出し、どこからか薔薇をまき散らし始める。ある者はレフ版を持ち、ある者はライト、ある者は……。蓮の一言に素早く対応し、撮影を始める。突然の撮ってという一言に文句を言うものは一人もおらず、寧ろ嬉しそうに動いているのであった。
蓮はというと、脚を組んだり、高く上げたり、ポーズを決めてのりのりである。仕事のない者達は、「美しいです!」「最高です!」と揃って蓮を鼓舞した。この場にカノンがいたら、間違いなく怒られているのだが、休暇なのである。撮影が終わると、辺りは薔薇の花びらで”綺麗”に埋め尽くされていた。
「ん~、いい風景だねぇ……柊」
「なんでしょう」
「掃除しておいて」
騎士団の中から一人指名し、掃除を命じる。柊と呼ばれた彼女は従順に従い、またもやどこからともなく取り出したほうきで掃除を始める。薔薇の騎士団は四次元ポケットでも持っているのだろうか。
蓮は気まぐれに立ち上がり、今度は食堂へ向かう。食堂も残念ながら休暇中のため、ヒトがいない。普段は賑わっているだろうに、静かなものだ。以前、蓮もこの艦に乗っていただけあって、どこか懐かしさに包まれる。まあ、この艦でいいことなどほとんどなかったのだが。
着いてきた薔薇の騎士団をテーブルに座らせ、蓮は厨房に入る。適当に冷蔵庫の中を漁ると、いくらか食材が残っていた。腹も減った、何か適当に作ろう。そういえばまだ昼食をとっていなかった。エプロンを一応装着し、鼻歌まじりに食事を作る。途中、柊が調理を代わろうとしてきたが、座っているように促した。
あまり物なので対した食事ではないが、騎士団の者達にチャーハンを振る舞う。騎士団だけでも、五十名程はいるだろうか。全員に振る舞うと、皆が皆、涙を流しながらチャーハンを食べた。蓮が蓮なら、騎士団も騎士団である。リアクションがいちいち大きい。
蓮も自分で作った物を美しく食し、腹を満たす。ついでに壁際の花瓶にナンセンスな花が飾られていたので、勝手に薔薇と取り替える。一気にセンスが溢れた花瓶を写真に収め、蓮は執務室へと歩みを進めた。
執務室は相変わらず質素なものである。カノンはシンプルな内装を好む。機能的で使いやすいのだろうが、蓮からすれば物足りない。短い間だが、この場を借りて仕事をするのだ。やはり派手でなければ、やる気がでない。
「皆、ここを派手にして」
「はい!」
元気よく返事をした数人が、執務室から出ていく。指示された通りに、派手な蓮の等身大の像を持ってくると、執務室の真ん中にどっかり置いた。それから天井にはミラーボールをぶら下げて、壁には蓮の自画像。縁は勿論、金。観葉植物は全て薔薇に差し替え、棚のコーヒーは紅茶にする。それまですっきりとしていた執務室が、どうにも異様な光景になる。
出る瞬間に「もとに戻せ!」とカノンにどやされるのだが、ぎりぎりまであちこちを蓮の色に染めていくのである。今だけでもこの艦は自分の所有物、というのは心地がいい。どこまで艦を勝手に改造できるか、が毎回この護衛任務の楽しみであった。騎士団の者も、この艦を勝手に使えるというのは随分わくわくするようで、上機嫌である。
一通り執務室を好きにして、蓮は考える。
「さて、今回はどんな悪戯をしてやろうか」
執務室の椅子に座り、にやにやとほくそ笑むのであった。
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