忘却のアライブ 短編、セルフ二次
僕の英雄の話をしよう。それはそれは勇猛な男で、多くのヒトの憧れの的だったんだ。エインヘリアルの、素晴らしい操縦者だったよ。機体に剣を持たせたらもう、右に出るものはいなくてね。閃光のごとく早い剣筋はあっという間に敵を切り、定めを刻むんだよ。
彼は三つの世界を繋いで平和をもたらそうとした英雄でね、そのために幾度となく戦ってきたんだよ。自ら剣を取り、争いを静める姿はまるで神話の英雄だ。どんな怯えるような運命にでも、悲しみを抱いた数だけ前に進んでいくんだ。
性格は今の君より少し大ざっぱかも知れないね。君は一言でいうと斜に構えたクール、って感じ。マルスは落ち着いていて気さくな感じかな。時々子供っぽいところは君にそっくり。
彼は僕にとっては全てだったよ。僕はほら、両親が僕のことなんて見てくれなかったから、僕のことを初めて認めてくれたのは彼だったんだよね。嬉しかったさ。彼が僕を右腕として認めてくれたときは。
ああ、話が逸れてしまったね。それで、そう、僕の英雄……マルスはね、まるで天使のように美しかったんだ。まさにこの世界が生みだした最高傑作だよ。あ、僕も勿論綺麗でしょ?え?天使じゃなくて魔族と人間のハーフだろうって?違うよ、比喩だよ。もう、わかっていないねぇ。その身体のことは自分が一番わかっているだろう?現に君が転生したところは僕が見届けたんだから。
えっと、そうだ。黒く艶やかな髪は手櫛を通すとサラサラでね、どんな上質な布よりも最高の手触りだって思ったよね。目鼻立ちは整っていてね、って君の顔だからわかるか。そう、そんな風にきりっとしていて、切れ長の目は真っ赤に真っ赤に、僕を射抜くんだよ。高い鼻と形のいい唇はどこか中性的で、それなのに甘い声で囁くものだからもう、くらくらしちゃうよね。ああ、容姿の話はしても仕方がないか、君そのものだものね、すまない。うっかりしていたよ。
――と蓮にマシンガントークを打ち付けられ、ぽかんとするカノン。ちなみに言っておくが、ここは執務室である。呑気に来客用ソファで二人揃ってお茶を飲んでいる場合ではないのだが、蓮が休憩をしろとうるさかった。
しかし、何故いまこのタイミングで過去の、しかも前世の話などするのだろう。自分が純粋な天族としての転生を行っていないことは知っていた。天族としての魂を持ちながら、身体は魔族と人間のハーフという絶対にこの世に二人と存在しないであろうヒト。それがカノンだ。故に誰にも言ってはいけない。しかし、その生前の話をされるとは。そう、蓮はカノンの経歴を知っている。カノンがこうして転生しているのは他でもない、蓮が他の魔族や魔物から“彼”の魂も肉体も守り、アースガルドへ運んでくれたからだ。紅茶を飲み、一度二人は落ち着く。かたん、とソーサーの上にカップを置くと第二ラウンドの開始だ。
「……何故その話を、今」
「せっかく新しい形で僕らは想いあうことができているんだよ?」
「はあ」
「こういう過去は伝えておくべきかと思ってね」
蓮はにま、と笑い一指し指を愉快に立てる。なにが「思ってね」だ。勿論過去のことは知りたくある。だが、これではまるで惚気だ。嬉しくは、ない。せっかくこうして仕事を一度休んで、会話をしているというのに。内容がこうではカノンとしても楽しくはない。自分の中にこんな感情があるのも面白くない、と苦虫を噛み潰した顔をする。
「何むくれているんだい」
「別に」
「一言目二言目にはそれだ!」
「……なんだ」
「君は「別に……」とか「うむ……」とかで済ましすぎなんだよ!」
「今度は私の愚痴か」
一層面白くなくなり、カノンは冷めた紅茶を一気に飲み干した。惚気の次は説教か。勘弁してくれ。これが蓮でなければ返答もしないところだ。溜息をつくと、今度は蓮が不満そうな顔をした。自分からつまらない話をしておいて、なんだ。
「何が不満だったんだい」
「さあ?」
「さあって……少将~? 僕は君に聞いているんだけれどね」
「知らん。少将は仕事が忙しいのでお話はこれで終いにさせてもらおう」
ついでに言うなら、カノンはこの呼び方も気に入っていない。君、少将、なんて呼ばれてもちっとも嬉しくない。想いあっているのなら名前で呼べ。次から次へと愚痴が出てくる。これではヒステリーを起こしているようではないか! とうんざりする。早く仕事に戻ってしまおう。
ソファから立ち上がろうとしたら、蓮が先に立ち上がり、上からのしかかってきた。マウントを取られるのはいけ好かない。
漆黒の髪がくすぐったい。英雄を褒めちぎっていたが、蓮の髪も重力に逆らわず、揺れるカーテンのように美しいとぼんやりカノンは思った。
「ねえ、言って」
「何を」
「僕の何が嫌?」
「……」
「僕は君のそういう、素直じゃないとこ、嫌い」
耳元で蓮が優しく囁く。やめろ、耳は効く。カノンは耳を攻められることに抵抗がある。言い換えると、耳に弱い。
「ああ、もう! 言えばいいんだろう! わかったからどけ!」
「言ったらどいてあげる」
「貴様は……!」
かっとなる。怒鳴ろうとして、息を呑んだ。カノンの悪い癖だ。からかわれるとすぐに感情が出てしまう。からかうのは得意だが、からかわれるのは向いていない。難儀な性格だ。困り果て、息を吐く。蓮は上で楽しそうにその様子を見ている。この男、確信犯である。こうなったら、言うまで本気でどかない気だろう。このまま誰かが入ってきても不味いので、白状することにする。明後日の方向を向いてから、カノンはもごもごと話はじめた。今、蓮の目を見たら恥ずかしくて死んでしまう。
「……だ、」
「もっと大きな声で」
「……城崎、お前は、昔の話ばかりだ」
「それは……すまないね」
「……過去の私ではなく、今の私を見てはくれないのか」
「……」
「それから、いい加減に名前で呼べ」
「……」
蓮が途端に黙る。何故なにも言わない。不安になり蓮を見上げると、顔に手を当てて、天を仰いでいた。なんだそのおかしなポーズは。話を聞いているのだろうか。
「……おい、聞いているのか」
「……うん」
「二度は言わんぞ」
「うん……あー……」
今度は唸り始めた。珍生物としてテレビに応募してやろうか、こいつ。
「城崎?」
「君ってさ」
「うん……?」
「ほんっとかわいいよね……」
「……うん?」
間。誰が可愛いと言ったのだろうか。一瞬理解が追い付かなかった。今間違いなく、蓮はカノンを可愛いと言った。格好いいつもりはあっても、可愛いは男の身としてはなかなかどういう。また面白くなくなってしまった、言わなければよかった。不機嫌な顔をして蓮の下からどこうとすると、ふいに抱き寄せられた。ああ、薔薇臭い。いい匂いなのだが、今のカノンにはむせ返るようで。息をする度に脳が痺れる。意識を持って行かれそうだ。全身に惚れ薬でも塗ったくっているのではないだろうか。
「ねえ」
「離せ」
「カノン」
「き、急に名前で呼ぶな!」
「呼べっていったんじゃない」
「っ、黙れ!」
腕から逃れようとすると、さらにきつく抱きしめられる。白昼堂々、何故ソファの上で抱きしめられているのだろう。お互いの髪がソファの上に散らばる。白金と黒が交じり合い、神秘的な模様にも見える。こんなに綺麗な関係でいいのだろうか。人の心をかき乱しておいて、嬉しそうな蓮の姿がまたカノンの感情をない交ぜにする。
「キスしたいな」
「嫌だ」
「許可は取らないよ」
では何故公言するのか。本当に許可なく勝手に、蓮に唇を奪われる。咄嗟にカノンは目を閉じた。好き勝手にキスまでしてきて、我儘なヒトである。深くなっていく口付けと、背中に手を回す姿に、自分も傲慢だと、カノンは頭の片隅で考える。全く、何をこのナルシストな男に望んでいるのか。自分でもわからない。吐息と小さな喘ぎが零れる。暫し互いに唇の感触を楽しみ、ゆっくり離す。うっとりとした蓮が、顔をずらして耳元で呟いた。
「君はもう英雄なんかじゃない。そうだろう、僕のカノン?」
彼は三つの世界を繋いで平和をもたらそうとした英雄でね、そのために幾度となく戦ってきたんだよ。自ら剣を取り、争いを静める姿はまるで神話の英雄だ。どんな怯えるような運命にでも、悲しみを抱いた数だけ前に進んでいくんだ。
性格は今の君より少し大ざっぱかも知れないね。君は一言でいうと斜に構えたクール、って感じ。マルスは落ち着いていて気さくな感じかな。時々子供っぽいところは君にそっくり。
彼は僕にとっては全てだったよ。僕はほら、両親が僕のことなんて見てくれなかったから、僕のことを初めて認めてくれたのは彼だったんだよね。嬉しかったさ。彼が僕を右腕として認めてくれたときは。
ああ、話が逸れてしまったね。それで、そう、僕の英雄……マルスはね、まるで天使のように美しかったんだ。まさにこの世界が生みだした最高傑作だよ。あ、僕も勿論綺麗でしょ?え?天使じゃなくて魔族と人間のハーフだろうって?違うよ、比喩だよ。もう、わかっていないねぇ。その身体のことは自分が一番わかっているだろう?現に君が転生したところは僕が見届けたんだから。
えっと、そうだ。黒く艶やかな髪は手櫛を通すとサラサラでね、どんな上質な布よりも最高の手触りだって思ったよね。目鼻立ちは整っていてね、って君の顔だからわかるか。そう、そんな風にきりっとしていて、切れ長の目は真っ赤に真っ赤に、僕を射抜くんだよ。高い鼻と形のいい唇はどこか中性的で、それなのに甘い声で囁くものだからもう、くらくらしちゃうよね。ああ、容姿の話はしても仕方がないか、君そのものだものね、すまない。うっかりしていたよ。
――と蓮にマシンガントークを打ち付けられ、ぽかんとするカノン。ちなみに言っておくが、ここは執務室である。呑気に来客用ソファで二人揃ってお茶を飲んでいる場合ではないのだが、蓮が休憩をしろとうるさかった。
しかし、何故いまこのタイミングで過去の、しかも前世の話などするのだろう。自分が純粋な天族としての転生を行っていないことは知っていた。天族としての魂を持ちながら、身体は魔族と人間のハーフという絶対にこの世に二人と存在しないであろうヒト。それがカノンだ。故に誰にも言ってはいけない。しかし、その生前の話をされるとは。そう、蓮はカノンの経歴を知っている。カノンがこうして転生しているのは他でもない、蓮が他の魔族や魔物から“彼”の魂も肉体も守り、アースガルドへ運んでくれたからだ。紅茶を飲み、一度二人は落ち着く。かたん、とソーサーの上にカップを置くと第二ラウンドの開始だ。
「……何故その話を、今」
「せっかく新しい形で僕らは想いあうことができているんだよ?」
「はあ」
「こういう過去は伝えておくべきかと思ってね」
蓮はにま、と笑い一指し指を愉快に立てる。なにが「思ってね」だ。勿論過去のことは知りたくある。だが、これではまるで惚気だ。嬉しくは、ない。せっかくこうして仕事を一度休んで、会話をしているというのに。内容がこうではカノンとしても楽しくはない。自分の中にこんな感情があるのも面白くない、と苦虫を噛み潰した顔をする。
「何むくれているんだい」
「別に」
「一言目二言目にはそれだ!」
「……なんだ」
「君は「別に……」とか「うむ……」とかで済ましすぎなんだよ!」
「今度は私の愚痴か」
一層面白くなくなり、カノンは冷めた紅茶を一気に飲み干した。惚気の次は説教か。勘弁してくれ。これが蓮でなければ返答もしないところだ。溜息をつくと、今度は蓮が不満そうな顔をした。自分からつまらない話をしておいて、なんだ。
「何が不満だったんだい」
「さあ?」
「さあって……少将~? 僕は君に聞いているんだけれどね」
「知らん。少将は仕事が忙しいのでお話はこれで終いにさせてもらおう」
ついでに言うなら、カノンはこの呼び方も気に入っていない。君、少将、なんて呼ばれてもちっとも嬉しくない。想いあっているのなら名前で呼べ。次から次へと愚痴が出てくる。これではヒステリーを起こしているようではないか! とうんざりする。早く仕事に戻ってしまおう。
ソファから立ち上がろうとしたら、蓮が先に立ち上がり、上からのしかかってきた。マウントを取られるのはいけ好かない。
漆黒の髪がくすぐったい。英雄を褒めちぎっていたが、蓮の髪も重力に逆らわず、揺れるカーテンのように美しいとぼんやりカノンは思った。
「ねえ、言って」
「何を」
「僕の何が嫌?」
「……」
「僕は君のそういう、素直じゃないとこ、嫌い」
耳元で蓮が優しく囁く。やめろ、耳は効く。カノンは耳を攻められることに抵抗がある。言い換えると、耳に弱い。
「ああ、もう! 言えばいいんだろう! わかったからどけ!」
「言ったらどいてあげる」
「貴様は……!」
かっとなる。怒鳴ろうとして、息を呑んだ。カノンの悪い癖だ。からかわれるとすぐに感情が出てしまう。からかうのは得意だが、からかわれるのは向いていない。難儀な性格だ。困り果て、息を吐く。蓮は上で楽しそうにその様子を見ている。この男、確信犯である。こうなったら、言うまで本気でどかない気だろう。このまま誰かが入ってきても不味いので、白状することにする。明後日の方向を向いてから、カノンはもごもごと話はじめた。今、蓮の目を見たら恥ずかしくて死んでしまう。
「……だ、」
「もっと大きな声で」
「……城崎、お前は、昔の話ばかりだ」
「それは……すまないね」
「……過去の私ではなく、今の私を見てはくれないのか」
「……」
「それから、いい加減に名前で呼べ」
「……」
蓮が途端に黙る。何故なにも言わない。不安になり蓮を見上げると、顔に手を当てて、天を仰いでいた。なんだそのおかしなポーズは。話を聞いているのだろうか。
「……おい、聞いているのか」
「……うん」
「二度は言わんぞ」
「うん……あー……」
今度は唸り始めた。珍生物としてテレビに応募してやろうか、こいつ。
「城崎?」
「君ってさ」
「うん……?」
「ほんっとかわいいよね……」
「……うん?」
間。誰が可愛いと言ったのだろうか。一瞬理解が追い付かなかった。今間違いなく、蓮はカノンを可愛いと言った。格好いいつもりはあっても、可愛いは男の身としてはなかなかどういう。また面白くなくなってしまった、言わなければよかった。不機嫌な顔をして蓮の下からどこうとすると、ふいに抱き寄せられた。ああ、薔薇臭い。いい匂いなのだが、今のカノンにはむせ返るようで。息をする度に脳が痺れる。意識を持って行かれそうだ。全身に惚れ薬でも塗ったくっているのではないだろうか。
「ねえ」
「離せ」
「カノン」
「き、急に名前で呼ぶな!」
「呼べっていったんじゃない」
「っ、黙れ!」
腕から逃れようとすると、さらにきつく抱きしめられる。白昼堂々、何故ソファの上で抱きしめられているのだろう。お互いの髪がソファの上に散らばる。白金と黒が交じり合い、神秘的な模様にも見える。こんなに綺麗な関係でいいのだろうか。人の心をかき乱しておいて、嬉しそうな蓮の姿がまたカノンの感情をない交ぜにする。
「キスしたいな」
「嫌だ」
「許可は取らないよ」
では何故公言するのか。本当に許可なく勝手に、蓮に唇を奪われる。咄嗟にカノンは目を閉じた。好き勝手にキスまでしてきて、我儘なヒトである。深くなっていく口付けと、背中に手を回す姿に、自分も傲慢だと、カノンは頭の片隅で考える。全く、何をこのナルシストな男に望んでいるのか。自分でもわからない。吐息と小さな喘ぎが零れる。暫し互いに唇の感触を楽しみ、ゆっくり離す。うっとりとした蓮が、顔をずらして耳元で呟いた。
「君はもう英雄なんかじゃない。そうだろう、僕のカノン?」
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