一章
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本日のメニューはシュミレーション訓練、海斗にとって得意な分野だ。士官学校でもよくやっていた。機体直接動かすのとは少し違うが、手足を動かすくらいに容易い。
シュミレーションは専用部屋に設置された、特殊装置を使って行う。コックピットと同じ形をした装置の中には各位が使う機体情報や、敵の情報が記憶されている。実際に出撃せずとも訓練できるので、手軽にできる点が魅力だ。
装置単体の情報をモニターや別の装置に繋げば、仮想空間の中で操縦者同士、模擬戦闘ができる。操縦者が複数いなくとも、動きを記憶した自立AIの活用で、単体訓練も可能だ。
模擬戦闘は操縦者以外にも室内の大型モニターで表示、観覧も出来るため、士官学校では一種の見世物だった。
シュミレーションルームに、新人が集まる。蟻も感心する整列で、上官を向かえる。手足を揃えるのは疲れるので、海斗はあまり好きではない。右を向いても左を向いても皆、真面目に揃えているのだから溜息が出る。
隊列の前に来たのは、昨日海斗に説教を飛ばしたばかりの人物。カノンは昨日の正装とは違って、白い豪華なガウンは身に着けていない。空色の軍服で身軽そうだ。
それと、緑の軍服を着用した若い赤毛の士官。どこかで見た気がする。
カノンは何も言わず、隣の士官に話を促した。
「はじめまして、エリオット・イングラム中尉です。今日は僕が皆さんのシュミレーションのお相手をさせて頂きますね」
落ち着いた声で隊列に話しかける。さわやかな好青年な印象を受けるが、唐変木そうな顔をしている。これが面接なら、良くも悪くも最後まで印象に残らなそうな雰囲気の男だ。
思い出した。昨日の無断出撃で、海斗が勝手に乗った機体の本来の持ち主だ。機体を奪われて憤っていたのは、記憶に新しい。申し訳ないことをした。
敬礼をし、慣れない若人が格納庫に「よろしくお願いします」と声を響かせる。
エリオットの少し後方に下がったカノンはというと、電子端末を弄るので忙しい。カリカリと何かを端末専用のペンで書き込んだと思えば、電子データを閲覧している。
仕事中に別の仕事をやっているようだ。自分はここにいない者として扱ってくださいと言いたげだ。将官、ましてや師団を率いる立場であれば、執務室くらい与えられているものを。
「楽にしてください」と言われ、列が体制を少し崩す。エリオットが訓練の内容を説明する。エリオットの説明が始まると、カノンは靴をコツコツと鳴らしながら離れ、近くの腰かけに丁度いい箱の上に腰かけた。自由な男だ。
交代で各位エリオットに呼び出され、機体に乗りシュミレーションをこなしていく。内容はエリオットとの対人戦だった。個人の実力を見抜くならこの方法が手っ取り早いだろう。
モニターに模擬戦の様子が映し出される。そのため、誰がどのような戦い方をするか、すぐに把握できる。勿論、エリオットの戦い方もだ。
彼はオールラウンダ―なようで、中距離戦闘を好んでいる。ライフルと槍を組み合わせた戦い方がバランスよく、安定している。悪くいえば、長けた部分がない。
自信家なもので、海斗には勝てる自信があった。癖がないということは決定打もないということだ。持久戦にもつれ込めば、決定打がない点は致命的な弱点になる。
新人である海斗達は、普遍的な機能のエインヘリアルに乗せられる。武器や防具は自分で選べるため、自分好みの設定で戦える。
恐らく、シュミレーションを通して各自に適切な機体が与えられるのだろう。その証拠に、遠巻きにカノンは見定めるようにモニターを見ている。
この場に彼がいるのは、新人を見極めるためと考えてよさそうだ。手元の端末には事細かに分析内容が記されているだろう。しかしまあ、離れた位置で見てドライアイにならないのだろうか。
彼が近くで見ていたら、緊張で戦いに集中できないのは確かだろうが。
戦いがひとつ、ふたつと終わる。いいところまでエリオットを追い詰めた者、手も足も出なかった者、成果はそれぞれだ。
「次は……赤羽海斗くん」
エリオットが海斗を呼ぶ。かったるく、返事をした。海斗のやる気のない雰囲気は士官学校で身についてしまったものだ。直すのには時間が掛りそうだ。
昨日の件か海斗の態度か、はたまた両方か、エリオットの眉尻が少し上がる。
戦いの前には、何の儀式なのか皆エリオットと握手をするようになっている。定められている訳ではないのだが、彼が求めてくるのだ。律儀である。
真面目な青年が、海斗に手を差し伸べる。なんとなく、手を握る気にはならない。この手を握れば、応じることになる。
……もっと、強い相手に挑んでみたいと思った。エリオットに生意気な提案をする。
「なあ、別のヒトとシュミレーション訓練するのって、ありなの」
「ふうん、別のヒトと……?」
「これって、俺達の技術を見極める訓練なんだろ」
「まあ、そうだけど……例えば誰と?」
「少将、とか」
エリオットが信じられない、といった顔をする。エリオットだけではない、皆が面を食らって、ざわつく。そのうち、噂話が立ちだす。なんて傲慢な奴だ、頭がどうかしている。
皆新しいエンターテイメントを見つけたとばかりに、耳をうつ。
「……正気?」
「そりゃあもう、お目目はぱっちり」
呆れながら確認をするエリオットに、返事を返す。
「……ははっ」
すると、遠くから笑い声が聞こえた。面白くもなんともない、退屈しきった笑顔でカノンが笑っている。笑いながらも、冷えた目だ。
「そんなに昨日は悔しかったか」
「……何笑ってんだよ」
「いや、その心意気は褒めよう……うむ、相手をしようじゃないか」
興が乗ったらしい。不敵な笑みを浮かべ、こちらに歩みを進めてくる。ただ歩いているだけなのに、あの存在感はなんなのだろう。周囲が避け、彼の歩くところに自然と道が出来る。
カノンは手に持っている端末をエリオットに渡し、海斗に手を伸ばす。この手を握れば、海斗の相手はカノンになる。
……生唾を飲む。いざ目の前にすると、慄然とする。ここで引いては、この男を超えることは出来ない。伸ばされた手を握り、握手を交わす。
カノンの方が、少し大きい。この手で、操縦桿を器用に動かしている。妬ましい手だ。
互いに身をひるがえし、装置の元へ向かう。
シュミレーション装置の中に入ると、気が引きしまる。エインヘリアルのコックピットは、通常はヒトでいう胸部に存在する。シュミレーションでも同様の扱いで、仮想空間でも攻撃を受ければ装置がリアルな振動を再現してくれる。被弾状況によっては、即座にゲームオーバーだ。
装置のハッチが締まり、真っ暗だった周囲に平原の風景が映る。単純に戦うためだけに設計された仮想世界だ。
遮蔽物はないので、隠れてやり過ごす方法は使えない。目の前の相手と戦うには、どう動けば適切か。海斗なりに考え、必死に頭の中でプラン立てた。