一章
カノンの戦闘に対するポテンシャルは、別格に高い。近接戦闘を行いながら遠距離戦闘もこなす。
まるで目が全方向についているような反応速度。正確な技術、思い切りの良さ。
戦士として必要なものを、全て持ち合わせている。戦うために生まれてきた、と言っても過言ではない能力を持っていた。アースガルドでは常勝と呼ばれる戦いの天才。だからこそ、彼は狂戦士――ベルセルクと呼ばれるのだ。
敵がフレイに向かって突っ込んでくる。振りかざされた剣を難なく受け止め、鍔迫り合う。相手の剣はあまり重くない。
後ろからビーム弾が跳んでくるが、右手の小型の盾で受け止める。人の後ろを狙うのが好きらしい。
敵の判断は、正しい。挟撃は複数の味方と共同で戦う際に、適切な戦術である。特に遠距離攻撃と近接攻撃の組み合わせは厄介だ。普通の一般兵であればの話だが。
カノンは機体背面に搭載されている、長距離レールガンを機動させた。ビーム式なので、機体のエネルギーが切れなければ打ち放題だ。
照準を敵機に合わせ、二発撃つ。一発はあえてずれた位置に。敵がそれを避けた位置を予測して、もう一発がコックピットを貫く。光速の光が当たって死ぬのはさぞ痛かろう。まずは一機。
邪魔な正面の機体を蹴り飛ばす。よろめいた相手の胸部を、レイピアのように剣で刺す。どろ、と刺した部分から血が溢れる。敵機が動きを止めたところを確認し、剣を抜く。ずるり、機体が落下した。二機目。余計なことをして剣が汚れてしまった。
上から敵が接近してくる。面倒だ、このままレールガンで仕留めてしまおう。敵機に瞬時に狙いを定め、発射ボタンを押す。
反撃を予想できなかった敵機が、レールガンにずたずたに貫かれる。三機目。
『ふざけんなあ!』
敵大将機がトマホークで切りかかってくる。ふざけてなどいないのだが。極めて冷静に、カノンは敵の攻撃を避ける。
『こっちは!てめえを倒すために!どんだけの準備を!』
「……知らんな」
全くもってどうでもいい。こちらだって、相手をするために燃料や弾薬を使っているのだ。勘弁してほしい。逆恨みもいいところだ。
強いて言うなら、甘く見過ぎだ。どれだけ長い年月、魔族の相手をしてきたと思っているのだろう。簡単に倒されては、総司令の名が廃る。
『逃げるな!』
「ふむ、真っ向から叩き潰されるのが好みなのか?」
敵のトマホークを剣で受け止める。金属音が弾けた。どちらが悪役なのだろう、と苦笑いをする。
機体を後方に下げ、操縦桿のボタンを押す。腰にあるもう一本の剣をパージする。右手に持ち、敵機に接近する。
カノンは左利きである。そのため、機体にも普段は左手に剣を持たせている。ただし、例外なく右手でも使える。二刀流というやつだ。
敵が振りかぶる。相手が切りかかるより早く、左手の剣で、敵機の右腕を切断する。次に、右手の剣で左腕を切断。相手の腕がなくなったところで、両手の剣を交差させるように振り、両脚を切る。もう何もできまい。
コックピットから少しずらした位置を刺し、剣に機体をぶら下げる。抵抗できないのを確認してから、スピーカーのスイッチを入れた。
「聞きたいことがある」
『な……なんだよ……!』
敵の声が怯えている。少し申し訳ないことをしたか。優しくするのは得意ではない。
「何故私を倒すことがメリットに繋がる」
『だからっ!さっきも言ったように!』
「そもそも本当に食事や戦力を減らすのが目的なのか?よもや、本当に私個人が狙いとは言うまいな?」
『そんなこと、俺は知らない!王がお前を……!』
「……所詮お前は下っ端か」
『ま、待て!待ってくれ!』
レールガンで剣の荷物を打ち抜く。至近距離で撃たれた物体は四方八方に爆散する。これで四機目。自分に襲い掛かってきた者は全て倒した。
他はどうなっただろう。僚機から通信が入る。どうやら魔物と他の敵機も片付いたようだ。丁度いい。艦に通達をせねば。
「こちらカノン・グラディウス。本時刻を持って作戦を終了する」
◇
目が泳いだ。今海斗は機体格納庫の地面を見ている。とても上司の顔など見れるものではない。
「先ほどの質問だ。何故出撃した」
「それ、は」
辺りの空気が張りつめる。整備の者は気の毒そうに海斗を見た。とはいうものの、違反をしたのは海斗である。
口ごもりながら上を向く。そこいらの男性より大きな背丈で、冷淡な顔をした男がそこにいる。綺麗な顔のせいで余計に凄みを増している。もっと平凡な顔をしていれば少しは親しみやすいのだが。どうしてこう、上司というのは大体親しみにくい容姿なのだろう。
戦闘が終わり、帰投した海斗を待っていたのはカノンの尋問であった。お咎めなしを期待したが、世の中上手くいかないものだ。隣にはロウもいる。いつも減らず口を叩く親友も、流石に気まずそうだ。
「ま、まあ!魔物も倒しましたし!」
ロウが取り繕おうとするが、声が上ずっている。無理をするとボロが出るだけだ。
「……その点は評価しよう」
案外優しい。だが、その後に「しかし、」と続く。やはり駄目なものは駄目か。
まず、無断での出撃をこっぴどく怒られる。機体を盗んでの出撃などもってのほかだと釘を刺された。まだ機体の操縦も許されていない立場なので、当たり前と言えば当たり前だ。
ロウはこのまま部屋に帰れと促される。そうだ、ロウは結局出撃していない。海斗が先に出撃したが、あの後周囲に発見され失敗したのだろう。
となると、次に待っているのは海斗の戦いに対する説教だ。何を言われるか、今から海斗の身体が硬直する。
「ヒトを撃つのは怖いか」
怒りを含んだカノンの声が、少し哀れみを持った。冷たいように見えるが、情がない訳ではないらしい。
「……その躊躇いは命取りになるぞ」
「でも、」
自分はヒトを守るために軍人になったのだ。それなのに、ヒトを殺すなどと。
「出なきゃと、思って」
「何故」
「ヒトが死ぬところは見たくない」
「そうやって自分の力でも示したかったのか」
「それは、」
「自分は立派にヒトを守れます、とでも言いたかったのか?学生気分だな。聞こえがいいようにヒトのためなどと掲げて……お前はここに何をしに来た」
ぎくりとする。誰かを守りたい、そんな大義名分を掲げておきながら。自分は何をしにこの場にいる?本当は誰を守るためにいる?
ヒト……いいや違う。自分だ。未来への展望のない、冷めた自分が唯一できること。エインヘリアルの操縦だ。自分ができることと、実際の仕事は違う。操縦ができても、戦えなければ結局軍人としての責務は全うできない。
見透かされている。会ったばかりの彼に。
「操縦をできる……力があるということはそんなに恰好がいいか?」
「そんなこと、」
「いいや、考えているだろう。態度からにじみ出ている。やる気がないように見せて、何もしなくても自分は本当はこんなに強いと言いたかったのか?思い上がるな」
「……違う、俺は……殺したくなくて」
「なら、軍人などやめろ」
「……、」
「……奪うのが嫌なら、他の仕事だってある」
「でも、俺は……」
他にできることが、ない。
「迷惑だ。やる気も夢も力もない……中途半端なまま戦われては周囲を危険に晒す」
「なん……!」
海斗の頭に血が上る。力もないのになど、初めて言われた。才に恵まれ、エインヘリアルの操縦は誰よりも上手かった。だからこそ努めてきた、努めようと思った。それなのに力がないなどと。腹が立つ。今までの自分を否定されたような感覚。
言い返そうとして、言葉に詰まる。先ほどの、カノンの戦いを思い出す。四機を相手に、容赦なく切り捨てたあの動き。躊躇いのなさ。空を踊るように舞う赤い機体。たった一機で戦って勝利した。もし彼が敵だったら。
そうだ、彼のような力があれば誰も殺さずとも敵を止められるのに。
「……」
「言い返せもしないとはな」
「……うるせえ」
「……まだやる気があるのなら、さっさと部屋に戻れ。今回のことは特別に罰則はなしとする。次回はない」
視界からカノンが消える。場は海斗を置いて、仕事の空気へ変わる。
歯を食いしばった。拳を強く握り、目を大きく開く。怒り、屈辱、無力さ。処理しきれない、幾多の感情の波が押し寄せる。海斗が、生まれて初めて、何もかも勝てない相手だった。