二章
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薔薇の騎士団騒動から数日、海斗の休日も残り少なくなったところで、シュレリアから突如連絡があった。
内容としては「うちに泊まりで遊びにこない?」というものだった。同じ小隊のメンツとして連絡先を交換してはいたが、気軽に誰かを泊まりに誘えるコミュニケーション能力は尊敬に値する。
グラディウス家ははるかお空の上、天界、アースガルドにあった。天界など滅多にいけるものではない。修学旅行気分で、海斗は浮足立った。
一度帰ったカノンも、今は空の上で存在しない羽を伸ばしているのだろうか。はたまたシュレリアにしこたま怒られて、禁酒を命じられているのだろうか。
これもひとつの機会である。せっかくなので天界を楽しむことにする。二つ返事で了承した海斗はいそいそと荷物をまとめ、港へ向かうのであった。
玄関で哲郎に「デートか?」とからかわれたことは忘れ、港に停泊しているスキーズブラズニルの発進ブロックで待機する。休みついでに全体のメンテナンスを受けている戦艦は、いつもより心なしかヒトが多い。
泊まりの荷物が詰まったリュックを背負い、ニュクスと名付けた自分の機体を眺める。
外からシュレリアの乗るフレイアが入艦し、海斗の近くに静かに降りる。ハッチが開き、私服姿の可憐な女性が姿を現した。
「海斗くん、待った?」
「いや、全然」
「嘘、凄く待った癖に」
あどけなく、彼女が笑う。清楚な白と青のストライプのシャツに、スキニージーンズでカジュアルにまとめた服装は、シュレリアのスタイルの良さを醸し出す。少女らしさも大人らしさもあるシュレリアの出で立ちは、海斗には甘すぎて、緊張する。
女性と接するのは苦手だ。自分が他人よりモテる自覚はある。しかし、だ。どうも対応に困るのだ。
「せっかくだからね、海斗くんの時間を貰おうかなって」
「なんで?」
「ふふ、気になる子と一緒にいたいと思うのは駄目?」
「駄目じゃあないと、思うけど」
何故自分なのだ。シュレリアも気まぐれな女性だと思う。
気に掛けてもらうこともあれば、気に掛けることもあった。だが、海斗がカノンを好いていると知ってしまったら、彼女はどう感じるのか。
カノンもシュレリアも、互いにたった一人の家族で、大切な存在のはずだ。彼女はそれでも、許せるのだろうか。
「海斗くん?」
「あ、何?」
「お兄様が良かった?」
「え、あ、それは」
そういえば、先日カノンと小さな口論をしてから謝っていない。次に会うのが気まずいが、カノンはどんな顔をして海斗と向き合うのか。渡したうさぎのぬいぐるみはどうなったのだろう。
「……ね、海斗くん、行きましょう?」
「えっと、俺も機体に乗ればいい?」
「ええ、案内するから、一緒にデートしましょ?」
「でっ」
言い返そうと思ったが、シュレリアは煙に巻くような発言が巧い。きっと口では敵わないので、変に言葉を発さないほうがいいと判断した。そもそもカノンが口で敵わない相手に、勝てる気がしない。
それでも気になることがあったので、疑問を払拭するためにシュレリアに問う。
「あの、質問なんだけど」
「どうしたの?」
「……俺、シュレリアに気に入られるようなこと、した?」
「……したわよ、気づいてないだけ」
気づかないから聞いているというのに。これ以上は聞いても答えてくれなそうだ。
海斗もエインヘリアルに乗り、港から飛び立つフレイアに続く。午前中の夏の空は誰もが騒ぎはしゃぐくらいに晴れ渡っていて、バカンスには最適だ。
日本エリアから約一時間、高速で空を駆け抜けると、大きな樹が見える。
この世界の中心で、海の中に聳え立つ知能を持つ大樹、ユグドラシル。半分が植物で出来ていて、もう半分は化学で出来ている。輪廻転生を司るこの樹の上に天界、即ちアースガルドはある。太い木の幹、自然達に支えられる大きな島。
普段は強力な電磁バリアで守られており、空を飛べなければ入れないため、人間にとってはまさに雲の上の存在である。
天界に住んでいる天族は白い羽を持っていて、空を飛べるといわれている。しかし海斗自身が実際に見た訳ではないので、真相は定かではない。昔はを持っていたが、科学の発展に伴い翼を失った、とも聞く。
天界には地上の港に相当する、機械でできたビフレストと呼ばれるゲートがある。ゲートの部分のみ電磁バリアを解除することができるため、出入りするには必ずゲートを通らなければならない。
円状の穴に近い機械の門は、複数のエインヘリアルが警備しており、厳重に守られている。この向こうには世界統一連合軍の統括、ヴァルハラがある。入門の際は当然のように検問受ける。地上の警備もこれくらい入念にして欲しい。天族は保身ばかりだ。
出入りするのは海斗やシュレリア達のみではなく、他の師団や部隊の者、名前も知らない偉いヒト、天界と物資を取引する業者等がシャトルやエインヘリアルを使い、忙しそうにビフレストをくぐる。
シュレリアが何かを検問の者と個人通信で話をすると、海斗と共に通るよう促される。
終始初めてみるものばかりで、圧倒される。戦艦もそうだが、目の前のゲートもどこまでも規格外だ。
ビフレストには砲台や見たことのない兵器がいくつも設置されており、無理矢理に通ろうとすればここで撃ち落とされてしまうだろう。
シュレリアと共に潜った先は、古風なゲームで見たような街並みが華やかに並んでいた。豊かな自然と、煉瓦や石でできたクラシックな建物。まるで異世界だ。美しい風景に感動していたところを、愉快に空を舞う警備の機体が、海斗を現実に引き戻す。
「海斗くん、ようこそ、天界へ」
「ああ……」
「どう?」
「綺麗、だと思った」
「ありがとう」
天界は最初に造られた世界で、古い文化が残されているとシュレリアは言った。この世界に最初に誕生したのは人間ではなく天族で、天族とユグドラシルが人間を作ったのだという。遠くを見渡すと、島の終わりと地上の海が見えた。
あくまで大陸のため、天族自体もそこまで人口は多くないのだという。この星で最も人口の多い種族は人間だ。
東を見やると、話に聞くヴァルハラ総本山が見えた。高い山の上に聳え立つ場違いな城は、天族のもつ文化の中に機械的な部分も見せていて、つくづく戦争は景観を壊す。
周囲を興味深く見渡す海斗に、シュレリアは地図のデータを転送した。コックピットの上部に表示され、天界の構造が実にわかりやすい。
「私の家はね、ここよ」
「ヴァルハラの反対側?」
「そ、何もないところ、少し田舎よ」
「いいじゃないか、田舎」
「そうね、静かだもの」
機体を反転させ、二人は上空を静かに飛ぶ。一見解放されているように見える密閉された島という空間は、思いのほか小さく無限に続かない。電磁バリアという壁面を見せ、すぐに海斗に行き止まりを告げた。世界マップに終わりがあるのは、味気ない。
しばらく自然が豊かな街道が見えたが、天界の外れにその洋館はあった。夏らしい陽気に当てられた向日葵たちが、エインヘリアルの起こす機械的な風の向きに合わせて、海斗とシュレリアの噂話をざわざわと掻き立てる。
近くでは魔物ではなく、魂を必要としない可愛らしい動物が草を呑気に食べる。この世界にもこんな風景があるとは。従来、魔物は地下から姿を現さず、地上や天界には穏やかな動物が多かった。今は狂暴な魔物の方が目立つのが、残念だ。
洋館の傍に、自然な風景を壊すようにエインヘリアルの格納庫が佇む。軍人が自分の機体を整備するために、家に格納庫を設けるのは珍しくない。だが、景観を良くしようだとか、休みの日は仕事を忘れたいだとか思わないのだろうか。
格納庫に機体を預け、ゆっくりと降り大地を踏みしめる。空の上にいるのに、地面を踏んでいる感触があるのは妙だ。スキーズブラズニルでも、同じような感覚がしたことを覚えている。
煉瓦道は天界の中心に通じているのだろう。改めて洋館を見る。豪邸で、羨ましくなるくらい大きい。うすうす感じてはいたが、やはり金持ちか。
シュレリアが海斗の隣に並び、華のような笑顔を向ける。限られた時間をこうやって使ってくれる彼女が、海斗に薄らと特別な感情を抱いているのは紛れもない事実だろう。
気付かない振りを、する。気付いてしまえば、この関係が波状してしまいそうな気がして。
向日葵畑を頭の中のフィルムに焼き付け、海斗は無邪気な彼女の後を追った。
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