二章
夜のお話は後日R18で上げます……(笑)
◇
長い夜は感情を暴走させるが、それでいて柔らかい思い出を作る。短い眠りについた海斗が目を覚ました頃にはすっかり日が上っていて、太陽の光は海斗を優しく包む。
二度寝をしようとするが、時々家の外を通り過ぎていく子供達の声が、海斗を嫌でも眠りから呼び覚ますのだ。
諦めて目を開ければ、そこには欲していた美しいヒトがいて。
「か、のん」
目を開く。息を呑む。見惚れる。
なんだ、この状況は、思い出せ。そうだ。昨晩……昨晩。思い出して、ふと顔に熱が宿る。
何をしているのだ、自分は。恋い焦がれるあまり、カノンと一晩を共にしてしまうなど。カノンが酔っているのをいいことに、キスをして、それからピンクのエトセトラ。
海斗の部屋。赤羽家の二階にあるその小さな四角い空間に、海斗とカノンはいた。何故いるのかなど、愚問である。
鼓動が手足まで支配してしまって、震える。今度こそ幻滅されてしまうのではないだろうか。
現に今のカノンは薄いブランケットを纏っただけで、ほぼ裸体。海斗もほぼ同じような恰好で、全裸に下着を身に着けているだけだ。起きたらこの状況です、と言われて「はいそうですね」と理解できる程カノンもお人好しではないだろう。
小刻みに睫毛を震わせて、カノンがゆっくり瞼を上げる。まだなんて言い訳をするかも考えていないのに。
「ん……?」
「……カノン、」
謝罪やら何やら言おうとして、言葉に詰まる。考えると、いつも開口一番は謝罪だ。
口をぱくぱくしていると、眠たげなカノンが海斗の頭を乱暴に撫でて、混乱する海斗にまた優しくするのだ。
「俺、その、ごめ……」
「……大丈夫」
「……、」
寝ぼけているのか、あえてなのか。ふにゃ、と笑いカノンは海斗を優しく抱き寄せる。
甘く神秘的な香りが、海斗の鼻孔いっぱいに広がりつつ思考を奪う。限りなく静かにカノンが再び寝息を立てはじめるが、こちら二度寝などできそうもない。
元気な息子殿は悲しいことに徐々に熱を持ち、朝から脈を打っている。
こうなれば自棄だ。カノンの背中に手を回そうと、腕を、手を、動かしていく。
シーツに投げ出されていた海斗の手は次第に、カノンの引き締まったウエストを撫で、いつも頼もしい背中に回され――
「……!」
回されるはずだった。一階から、チャイムが聞こえる。
来客だ。誰だ、誰だ、誰だ。今幸せを噛みしめていたのに。
顔を上げると、再度寝ぼけたカノンの瞳が海斗を捕える。方程式が解けていくように、はっきりと冴えていく様は、海斗の顔面を蒼白にさせる。
フォーカスがかち、と合う。シンプルな時計が時を刻む音が数秒。審判を与えるように、針が海斗を責める。
「カノン、あの、これは」
「……」
「お、おはよう……」
「海斗」
「は、はい」
蛙が蛇に睨まれる。思わず情けない声がでた。
「海斗、これは……」
「違うんです」
「何が」
「ナニって……」
ナニだろう。慌てすぎて言葉が出てこない。あれよあれよと、感情にまかせてこんなことになるとは海斗だって思わなかったのだ。おまけに股間はまだ解除されていない時限爆弾である。
意識をしつつ、うまく切り抜ける方法を探している。見つからない。なんとか、なんとかこの状況を抜け出せる方法は。カノンに深く咎められず、取り入る方法。やましい気持ちなど、微塵もございません。
「私は昨日の夜……どうしていた?」
「へ?」
「その……飲みすぎて覚えていないんだ。 ベッドで水を貰って、そこから意識が途切れたところまでは思い出せるんだが……」
「……」
「も、もしや私は……何かおかしなことを……?」
「いや、その……おかしくはないけど、犯し……いや、なんでもない」
「やはり何かしてしまったのか!?」
カノンに怒られて距離を置かれるのではとびくびくしたが、逆にカノンが慌てふためいている。自分が海斗におかしなことをしてしまったと、勘違いしているのだ。
そのおかしなことをしたのは海斗の方なのだが、しばらく黙っておこう。言わぬが花だ。
二人は一度上体を起こし、ベッドの上で正座をして向き合う。片方は裸にシーツを纏った姿、片方は下着にテントを張っている。(流石にばれると恥ずかしいので、両手でうまい具合に隠している)珍妙な光景だった。
何から話そうと息を呑んだ瞬間、一風変わったお見合い風景に、けたたましい騒音が割り込む。
階段を誰かが上がってくる音。哲郎と……誰か、もう一人いる。
「おーい、海斗! それと……いるんだろ、カノン!」
哲郎の馬鹿みたいに大きな声が、徐々に近づいてくる。この状況を見られるのは不味い。
咄嗟に立ち上がり、海斗は部屋の鍵を閉める。閉めた瞬間に、ガチャガチャ、ドアノブが回される。セーフ。間一髪だ。
「あ? なんだ、なんで鍵締まってんだ海斗」
「き、着替え中!」
「女子かお前! さては……お楽しみか!」
「な、何言ってんだ! 違うっつの!」
「お兄様! そこにいらっしゃるんでしょう!」
哲郎とは違うもう一人の呼びかけ。落ち着いた女性の声に礼儀正しい言葉使い。シュレリアだ。
遅くまで帰ってこないものだから、きっと心配してきてくれた……訳ではないようだ。
「げっ……」
カノンが露骨に嫌そうな顔をする。海斗が見かねて「どうしたんだ?」と尋ねると、「兄の威厳に関わる」と彼は答えた。
些細なやり取りの間にもドアは戦争のように激しく攻撃され、金具や木製の板がぎいぎい鳴いていた。籠城するにも限界がある。
「これは恐らく、お兄様はまた飲んだくれて! というパターンだ」
「大変だな、お兄様」
「大変だが……」
カノンがわざとらしく咳払いをした。切れ長の目を横に流し、顔を赤くしてから、ちらちらと海斗を「目も当てられません」と言う風に見る。視線はやや下降気味。こんもりとした一枚だけ存在する布へ。
「その……お前の方が……大変なんじゃあ、ないのか」
「……違うんです」
まるで説得力のない言葉が、余計に海斗を虚しくさせた。
◇
長い夜は感情を暴走させるが、それでいて柔らかい思い出を作る。短い眠りについた海斗が目を覚ました頃にはすっかり日が上っていて、太陽の光は海斗を優しく包む。
二度寝をしようとするが、時々家の外を通り過ぎていく子供達の声が、海斗を嫌でも眠りから呼び覚ますのだ。
諦めて目を開ければ、そこには欲していた美しいヒトがいて。
「か、のん」
目を開く。息を呑む。見惚れる。
なんだ、この状況は、思い出せ。そうだ。昨晩……昨晩。思い出して、ふと顔に熱が宿る。
何をしているのだ、自分は。恋い焦がれるあまり、カノンと一晩を共にしてしまうなど。カノンが酔っているのをいいことに、キスをして、それからピンクのエトセトラ。
海斗の部屋。赤羽家の二階にあるその小さな四角い空間に、海斗とカノンはいた。何故いるのかなど、愚問である。
鼓動が手足まで支配してしまって、震える。今度こそ幻滅されてしまうのではないだろうか。
現に今のカノンは薄いブランケットを纏っただけで、ほぼ裸体。海斗もほぼ同じような恰好で、全裸に下着を身に着けているだけだ。起きたらこの状況です、と言われて「はいそうですね」と理解できる程カノンもお人好しではないだろう。
小刻みに睫毛を震わせて、カノンがゆっくり瞼を上げる。まだなんて言い訳をするかも考えていないのに。
「ん……?」
「……カノン、」
謝罪やら何やら言おうとして、言葉に詰まる。考えると、いつも開口一番は謝罪だ。
口をぱくぱくしていると、眠たげなカノンが海斗の頭を乱暴に撫でて、混乱する海斗にまた優しくするのだ。
「俺、その、ごめ……」
「……大丈夫」
「……、」
寝ぼけているのか、あえてなのか。ふにゃ、と笑いカノンは海斗を優しく抱き寄せる。
甘く神秘的な香りが、海斗の鼻孔いっぱいに広がりつつ思考を奪う。限りなく静かにカノンが再び寝息を立てはじめるが、こちら二度寝などできそうもない。
元気な息子殿は悲しいことに徐々に熱を持ち、朝から脈を打っている。
こうなれば自棄だ。カノンの背中に手を回そうと、腕を、手を、動かしていく。
シーツに投げ出されていた海斗の手は次第に、カノンの引き締まったウエストを撫で、いつも頼もしい背中に回され――
「……!」
回されるはずだった。一階から、チャイムが聞こえる。
来客だ。誰だ、誰だ、誰だ。今幸せを噛みしめていたのに。
顔を上げると、再度寝ぼけたカノンの瞳が海斗を捕える。方程式が解けていくように、はっきりと冴えていく様は、海斗の顔面を蒼白にさせる。
フォーカスがかち、と合う。シンプルな時計が時を刻む音が数秒。審判を与えるように、針が海斗を責める。
「カノン、あの、これは」
「……」
「お、おはよう……」
「海斗」
「は、はい」
蛙が蛇に睨まれる。思わず情けない声がでた。
「海斗、これは……」
「違うんです」
「何が」
「ナニって……」
ナニだろう。慌てすぎて言葉が出てこない。あれよあれよと、感情にまかせてこんなことになるとは海斗だって思わなかったのだ。おまけに股間はまだ解除されていない時限爆弾である。
意識をしつつ、うまく切り抜ける方法を探している。見つからない。なんとか、なんとかこの状況を抜け出せる方法は。カノンに深く咎められず、取り入る方法。やましい気持ちなど、微塵もございません。
「私は昨日の夜……どうしていた?」
「へ?」
「その……飲みすぎて覚えていないんだ。 ベッドで水を貰って、そこから意識が途切れたところまでは思い出せるんだが……」
「……」
「も、もしや私は……何かおかしなことを……?」
「いや、その……おかしくはないけど、犯し……いや、なんでもない」
「やはり何かしてしまったのか!?」
カノンに怒られて距離を置かれるのではとびくびくしたが、逆にカノンが慌てふためいている。自分が海斗におかしなことをしてしまったと、勘違いしているのだ。
そのおかしなことをしたのは海斗の方なのだが、しばらく黙っておこう。言わぬが花だ。
二人は一度上体を起こし、ベッドの上で正座をして向き合う。片方は裸にシーツを纏った姿、片方は下着にテントを張っている。(流石にばれると恥ずかしいので、両手でうまい具合に隠している)珍妙な光景だった。
何から話そうと息を呑んだ瞬間、一風変わったお見合い風景に、けたたましい騒音が割り込む。
階段を誰かが上がってくる音。哲郎と……誰か、もう一人いる。
「おーい、海斗! それと……いるんだろ、カノン!」
哲郎の馬鹿みたいに大きな声が、徐々に近づいてくる。この状況を見られるのは不味い。
咄嗟に立ち上がり、海斗は部屋の鍵を閉める。閉めた瞬間に、ガチャガチャ、ドアノブが回される。セーフ。間一髪だ。
「あ? なんだ、なんで鍵締まってんだ海斗」
「き、着替え中!」
「女子かお前! さては……お楽しみか!」
「な、何言ってんだ! 違うっつの!」
「お兄様! そこにいらっしゃるんでしょう!」
哲郎とは違うもう一人の呼びかけ。落ち着いた女性の声に礼儀正しい言葉使い。シュレリアだ。
遅くまで帰ってこないものだから、きっと心配してきてくれた……訳ではないようだ。
「げっ……」
カノンが露骨に嫌そうな顔をする。海斗が見かねて「どうしたんだ?」と尋ねると、「兄の威厳に関わる」と彼は答えた。
些細なやり取りの間にもドアは戦争のように激しく攻撃され、金具や木製の板がぎいぎい鳴いていた。籠城するにも限界がある。
「これは恐らく、お兄様はまた飲んだくれて! というパターンだ」
「大変だな、お兄様」
「大変だが……」
カノンがわざとらしく咳払いをした。切れ長の目を横に流し、顔を赤くしてから、ちらちらと海斗を「目も当てられません」と言う風に見る。視線はやや下降気味。こんもりとした一枚だけ存在する布へ。
「その……お前の方が……大変なんじゃあ、ないのか」
「……違うんです」
まるで説得力のない言葉が、余計に海斗を虚しくさせた。