一章
赤。血の色。返り血。誰かが言った。あの機体は返り血を浴び過ぎて赤くなったのだと。つまりそれは、ヒトを殺し続けたことに他ならない。軍人であるから。他のヒトを守るために、殺し続けたのだと。
ここは戦場である。この場に立つ、目の前の赤い機体は狂人に見えた。戦いは残酷で、非道だ。
いくら非道であっても、あんな殺し方を行うヒトは見たことが無い。抵抗する力を全て奪ったうえで、刺したのだ。どれだけのヒトを殺したのだろう。
『貴様だな。機体を盗み、勝手に許可なく出撃した新兵は』
「あっ、その、」
『出撃の命令はしていない。何故ここにいる』
海斗の身体が震える、怯えているのだ。圧倒的な力とに。
威勢よく出てきて、このザマだ。彼に助けられた。自分はヒトを殺せなかったから。ヒトを殺さずに、敵を止める手段を知らなかったから。
彼――カノンは、殺さずに敵機を止められる手段を海斗に見せながら、ヒトを殺した。手足をもがれればどんな機体も無力だ。彼にはそれができる力がある。恐ろしい殺人鬼も、ヒト喰いの化け物をも超える力が。
「……なあ、なんで、殺した」
疑問。海斗は小さく、子供のように尋ねる。殺さずとも、止められたではないか。
『今質問しているのは私だ』
「――、」
『速やかに帰投せよ。足手まといだ』
「魔物だって倒した!」
『敵は魔物だけではない』
「それは……」
『自衛のできない者にこの場にいられては迷惑だ』
門前払い。そうだ、ここは戦場だ。己の身を守れない者がいれば、死ぬ。現に海斗は自分の身すら守れなかった。今まさに殺されそうだったではないか。
何も言い返せない。 沈黙。息すら震える。怖い。親に怒られるよりも、肝が冷える。警察に悪事がばれた方が気持ち的に楽なのではないか。目の前の男に抗えない。
ふいに弾丸が跳んでくる。艦に着弾し、跡をつくった。……また敵機だ。海斗には、あれを倒せない。ヒトが乗っているから。
『……賢しいな』
カノンの機体が、敵を討つために飛び立つ。説教はひとまず止んだ。
途端に静かになる。……もう戦う気にはなれなかった。
恐怖が過ぎ去り、脱力感が身体を襲う。戦えるはずだった。実際に敵を目の前にして、ヒトだと理解した瞬間、戦えなくなった。誰かを守るために誰かを殺す。それができなかった。
「くそっ!!」
周辺の機械を思い切り叩く。戦いを収める術も、ヒトを殺さない術も、この感情を沈める術も、海斗にはなかった。
◇
赤が舞う。戦場に華が咲いているかのようだ。美しい、けれど恐慌を感じさせる。綺麗な華には毒がある、とはよく言うものだ。
専用機――カノンの駆るフレイ・リベリオンはこの戦場ではどのエインヘリアルよりも目立った。当たり前だ、目立つカラーリングなのだから。
この色にしているのにも訳がある。目立つ色であれば敵の目線は自然とこちらに向く。敵を全てこちらに引きつける。それが狙いだ。そうすれば他の者の負担も減る。
先ほど撃ってきた機体に向かって速度を上げる。剣を構え、目にも留まらぬ速さで切る。誰もこの機体の速さには追いつけない。敵に行動を起こさせる前に、葬る。容赦などしない。
敵も自分を殺しに来ているのだから。殺らねば殺られる。余計な情は、味方に損害を与える可能性がある。
時間を確認する。右上の電子ウインドウを見た。襲撃を受けてから、あまり時間は立っていないようだ。戦っていると時間が長く感じる。
現状、街に被害は発生していない。任務に問題はない。
残りは何機だろうか。カノンは魔物ではなく、あえて敵のエインヘリアルばかり相手にしていた。怨みを買うような仕事をわざわざさせる必要もない。それに、対人戦はカノンが一番慣れている。
他の機体は魔物の討伐で手一杯だろう。その点、海斗は新兵にしては見どころがいい。あのサイズの魔物は倒すのに三人程で連携を取るのが最も安全策だ。それを単機で成し遂げたのだから。
しかし、戦いはいつだって魔族や魔物との混戦になる。魔物だけ相手にしていればいいなど、虫が良すぎる。
いくら腕が立つ者でも、殺しにくるヒトを退けられなければ、死ぬだけだ。誰かが守るわけにもいかない。今後の新兵の運用について考える。
いけない、今は戦場だ。カノンは自分の脳を静める。ほんの一瞬だけ止まっていた機体を即座に動かす。
後方からフレイに目掛けて、ビーム弾が跳んでくる。喧しい。電子フィールドを機体に張り、防ぐ。弾かれた弾は空中に消え去った。
別の機体から通信が入る。今日は何かと忙しい。
『すみません!少将!!敵の隊長機を取り逃がしました……!』
「問題ない、私がやる」
後ろを見ると、他の機体より、随分豪華な機体がいる。恐らくあれが敵隊長機と見て間違いないだろう。
「私のことはいい、艦の上でだらけている機体の護衛をしてやってくれ」
『へ?艦の上……?』
「何度も言わん。通信を切る」
敵が目の前に迫ってきているのに呑気に通信などしていられるか。さて、海斗の処置は他の者に任せた。今は自分の状況をどうするかだ。
敵隊長機に合わせ、他の機体が集まる。敵は四体。高く評価されたものである。敵を味方が抑えられていないということか、それとも……いや、見た限りではこちらの戦死者はいない。
向こうの方で、一体の敵機に対して味方は二機で抑え込んでいる。魔物に対しては一体につき五機程で討伐に当たっている。
緊急事態とはいえ、敵は普段より小規模だ。この程度で手が回らないとは。後で動きを教え込まねば。或は自分が戦いに慣れ過ぎているだけか。価値観の押し付けはよくない。
こんな事態になってもカノンは余計なことばかり考える。悪い癖だ。脳を休められないのだ。いつも考え事ばかりしてしまう。
『よう、ベルセルク』
戦いの最中にオープンスピーカー。目の前の機体から音声が辺り一帯に放出される。会話をダダ漏れにして何が楽しいんだ、こいつは。
ベルセルク、とカノンを呼んだ機体の主は不愉快な声をしている。聞いているだけでイライラする。胃薬でも飲んで来ればよかった、とまた無意味なことを考える。
――ベルセルク。敵方にも味方にも、カノンはこう呼ばれている。狂戦士。誰がつけた異名なのかも知らない。どんな意味を込められてつけられたのかも知らない。興味もない。ただ、噂の一人歩きは好きではない。
相手に合わせて、こちらもスピーカーを入れる。和解の意志があるなら聞いてやろう。そこまでカノンも鬼ではない。
「何の用だ」
『ちゃんと出てきてくれて結構』
「……何が言いたい」
面倒だ。こういう奴はわざと回りくどい言い方をしてくる。いちいち会話になど付き合わず、さっさと切り殺してしまおうか。機体が左手の剣の柄を強く握る。
『街に奇襲でもかければ出てくると思ってよ』
「私に会いに来たのか?バカバカしい」
魔族のファンなど作った覚えはない。気持ちが悪い。それよりも、カノンを拝むためにこの戦いを巻き起こしたというのが問題だ。港街で、しかもこのタイミングで。悪意しかない。余程敵はベルセルクが嫌いらしい。
こちらも何度も魔族を殺した。それは言い逃れ出来ない。だが、戦わねば犠牲になるのは市民だ。何の罪もないヒトだ。
笑っているだろう目の前の黒い機体は大げさに動作を取った。声が不快なら動きも不快だ。一々癇に障る。
『あんたに仲間が大勢殺された』
「だからなんだ、先に仕掛けているのはそちらだろうに」
『生きるために仕方なくやってんだよ!』
「ならこちらも仕方なくだが」
『てめえがいなけりゃもっとスムーズにメシが喰える!』
「なるほど、食事の邪魔か」
第一師団はミッドガルドの守りの要であり、総指揮はカノンに一任されている。指揮もしながら戦い、常にカノンは前線でヒトを守り続けている。それがどうにも気にくわないようだ。
理由が子供染みている、会話を続けるに値しない。我儘ばかり聞いている訳にはいかないので、スピーカーを切る。
自然とカノンから深いため息が出た。今日はこの港街で有名なワインを買いに行くはずだったのに、台無しだ。
戦いの度に、アースガルドに報告書を作成して逐一送る必要がある。必然的に今日の外出の予定はキャンセルだ。全く面倒極まりない、早く終わらせよう。
自分でもなかなか不謹慎な士官だと、カノンは思う。自嘲気味な笑みを浮かべて、剣を構えた。敵機が何か喚いている。話を聴け、撤退しろ、と理解し難い内容だ。撤退したら大勢ヒトを殺す癖に。
敵も諦めたのか、フォーメーションを組みだす。四機でカノンを取り囲み、袋叩きにする気か。なるほど、そうこなくては。戦いを楽しんでいる黒い自身が、口角を上げる。つくづく不謹慎だ。
顔を上げると、淡い色をした糸がふわり、揺れる。毒の華のような機体に乗る男が、こんなにも上品な美貌だと誰も思うまい。
「さて、私を狙うからには覚悟があるということだろう……?」
ここは戦場である。この場に立つ、目の前の赤い機体は狂人に見えた。戦いは残酷で、非道だ。
いくら非道であっても、あんな殺し方を行うヒトは見たことが無い。抵抗する力を全て奪ったうえで、刺したのだ。どれだけのヒトを殺したのだろう。
『貴様だな。機体を盗み、勝手に許可なく出撃した新兵は』
「あっ、その、」
『出撃の命令はしていない。何故ここにいる』
海斗の身体が震える、怯えているのだ。圧倒的な力とに。
威勢よく出てきて、このザマだ。彼に助けられた。自分はヒトを殺せなかったから。ヒトを殺さずに、敵を止める手段を知らなかったから。
彼――カノンは、殺さずに敵機を止められる手段を海斗に見せながら、ヒトを殺した。手足をもがれればどんな機体も無力だ。彼にはそれができる力がある。恐ろしい殺人鬼も、ヒト喰いの化け物をも超える力が。
「……なあ、なんで、殺した」
疑問。海斗は小さく、子供のように尋ねる。殺さずとも、止められたではないか。
『今質問しているのは私だ』
「――、」
『速やかに帰投せよ。足手まといだ』
「魔物だって倒した!」
『敵は魔物だけではない』
「それは……」
『自衛のできない者にこの場にいられては迷惑だ』
門前払い。そうだ、ここは戦場だ。己の身を守れない者がいれば、死ぬ。現に海斗は自分の身すら守れなかった。今まさに殺されそうだったではないか。
何も言い返せない。 沈黙。息すら震える。怖い。親に怒られるよりも、肝が冷える。警察に悪事がばれた方が気持ち的に楽なのではないか。目の前の男に抗えない。
ふいに弾丸が跳んでくる。艦に着弾し、跡をつくった。……また敵機だ。海斗には、あれを倒せない。ヒトが乗っているから。
『……賢しいな』
カノンの機体が、敵を討つために飛び立つ。説教はひとまず止んだ。
途端に静かになる。……もう戦う気にはなれなかった。
恐怖が過ぎ去り、脱力感が身体を襲う。戦えるはずだった。実際に敵を目の前にして、ヒトだと理解した瞬間、戦えなくなった。誰かを守るために誰かを殺す。それができなかった。
「くそっ!!」
周辺の機械を思い切り叩く。戦いを収める術も、ヒトを殺さない術も、この感情を沈める術も、海斗にはなかった。
◇
赤が舞う。戦場に華が咲いているかのようだ。美しい、けれど恐慌を感じさせる。綺麗な華には毒がある、とはよく言うものだ。
専用機――カノンの駆るフレイ・リベリオンはこの戦場ではどのエインヘリアルよりも目立った。当たり前だ、目立つカラーリングなのだから。
この色にしているのにも訳がある。目立つ色であれば敵の目線は自然とこちらに向く。敵を全てこちらに引きつける。それが狙いだ。そうすれば他の者の負担も減る。
先ほど撃ってきた機体に向かって速度を上げる。剣を構え、目にも留まらぬ速さで切る。誰もこの機体の速さには追いつけない。敵に行動を起こさせる前に、葬る。容赦などしない。
敵も自分を殺しに来ているのだから。殺らねば殺られる。余計な情は、味方に損害を与える可能性がある。
時間を確認する。右上の電子ウインドウを見た。襲撃を受けてから、あまり時間は立っていないようだ。戦っていると時間が長く感じる。
現状、街に被害は発生していない。任務に問題はない。
残りは何機だろうか。カノンは魔物ではなく、あえて敵のエインヘリアルばかり相手にしていた。怨みを買うような仕事をわざわざさせる必要もない。それに、対人戦はカノンが一番慣れている。
他の機体は魔物の討伐で手一杯だろう。その点、海斗は新兵にしては見どころがいい。あのサイズの魔物は倒すのに三人程で連携を取るのが最も安全策だ。それを単機で成し遂げたのだから。
しかし、戦いはいつだって魔族や魔物との混戦になる。魔物だけ相手にしていればいいなど、虫が良すぎる。
いくら腕が立つ者でも、殺しにくるヒトを退けられなければ、死ぬだけだ。誰かが守るわけにもいかない。今後の新兵の運用について考える。
いけない、今は戦場だ。カノンは自分の脳を静める。ほんの一瞬だけ止まっていた機体を即座に動かす。
後方からフレイに目掛けて、ビーム弾が跳んでくる。喧しい。電子フィールドを機体に張り、防ぐ。弾かれた弾は空中に消え去った。
別の機体から通信が入る。今日は何かと忙しい。
『すみません!少将!!敵の隊長機を取り逃がしました……!』
「問題ない、私がやる」
後ろを見ると、他の機体より、随分豪華な機体がいる。恐らくあれが敵隊長機と見て間違いないだろう。
「私のことはいい、艦の上でだらけている機体の護衛をしてやってくれ」
『へ?艦の上……?』
「何度も言わん。通信を切る」
敵が目の前に迫ってきているのに呑気に通信などしていられるか。さて、海斗の処置は他の者に任せた。今は自分の状況をどうするかだ。
敵隊長機に合わせ、他の機体が集まる。敵は四体。高く評価されたものである。敵を味方が抑えられていないということか、それとも……いや、見た限りではこちらの戦死者はいない。
向こうの方で、一体の敵機に対して味方は二機で抑え込んでいる。魔物に対しては一体につき五機程で討伐に当たっている。
緊急事態とはいえ、敵は普段より小規模だ。この程度で手が回らないとは。後で動きを教え込まねば。或は自分が戦いに慣れ過ぎているだけか。価値観の押し付けはよくない。
こんな事態になってもカノンは余計なことばかり考える。悪い癖だ。脳を休められないのだ。いつも考え事ばかりしてしまう。
『よう、ベルセルク』
戦いの最中にオープンスピーカー。目の前の機体から音声が辺り一帯に放出される。会話をダダ漏れにして何が楽しいんだ、こいつは。
ベルセルク、とカノンを呼んだ機体の主は不愉快な声をしている。聞いているだけでイライラする。胃薬でも飲んで来ればよかった、とまた無意味なことを考える。
――ベルセルク。敵方にも味方にも、カノンはこう呼ばれている。狂戦士。誰がつけた異名なのかも知らない。どんな意味を込められてつけられたのかも知らない。興味もない。ただ、噂の一人歩きは好きではない。
相手に合わせて、こちらもスピーカーを入れる。和解の意志があるなら聞いてやろう。そこまでカノンも鬼ではない。
「何の用だ」
『ちゃんと出てきてくれて結構』
「……何が言いたい」
面倒だ。こういう奴はわざと回りくどい言い方をしてくる。いちいち会話になど付き合わず、さっさと切り殺してしまおうか。機体が左手の剣の柄を強く握る。
『街に奇襲でもかければ出てくると思ってよ』
「私に会いに来たのか?バカバカしい」
魔族のファンなど作った覚えはない。気持ちが悪い。それよりも、カノンを拝むためにこの戦いを巻き起こしたというのが問題だ。港街で、しかもこのタイミングで。悪意しかない。余程敵はベルセルクが嫌いらしい。
こちらも何度も魔族を殺した。それは言い逃れ出来ない。だが、戦わねば犠牲になるのは市民だ。何の罪もないヒトだ。
笑っているだろう目の前の黒い機体は大げさに動作を取った。声が不快なら動きも不快だ。一々癇に障る。
『あんたに仲間が大勢殺された』
「だからなんだ、先に仕掛けているのはそちらだろうに」
『生きるために仕方なくやってんだよ!』
「ならこちらも仕方なくだが」
『てめえがいなけりゃもっとスムーズにメシが喰える!』
「なるほど、食事の邪魔か」
第一師団はミッドガルドの守りの要であり、総指揮はカノンに一任されている。指揮もしながら戦い、常にカノンは前線でヒトを守り続けている。それがどうにも気にくわないようだ。
理由が子供染みている、会話を続けるに値しない。我儘ばかり聞いている訳にはいかないので、スピーカーを切る。
自然とカノンから深いため息が出た。今日はこの港街で有名なワインを買いに行くはずだったのに、台無しだ。
戦いの度に、アースガルドに報告書を作成して逐一送る必要がある。必然的に今日の外出の予定はキャンセルだ。全く面倒極まりない、早く終わらせよう。
自分でもなかなか不謹慎な士官だと、カノンは思う。自嘲気味な笑みを浮かべて、剣を構えた。敵機が何か喚いている。話を聴け、撤退しろ、と理解し難い内容だ。撤退したら大勢ヒトを殺す癖に。
敵も諦めたのか、フォーメーションを組みだす。四機でカノンを取り囲み、袋叩きにする気か。なるほど、そうこなくては。戦いを楽しんでいる黒い自身が、口角を上げる。つくづく不謹慎だ。
顔を上げると、淡い色をした糸がふわり、揺れる。毒の華のような機体に乗る男が、こんなにも上品な美貌だと誰も思うまい。
「さて、私を狙うからには覚悟があるということだろう……?」