二章



 ◇


「少将! 艦のデータに何者かが侵入!」

 メルティーナが叫ぶ。同時に千怜がすぐさま「ブロックしろ!」と言い返す。
 海斗達が外で戦っている同刻、ブリッジは騒然としていた。敵を寄せ付けない無敵の艦だ。今までにない事態に、皆が慌てふためいた。
 一人頬杖をついたカノンは、つまらなそうに司令椅子の肘かけの先端についた四角いボタンを押す。電子キーボードとモニターがカノンの前に現れ、ありとあらゆるデータを表示した。
 細かな情報に目が痛い。だが、やれば出来ないことはない。

「メル、データをこちらに回せ。 生意気な敵だ、ハッキングし返して機体の制御を奪ってやる」
「少将、心得がおありで?」
「誰だと思っている。天才だぞ、私は」
「士官学校で随一主席は言うことが違うわね」
「頭の出来が良すぎるのでな」
「性格の出来は悪すぎ」

 ふん、と鼻を鳴らすカノンに、千怜はいつもの嫌味を返す。仕方ないだろう、天才なのだから。奢りが過ぎるが、事実“できてしまう”のだから誰もカノンを咎めない。
 ピロピロ、カノンがキーボードを叩く電子音とオペレーター達の声がブリッジに響き、加えて千怜の怒号が飛ぶ。

 カノンの目がぐるりぐるりとデータを追う。それから、艦内の状況も追う。同時に何個ものタスクをこなすのが得意なもので、カノンは内心自分を褒め称えた。
 エンターキーを押すと、モニターには「OK」の文字が表示され、艦内のハッキングが止まる。有言実行、言ったことは維持でもやる。意地っ張りなので、弱みは見せない、やり遂げる。
 本当は艦のためにプログラミングをこっそり勉強していたのは、内緒だ。恰好がつかない。天才と呼ばれるために、影での努力は必要不可欠だ。

 電子キーボードを消し去り、カノンは再び頬杖をつく。器用な分、どうにも感情の表現が乏しい。心の中では喜んでいるが、表にでない。
 だから冷たいと誤解される。幸い、神は何個も才を与えない。悪い部分であることは自負しながら、カノンは神に感謝した。これ以上何個も才を与えられては、器用貧乏になってしまうところだ。
 危機が去り、安心したところで、艦がぐらり、揺れた。

「少将!」
「今度はなんだ」
「艦内に侵入者あり!」
「そうか」
「光学迷彩です! レーダーにも引っ掛かりませんでした」
「一時的にこちらのレーダーをハッキングしたうちにステルス機能で接近……捨て身だが良い攻め方だ」

 何を関心しているのだろう。どこまでも客観的なカノンは、待ってましたとばかりに椅子から立ち上がる。椅子を温めろと、千怜には何度も言われた。言われたところで守れないものは無理な相談だ。
 光学迷彩、すなわち透明になる技術。敵も新しい技術を取り入れてきた。おまけにハッキングと組み合わせての隠密行動、作戦立案者もなかなか頭が切れる。

「少将、どちらへ」
「迎えにいってやらねばな」
「あのですねぇ……」
「ブリッジは私が出たら封鎖しろ。執務室に行く」
「行ってどうするの」
「興味が勝る。顔を見てみたくなった」
「死ぬわよ」
「そうだな、殺してしまうかも知れない」
「はっ、あんたの心配なんてするんじゃなかったわ」

 千怜が顔を顰める。心底幻滅しているのだろう。今さらカノンからすれば、直すなど不可能である。
 カノンが雅やかにブリッジを出ると、指示通りに本当に千怜はブリッジの入口を封鎖し、何人たりとも入れぬようにした。カノンであれば司令権限でこのロックを解除できるが、他の者は誰であっても入ることが出来ない。
 この鉄の扉はエインヘリアルで破壊でもしない限り、鉄壁だ。
 本来の艦を守るべき姿である。カノンはこの中にいるべきなのだろう。しかし、他にやるべきことがある。

 艦内の警報を散歩の音楽にして、執務室に向かう。新たな戦いが始まるのだ、胸が弾む。
 真面目な者には何度も不謹慎だと言われたものだが、これがカノンの本性だ。目の前のスリルを真に楽しみ、自分の命をなんとも思っていない、自己犠牲が好みな快楽主義者。
 海斗に説教を飛ばした癖に、自分自身も利己的な目的のために働いているだけ。だが、エミリアの夢を継ぎたいのは、本当だ。恩師である彼女には、それ以外のものを教えられた。生きる楽しみ、己の快楽以外への道。それに、応えたい。
 無意味に散らしてしまったエミリアの命に、償いたい。 
 本当は、それすらカノン自身の欲求を満たすための行動なのかも知れない。償いたいと思いながら、誰かに許されたいだけなのかも知れない。この、身勝手で、傲慢で、最低な自分の姿を。

 なんて、哲学的なことを考えるのはやめた。きりがない。ヒトは一つの考えで生きている訳ではない。自分のことは、本当は自分がわかっているようで、わかっていないから。
 執務室の扉を開ける。カノン専用の部屋は、主を向かえて不確かな高揚を得る。室内のモニターは一斉に目を開き、自働で証明が部屋を彩る。

 モニターは侵入者を写し、艦内の全てをカノンに知らせた。海斗とエリオットが敵を探している。心配性な部下達だ。いや、素晴らしい部下を持ったとでも言うべきか。
 椅子に座り、息を落ち着ける。モニターに映った侵入者は、いつか見たことのある、片目を髪で隠した少年だ。彼らのリーダーではないことにがっかりしながら、カノンは策を練った。
 せっかく場所を用意したのだ、活用しない手はない。
 大げさなコンピューターを機動し、艦の権利を執務室に移行する。

「さて、取引といこうではないか」

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