二章



 ◇


 ブリッジを後にし、発進ブロックに駆け込む。以前出撃した時と同時に、第一小隊と第四小隊の合同出撃である。わらわらと自分の機体に乗り込む軍人達は、鉄の巨人から見ればあまりにちっぽけで、滑稽だ。
 機体の前で慌てて着替える者、コックピットでかちゃかちゃとキーボードを叩いて設定を弄る者、仲間と何かを話す者。
 エインヘリアルからすれば小さなヒト達が、今から命をかけた戦いに向かう。薄暗い場所から機体が一機一機、闘志を宿して外の世界へ飛び立つ。

 正午の青空は晴れやかな気持ちになるが、ノスタルジックな感情も呼び起こす。かつて見た夏の空、小さな頃に一人で歩いた晴空の下。それは海斗だけなのか、周りもそうなのか。
 海斗も、機体を動かし空へ飛び出す。羽を広げて熱を噴出する巨人は、操縦桿を傾けると雲を描いて旋回する。
 この出撃だって、何度目だろう。未だこうやって、踏ん張っていることが驚きだ。入隊してから、二ヶ月程立ったか。季節は露時で、遠くの空には雨雲が見えた。
 早めに終わらせなければ、悪天候の中での戦いになりそうだ。通信が入り、カノンの鼓舞と指揮が、海斗の鼓膜をくすぐる。

 今の自分は、鳥になれる。馬鹿げた比喩だと思う。だが、妙に高揚した脳は、広大な空と嵐の前の静けさを、愛おしくすら感じている。
 前方に敵影。数は二十。シュレリアが戦闘に立ち、隊を動かす。滑らかに陣形を創っていく小隊は射撃を始め、鮮やかに敵の機体を遠くからハチの巣にする。
 弾道は敵を確実に減らし、近接戦闘に移るころには半分程に減っていた。
 接近した敵に槍を振るう。描いた弧は相手の剣を弾く。剣を失った相手は後退し、今度は他の敵が接近戦を仕掛けてくる。
 海斗は敵を殺すのではなく、無力化するようにしていた。レオンなら、甘いというのだろうか。それでも、今できることを精一杯やるだけだ。

『……、海斗くん』
「え、何」
『妙だ』

 迫る敵と武器を交わらせているところに、エリオットから通信が入る。妙、とは。
 すかさずシュレリアが『何が!』と通信に割って入る。

『確かに、弾は敵に当たった……けれど、手ごたえがない』
『こんなに数が減っているのはおかしい?』
『ええ……落ちたなら、もう少し煙たいですよ』

 冗談なのか、何かをほのめかしてエリオットの機体が旋回する。彼が乗っているのは一般的な量産機の改造型だが、特殊なカスタマイズを施しており、非常に小回りが利く。
 少し離れた艦に向けて機体を戻したエリオットに、レオンが詰るように声を飛ばす。

『エリオット! 逃げんのか!』
『ティータイムがあるんでね!』
『戻ってきた頃にはテメェの分はねえからな!』
『百も承知!』

 仲がいいのだろうか、リズミカルな会話はエリオットをお茶会へとあっという場に流し、戦場はレオンの独壇場と化す。
 拳が敵を壊し、飛ばし、ねじ伏せる。脚は鞭の如くしなり、筋の良い格闘家を連想させた。あの勢いは、海斗には真似できない。改めて見ると、見事なものだ。
 軽やかな動きに見惚れていると、艦との通信にノイズが入る。
 ざらざら、音は途切れ途切れで、こちらに何かを伝えようとしているが、まるで聞き取れたものではない。

「これは……!」
『通信妨害……? いいえ、ハッキング……!?』
「ハッキング!?」
『艦に張り付かれているんだわ!』
『くそ! エリオットの野郎、気付いてたんなら言いやがれ!』
「どういうこと!?」
『気づかないうちに艦に接近されてたってことよ!』
「不味いじゃん!」
『んなことわかってんだよ!』

 海斗とレオンはここにきても犬猿の仲なので、シュレリアにとうとう『いい加減にして』とお叱りを頂く。戦闘中にまで持ち出されては、たまったものではない。
 接近してきた数機を受け流し、海斗は艦へ戻る。エリオットの通った機動を分析し、艦の付近にいる敵を探す。レオンが叩き潰した敵は囮だろう。囮の相手など、していられるか。
 艦が心配だ。艦を失えば、帰るべき場所を失うどころか、この戦争の中で魔族に大きく後れを取ることになる。

『おい、チビ!』
「お掃除はであんたにお任せ!」
『誰が掃除係だ!』

 レオンが反論し海斗の後ろを追うが、間もなく敵に纏わりつかれる。ご愁傷様、前に出過ぎると目立つのだ。
 通信で何か騒ぐレオンを置き去りに、海斗は慌ただしい帰路を辿った。
 これは、カノンから言わせれば命令違反とやらになるのだろう。何度目だろう。仏の顔も三度まで、など言うが、三度どころでは済まない。入隊式の頃から始まり、初めての模擬戦闘、出撃、逃避……。怒られても文句は言えない。
 無茶の数を数えている暇はない。一刻を争うのだ。艦を目前にし、まだ無事であることに安堵する。
 船底に、張り付いている機体がいる。艦にワイヤーを伸ばして、如何にも情報を操作しています、という風だ。張り付いた機体にエリオットが応戦しており、艦を傷つけないよう、慎重に攻撃をしている。加勢しなければ。上体を前に揺らす。
 柄の間、発進ブロックから爆炎。もう一機いたらしい。よくもここまで接近を許したものだ。慌てて着艦すると、機体を飛ばすカタパルトに金属が擦れた跡。ブロックの奥に、黒い、蝙蝠に似た機体。ディースだ。

 コックピットが開いている。艦内に侵入したと見てとれる。警報がずっと鳴りっぱなしだ、喧しい。
 発進ブロックにいるのは機体の整備を専門とした、非戦闘員ばかりだ。海斗も機体から降りて惨状を確認する。
 内部で暴れたのか、小さな火事が起こっている。スタッフは鎮火に必死である。火の手が他のブロックに回っては不味い、最優先事項だ。
 前方には、滅茶苦茶になった量産型の機体。辺りには撃たれた整備員もいる。戦えない者を相手に、なんてことを。海斗の頭に、血が上る。
 アリーシャがきいきい、悲鳴か怒号かどちらともつかない声を上げる。こちらもこちらでかなり苛立っている。まずはこのヒステリックも鎮火せねば。

「んもー! 可愛い機体になんてことしてくれるのよぉ!」
「あの、アリーシャさん」
「なにっ!?」
「今ってどういう状況なんですか」
「どうってもう、みりゃわかるでしょ! 量産機が三機もおじゃんよ!」
「他は……」
「撃たれたスタッフが二名! 幸いにも軽傷、敵は西側のゲートをくぐって艦内へ! 以上!」

 この女性はエインヘリアルのことが絡むと人が変わるようだ。どうやらこの大火事は消せそうにない。
 呆気にとられている暇はない、敵を、探さねば。
 軍服の腰にぶら下がった、一度も発砲したことのない拳銃を手に取る。まさかヒトを撃つために持つ日がこようとは。いつかは覚悟していたが、機体でもなく、生身の自分の手で撃つのは少々荷が重い。
 発進ブロックに強い風が入る。エリオットだ。事態に気付き、前線にでるよりも艦内を静めることを優先したのだろう。
 中途半端な位置にエインヘリアルを着艦させ、神妙な面持ちで降りてくる。

「中尉!」
「海斗くん、敵は」
「内部に入ってみたいです」
「それは……少し不味いかもね。 さっき艦に張り付いてた敵、艦の情報を抜き出してた」
「撃退は……」
「したよ、勿論ね。ただ、今内部に侵入した敵には艦内のことが筒抜けだ」
「そりゃ不味い」
「笑い事じゃないよ、ブリッジを奪われたら……でも、一つ妙なことが」
「妙なこと?」
「途中で動きが鈍くなった、機体の制御を奪われるみたいに……」

 単に機体が稼働限界になったのではないか、と海斗は勝手に考察をするが、エリオットは納得がいかないようで、ひとつのことに拘る。案外頑固だ。おまけに文系と見せかけ、理系だ。
 思考を流し、今は艦を守ることに集中すべきと判断する。海斗はエリオットに艦内の探索を促した。
 ブリッジを奪われる、すなわち艦を奪われる。たった一人に何ができよう、と思うが、甘く見てはいけない。魔族だ、何をしてくるかわかならい。
 海斗は、エリオットとともに、ブリッジへ駆けた。
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