二章
■二章
戦いである以上、何があるかなんてわからない。ヒトが死ぬ、それは戦いの中では前提であり、無邪気な瞳はただ無知なだけにすぎない。
誰だって、希望を持っていたいに決まっている。その希望は、想像以上に儚いもので、たった一つの生きたいという願いなどあっという間にかき消されてしまう。
昨日、彩愛が死んだ。その事実は、艦内を静まり返らせた。ここ十五年、戦死者の方が珍しいとまで言われるようになった第一師団には、痛すぎる事実であった。
誰が死ぬと予測していただろう。死ぬとわかっていたら、最初から戦闘になど出す訳がない。死なないと、そう信じていたから戦いに出せたのだ。それは、全ての者に言える。
カノンの口からは、深い溜息しか出なかった。彩愛の部屋で遺品を整理する。可愛らしいアクセサリに、女性サイズのシャツ。それから、日々のことを綴った日記。
自分に自信がない彼女が友達を作っていき、海斗の言葉で一喜一憂し、ひたむきに隠し続けた乙女の想いがそこには、確かに記されていた。
ぱらり、確認のために捲った日記は、じくじくとカノンの心を蝕んだ。もっと、自分がしっかりしていればなどと。
カノンと共に遺品の整理を手伝ってくれたエイミの顔も、あっけらかんとした彼女からは想像ができないくらいに鬱々しかった。
「……なんかさ」
「……ああ」
「久しぶりだね、二人でこうやって誰かの遺品を整理するの」
「そう、だな」
カノンが司令になる前、昔からだ。誰かが死ぬ度に、二人で沈んだ顔をして遺品をまとめた。というのも、繊細すぎるエミリアは誰かが死ぬ度に泣いていた。見かねてカノンは自分から遺品整理を申し出たのだ。
今思うと、彼女は司令というには優しすぎたのだ。それでもカノンにとっては、エミリアが司令であったからこそ、今の自分がここにいる。エミリアの人柄はカノンを救い、変えた。司令としての業務も、教えてくれた。
しかしどうだろう、今こうして司令になって、エミリアよりも優秀であると賛美される度に、複雑な心境になった。
嬉しくないのだ。自分を褒められる事実よりも、エミリアが過小評価されていることが、不快だった。
カノンだってメンタルが決して強い訳ではない。寧ろ、麻痺させているだけで、きっとエミリアよりも脆いだろう。母と父が死んだ時は、目も当てられないものだった。簡単なきっかけで崩れてしまいそうになるから、何も感じないようにしているだけだ。
内心では部下の死に、自分を不甲斐ないと責め続けている。
それもエイミにはお見通しのようで。付き合いが長いと、もう隠せもしない。
「今、自分のこと責めてるでしょ」
「……あの時自分が最初から出ていれば、と思ってしまうんだ」
「駄目だよ、カノンちゃんは司令塔なんだから」
「わかっている、だが、」
「死に急がないでよ、貴方は精一杯やった」
「……すまない」
「……いいんだよ、泣いても」
「いや……」
今ここで泣いてしまえば、止められなくなる。上に立つ以上、弱い部分を見せてしまえば部下を余計に不安にさせてしまう。自分だけは冷酷でなければ。
「……誰かの指示を受けるだけの時は、楽だった」
「前だけ見てれば、いいもんね」
「前線で部下を守ることもできる」
「それはカノンちゃんが命を盾にしてるだけ」
「……辛いな、司令というのは」
「……だろうね、でもカノンちゃんが司令なのは、ちゃんと理由があるでしょ」
「理由?」
「沢山傷ついた分、誰よりもヒトの痛みがわかる」
「……そんなこと、ないさ」
自分のどこが、とカノンは遺品を見て俯く。なかなか、面倒な性格をしているものだ。自分が得意なことには自信満々で、他人のことにはこんなにも不安ばかり募る。いや、それは生きている以上、誰もがそうか、と自嘲の笑みを浮かべた。
「これ、整理し終わったら?」
「私の機体の前に置いておいてくれ」
「行くんだ」
「……そうでないと、示しがつかない」
「そういう所、真面目なんだから」
「許されたいだけだ」
「でも一番許されたいのは多分、あの子だよ」
「……わかっている」
脳裏に、海斗の姿が浮かぶ。あの日、彩愛が死んだ日。彩愛の機体が爆発してしまってから、海斗の機体は何をするでもなく海に漂っていた。
戦闘空域のはるか下、戦闘に参加する様子もなく、動かない。戦いが終わった後に海斗をエリオットが艦まで回収したものの、コックピットに乗っていた海斗は、膝に顔を埋めて泣いていた。
あれだけ沢山話をしたのに、何も言葉をかけられなかった。「おかえり」の一言も言えなかった。
怖いのだ、海斗が。もし来るなと言われてしまったら。今まで考えもしなかったことが脳裏を過る。
立ったまま悩んでいたら、両頬をぐにぐにとエイミに引っ張られた。そんな、子供にやるようなことを。
「シャキッとしろ、シャキッと!」
「……エイミ、痛い」
「貴方がそんな顔でどうする!」
「……そう、だったな」
「背負うんでしょ、その覚悟を決めた」
「ああ」
「なら、素直な言葉をかけてあげて。それが一番、響くはずだから。絶対にあの子は待ってる。助けられるのは……貴方だけよ」
「そうだな……ありがとう」
気遣って喝を入れてくれたエイミに、ふと微笑む。そうだ、いつまでも悩んでいる場合ではない。エイミに残りの部屋の整理を任せる。彩愛の使っていた部屋を後にし、カノンは海斗の部屋へ、向かった。