一章
◇
どうしたらいいか分からない。海斗自身、操縦には慣れているはずなのに、どう動けばいいか心が迷う。動いても無意味な気すらしていた。
以前は動いていたシステムも、さほど機能しなかった。驚くような機動性を見せたのに、今日は無口なものだ。迷っているからだろうか。戦いに。
ここにいても、本当にいいのだろうか。戦えないのに。
自販機に八つ当たりをする。海斗の拳が自販機を揺さぶると、誤反応をしたようで、ジュースが一本落ちてくる。
淡い桃色の缶は、海斗が普段飲まない、桃の味がするミックスジュースだった。彩愛なら喜ぶだろうか。開けて飲むと、どろどろした液体は舌の上に過度な甘味を与えた。
休憩所は、先ほど帰還した者達で溢れていた。見知った顔がちらほらいて、誰も欠けていないことに安堵する。先ほどディースは一時撤退と言っていた。ということは、また攻めてくるだろう。何を目的に。何故この艦を攻める。
「なあ、なんであいつら攻めてくるんだ」
呑気にベンチで海斗を出迎えたロウに、立ったまま話しかける。何も耳に入れたくないようで、非常にぶっきらぼうに返された。
「知るかよ、んなこと」
「彼ら、多分何か狙いがあるんですよ」
「エリオット中尉」
「出撃、お疲れ様」
ふにゃ、と気の抜けた笑いで、エリオットが二人の会話に参加する。
左手には紅茶のペットボトル。コーヒーを飲みそうな印象なのだが、「コーヒーは苦手なんだ」と眉を寄せた。
「彼ら、この艦に関わる……重要な目的があるんだと思います」
「勘、ですか?」
「違いますよ、推測です」
「推測?」
「てめぇ、頭使わないで戦ってんのかぁ?」
今度はレオンが会話に割り込んでくる。この男は、海斗にとってはお呼びではない。自分を嫌っている相手と仲良くできる程、海斗は器用ではない。
「俺らはまだ頭使える程強くないんでね」
「強いから頭使えるんじゃねえんだよ」
「まあまあ……」
出会いがしらに喧嘩を始める二人を、エリオットが静止する。
ロウはというと、興味なさそうにコーラを飲んでいる。自分に関係のないことには首を突っ込みたくないのだろう。ここには居ません、と存在を消し始めた。薄情な奴め。
エリオットが、続きを話しだす。彼は推理や予測が好きらしく、目立たなそう外見とは裏腹に、頭の切れる人物のようだ。
「前の戦いでも、君達の入隊式でも、魔族は艦を攻めてきた」
「確かに」
「でも、食事をするだけなら、艦を攻める必要なんてない……」
「言われてみれば……」
「この艦は戦争の要です。落とされればこの戦争はこちら側の負けで終わります」
「戦争の終結が目的?」
「そこまでは……けれど、それ以上の目的があるような気がします。そしてそのためには、恐らく司令が邪魔だ」
「カノンが……!」
「カノンさんと呼べ!」
「るっせ!」
今まで静かにしていたのに、突然そこだけ割り込んでくる。一々細かい男だ。
一通り話終えたところで、エリオットが三人に別れを告げる。第四小隊の隊長として、今回の戦いの報告書を書かねばならないらしい。まだ戦闘待機中なのに真面目なものだ。
影が薄いもので、集団の中にあっという間にまぎれて、エリオットの姿は見えなくなってしまった。なんという擬態能力。
ロウはシャワーを浴びると言って去って行った。
必然的にこの場に残ったのは海斗とレオンである。この男と二人っきりなど真っ平御免だ。
そうだ、シュレリアのお見舞いに行こう。先ほどの戦いの後、機体の破損状況なども見て、念のためメディカルルームに運ばれたのだった。次の襲撃では、彼女は出られない可能性もある。
そそくさとこの場を離れようとすると、レオンが海斗の後ろ姿に声をかけた。
「おい」
「なんだよ」
「お前、ヒトを討てないのか」
「……っ」
「……忠告だ。その躊躇いは、戦いの中で誰かを殺すぞ」
「敵を、か?」
「……味方を、だ」
はっとする。己の躊躇いで、味方が死ぬ? そんな、馬鹿な。恐ろしくなり、後ろを振り返る。レオンはもう、海斗に背を向けていた。そんな馬鹿なことが、あってなるものか。
だが、実際にそうだった。海斗があの時、加減をせずにディースを討てていれば、シュレリアが無理する必要はなかった。
自分のせいで、誰かが死ぬ。実際にそんな状況になるかは、わからない。それでも根拠のない不安が、海斗を襲った。