一章


 海斗が所属することになる第一師団の知識を絞りだす。戦いのエキスパートが多く、常に戦闘が多い。

 第一師団、そして戦艦は戦いの要だ。海の大穴から侵入してくる魔物や魔族を徹底的に排除し、二つの世界の住民を魔物や魔族から守る。それが第一師団の役目だ。
 戦いの中心である以上、死には近い。しかし賃金もいい。手柄を上げればそれだけ階級も上がる。生きていればの話だが。

 さて、念願の入隊式は戦艦の中で行われる。海斗からすれば念願のとは言い難いが。
 ロウも確か第一師団だったはずだが、あれはチャラチャラした見た目の割にはしっかり者だ。恐らくもう現地に着いているだろう。
 士官学校で支給された真新しい軍服に袖を通し、案内状と睨めっこする。ご丁寧に艦内の地図もついているのだが、肝心の艦内にまだ入れていない。

 ようやく戦艦の近くに着いたところで、海斗は立ち往生していた。入口はどこだ。どこを見ても機械の壁、壁、壁。大きすぎるのも困ったものだ。着替えや荷物の入った少し大きめなトランクを引き、歩く。
 ただでされ大荷物なのに、持って歩くのは疲れる。このまま入口を見つけられず式に遅れたら……。先は考えないでおこう。

「あのー……」

 海斗が入口を探していると、誰かに声をかけられる。パリッとした新品の軍服を着ている。軍服カラーも同じだ。右手に可愛らしいトランク。海斗と同じ新人だろう。
 肩まで伸びた癖のない黒髪にピンクのカチューシャが良く似合う女の子。清楚で愛らしい。年頃は同じくらいだろうか。人見知りをしそうな困り顔をしている。

「第一師団、配置になった方……ですよね?」
「あ、うん」
「あの、良かったら一緒に行きませんか……?迷子になってしまって」
「いいよ、俺も迷子してたとこ」
「よかった!」

 少女の顔がパッと明るくなる。一人で不安だったのだろう。気持ちはよくわかる。先ほどまで海斗も迷子の子猫になっていたところだ。
 彼女は藤野彩愛というらしい。「あやめと呼んでください!」と向日葵のような笑顔で海斗に笑った。海斗も倣って自己紹介を行う。

 彩愛は海斗と同じ士官学校だったらしい。他人に興味がないもので、さっぱり顔を覚えていない。しかし共通点を見つけると、どこか嬉しいもので話も弾む。
 学科の教官は厳しいだとか、あの講義は訳が分からなかったとか、そんな話をしながら入口を探した。
 あった、あからさまに軍人が立っている。立っている軍人は思ったより屈強ではない。入口の軍人に案内状を見せる。すると中から今度こそ屈強な軍人が出てきて、丁寧に案内をしてくれた。

 案内されたのは広いブリーフィングルームだった。壁の一面には大きなモニターがあり、作戦の会議にうってつけだろう。中央には縦長に大きなテーブルと、イスが複数並んでいる。今日は恐らく活躍しなそうだ。
 入口に軍人が二人立っている。あくびをしているが、怒られないのだろうか。
 既に何人か新たに第一師団に配属される者が到着していた。モニターに向かって、律儀に既に四列に整列している。背中に扉、皆モニターを無意味に見ている。来た順だろうか。見渡すと自分達も含め二十人程度。前の列の最初の方にロウの姿。どれだけ早く来たのだろう。

 いくら死と出世が最も近いと言えど、ここは士官学校でも実力のある、即戦力になりうる者が集まる場だ。
 卒業生の中でも本当に選ばれた者のみ、この戦艦スキーズブラズニルに搭乗できる。海斗も彩愛も、ロウも、成績から実力を認められたということだ。

 逃げ出してもいいのだ、本当は。実際はもう少し、人数がいただろう。毎年何人かは入隊式には来ず、そのまま入隊しない者もいるという。
 とはいえ近年、ここ十五年近くは死亡者もかなり減ったと聞いた。戦艦の総指揮が変わったのは大体十五年前らしい。
 海斗の母が死んだのも十五年程前、母はそういえば総指揮をやっていた気がする。自分の親の後、というのは物悲しくもあるが、成果が出ているのなら納得するしかない。

 全員並んでいらっしゃるので、海斗も彩愛も並びに行く。他の荷物に合わせて、壁際に自分の荷物を置く。大量に馴染んだトランクケースや大きな鞄は、修学旅行を彷彿とさせる。
 結構最後の方だったらしく、並ぶのはやっぱり四列目。なんで皆そんなに早く来られるんだ、やる気に満ち溢れていることで。
 海斗が並ぶと、左隣メガネの少年に話しかけられる。隣に人が来ると話しかけたくなる気持ちはわかるが。

「なあ、お前、赤羽海斗だろ」
「……そうだけど、なんで知ってんの」
「有名人だよ、お前。勉強はダメなのにエインヘリアルの操縦はピカイチ」
「どーも」
「なあ、なんであんた軍人になるの?あ、俺は庄平、安田庄平」
「なんでって……操縦が好きだからかな」
「はは、単純」

 海斗自身、本当は志望動機なんて特にない。面接をしに来たわけでもないのだから、勘弁してくれ。
 強いて言うならエインヘリアルの操縦くらいしか能がない。父や母から譲り受けた能力だ。自分が唯一、努力もせず楽にできる仕事。才は生かさないでどうする。「お前はどうなんだ」と質問に質問で返してみる。

「俺さ、総司令に憧れて」
「総司令?」
「そう、総司令。まさか知らないの?」
「あんま興味なくて」
「勿体無い……凄いんだぜ」

 目を輝かせながら、庄平が語りだそうとする。すると、シュン、と電子音を響かせながら扉が開く。
 続いて床を叩くヒールの音。鈍い音からして、あまり高いヒールではない、歩きやすいタイプのヒールだ。振り返って音の正体を確認したい。
 確認する前に庄平が心なしかテンション高めに「きた!」と小声で呟いた。こつこつ、と隊列を外回りに通る正体を横目で確かめる。

 まず目に入るのは金とも銀とも言えない髪――強いて言うならプラチナブロンドが適切だろう。その髪が長くふわふわと、対象が歩く度になびく。所謂ポニーテールにまとめられた髪は、規則正しいリズムで空中を踊る。
 顔を確認する。女……?いや、一見美しいが目鼻立ちは男である。眉目秀麗。女性ホルモンの多そうな顔。髭には悩まなそうだ。きりりとした切れ長の澄んだ蒼い瞳は、宝石ででも出来ているのだろうか。
 身長は高い。軍服の色は自分の着ているものとは違う、綺麗な空色。ところどころ豪華な装飾が施されているところから見て、上の階級と伺える。
 両脚にはレッグホルスターと拳銃。一度に二丁の拳銃を使うのだろうか。
 腕を通さずに羽織っている白い絢爛豪華なガウンは、恐らく正装だろう。ガウンの左胸部分には、軍人が功績を上げたと示す、リボン勲章やデコレーションがびっしり飾り付けられている。かなり腕が立つようだ。
 彼がモニターの前に立つ。細められた目元が、丁寧に並んだ初々しい隊列を見た。すらりとした立ち姿は簡潔に表現すると、エレガント。
 隊列を見て少し目を開いてから、「今年はこんなにいるのか」と小さく呟いた。その後何事もなかったように、涼しげな顔で口を開く。

「諸君、士官学校の卒業おめでとう。私は世界統一連合軍所属、戦艦スキーズブラズニル総司令、カノン・グラディウス少将である」

 目の前の人物はそう名乗った。冷淡な低い声だ。彼は自らを総司令と言った。見た目は二十代半ばに見えるが、この軍は実力主義な部分もある。若くして出世する、なんてよくあることだ。少将にしては若すぎる気もするが。
 校長先生の如く、目の前のお若い総司令が話を始める。学校の入学式にもよくあるあれだ。頼んでもないのにこれからの君達の方針だとか、生活指南だとかを話始める。
 いや、彼も話したくて話しているのではないのだろうが。その証拠に眉間に皺を寄せて嫌そうに暗記文を喋っている様子が伺える。
ああ見えて面倒ごとは嫌いなのかもしれない。好感が持てる。

 考え事をしながら海斗が話半分に聞いていると、横でメガネがきらり。これは知っている、昔アニメで見たことがある。うんちく話が始まる前触れだ。

「あれだよ、現総司令!カノン少将!」
「はあ」
「天族の名家、名高いグラディウス家出身!しかし奢らず規律正しく!実力ばっちり政治的手腕もばっちり!」
「それが」
「あの方!」
「少将さん、と」

 庄平が力説する。こんなに凄い人だと。どこから仕入れた情報なのか、ぺらぺらと海斗の知らないことばかり喋る。
 こそこそ声で激しい力説。さてはこいつはミリタリーオタクとか言うやつだろうか。或は軍事マニア。後の考えうる線は、ただのファン。いや、軍人のファンってなんだ。頼んでもないのに知らない情報を次々と叩きこまれる。わかったから少し黙ってくれ。

 目の前の少将さんがしかめっ面でこちらを睨んでいる。全校集会で担任に睨まれる気分だ。居心地が悪い。これからほどほどな軍人生活をおくる予定なのだ、あまり目立たせないでくれ。メガネをかち割りたい衝動に駆られる。
 だが、天族であればあの若さであの階級も納得がいく。年をとっても外見が変わらないのが天族だ。見てくれで騙されてはいけない。ああ見えて恐らく海斗の倍以上は生きているはずだ。
 庄平の話は右から左へ流し、前を向く。「お前も前向けよ」と釘を刺しておく。有難いお話は頭に留めてこそ意味があるものだ。海斗自身もあまり聞いていないので、説得力は薄まるが。

「ここにいるということは、君達には入隊の意志があるということだ。ようこそ、第一師団へ。歓迎する。君達の命は指揮官として、私が保障しよう。さて、今後のスケジュールだが……」

 続きを言おうとしたところで、艦内に警報が鳴り響く。ビーッ、と何度も繰り返される音は耳につく。何事だ。軍人になりたての隊列がざわざわと辺りを見渡す。室内に女性の士官が、慌ただしく入ってくる。
 女性士官は壁のモニターをいじり、映像が映しだした。海上から迫ってくる複数の機体と、ヒトとは違うおぞましい姿の生物達。モニターに映っていたのは、まさしく敵であった。
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