一章
季節は巡る。巡るから、何度もヒトと巡り合えて、満たされて、成長できる。以前よりは、成長できたのではないだろうか、と考えながら、海斗は食事をとる。
だってだってと言いながら、今まで何かをやってきた。本当は何のために何をしたいかなんて、なかった。だが、今は不思議と満たされている気がする。少し前まで何にも無関心を決めつけていた心が、誰かに何かを注いでもらおうとコップを用意しているのだ。
他人に気を許すつもりなど、微塵もなかったのに。空のコップが、日に日にカラフルな液体で満たされていく。この軍に入って、こんな風に得るものがあるとは。
右隣ではロウが黙々とプリンを食べている。ロウは早食いなのだ。プリンを食いながら、ロウが海斗のトレイを覗く。
「海斗、食うのおっそいなー」
「俺は味わって食べる派なの」
「非常時はどうすんだよ」
「そんなんお前、非常食だろ」
「やっぱ味わって食べんの?」
「そりゃあもう、最後に出撃できるようにゆっくりと」
美味しいものはゆっくり食べたい。好きなものは長く楽しみたいではないか。
海斗は細切れになった肉を口に入れる。甘辛い味付けの肉は、先週も食べた気がするが、先週よりも美味しく感じた。
美味しいご飯を堪能していると、ロウは海斗をまじまじと眺める。なんだ、くすぐったい。
「海斗、最近変わったよな」
「んー?」
食べている途中で喋れないので、それとなく返す。適当に返しても、彼は汲み取ってくれるだろう。変わったと言われると、イマイチ実感がわかない。確かに、心境の変化はあった気がするが。そこまで大げさに変わっただろうか。
「何がって? なんか、雰囲気というか、色々」
「……?」
「良くなったと、思う」
前は悪かったという事か。眉間に皺を寄せて口を動かしていると、左隣の椅子が引かれる。トレイがテーブルに置かれ、彩愛が座った。
「隣、いい?」
物が口に入っていて喋れないので、海斗は親指を上に立てて了承のサインを出す。彩愛とも、大分親しくなったと思う。彼女は他のヒト達と比べて、会った当初から上手く話を出来ていた。
思い返すと、新しい友達ができるとは考えもしなかった。海斗からすれば作る気もなく、結局別れるのも辛いので、現状維持程度に考えていたのだ。
ロウや彩愛は、こんな自分の冷たい部分を見ても友達と言ってくれるのだろうか。いや、自分がまずは誰かを許容しなければ、相手は心を開いてくれない。
自分から友達、と信じなければ。入隊前は考えもしなかったことが、海斗の頭にポンポン浮かぶ。
彩愛のトレイにも、海斗と同じメニューが乗っていた。甘辛い肉野菜炒めに漬物、キノコと豆腐が入ったお味噌汁と白いご飯。デザートはプリン。健康的なメニューだ。
彩愛はどうやら野菜から食べる派らしい、漬物に箸をつける。
ロウも交えて三人、和気あいあいと軽い談笑をする。遠くから見たら、案外仲が良さ気に見えるかも知れない。
「この前の満月、凄かったね」
「なんだっけ、あのでっかいの」
「ああ、ヨルムンガンド……彩愛は魔物とか大丈夫だった?」
「ありがとう海斗くん、大丈夫だったよ。あれも、倒せるのかな」
「倒せるよ、多分」
「もしかしたら、海斗くんが倒しちゃうかもね」
「んー、まあ俺が倒せたらいいなとは思う」
倒す。あの大きな蛇を。カノンですら倒せないものを、自分が倒せるものか。
海斗は半分空になったトレイを眺める。刺しても死なない、堅い装甲に再生能力。どうすれば倒せるのだ、あんな魔物。
「海斗くんなら、倒せるよ」
「でも、その前に多分やられちゃうよ、俺」
「じゃあ、私が頑張って守るから」
「なんで」
「なんでも。私が、そうしたいから」
「……ふーん」
彩愛が、ふにゃりと幸せそうに笑う。食事が美味しいのだろうか。
「すいませーん、蚊帳の外にしないでくださーい」
「お前は蚊帳どころか家の外」
「節分の鬼かよ、俺は」
二人で話をしていると、ロウが途端にいじけだす。冗談なのは知っているが、からかわれているようで少々不快だ。
トレイの中をほとんど食べ終え、海斗はプリンに手を付けようとする。銀色のスプーンを、柔らかい黄色につぷり。
いざ口に運ぼうとすると、艦内に警報が鳴り響く。なんだ、何事だ。
『緊急事態!緊急事態!第一小隊、第四小隊は至急、戦闘準備を行ってください』
「え、ええ……?」
唖然と口を開ける海斗。椅子を立ち上がり、戦闘準備へ向かう他のヒト達。彩愛もその中の一人だ。招集されてもいないのに、ロウも真面目にトレイを返却しに行く。
「いつまでも食ってんじゃねえぞ、食うのは女だけってな」
「いかなきゃ、海斗くん」
守るものを見つけたヒトは強くなれる。どこかの本で読んだ。いや、本ではなくネットだっただろうか。
周囲に置いて行かれる中、海斗は誰に言うでもなく、天井に叫んだ。
「まだプリン、食べてないのに~!」