一章
◇
レオンとの戦いに勝ったという喜びはある。しかし、海斗が求めている成果は得られなかった。
海斗の記憶。カノン・グラディウスという存在。仮想ALIVEシステム。わからないことだらけだ。
何が真実か探るため、海斗は艦内を奔走していた。直接カノンに聞くのが一番早いだろうが、またはぐらかされる気がする。彼は優しい癖に、いつだって大切なことを隠す。
海斗がカノンのことを思い出さなければ、カノンはきっと何の関係もないけれど優しいヒトを演じ続けただろう。
それならば、自分は真実を知って尚強いヒトだと教える必要がある。
お日柄は良好。まだ昼食を食べたばかりなので、今日の時間は充分ある。
まずはシステムについてだ。機体に詳しいのは間違いなく、機体の整備をしているエンジニアだろう。格納庫を訪れると、技術者達は相変わらず忙しなく働いていた。
整備を担当してくれたアリーシャを探す。いた、量産機の前で書類と睨めっこしている。
「あのー、すいません……」
「んあ?えっと……赤羽くんか」
「はい、お尋ねしたいことがあって」
「はいはい、手身近にねー」
名前を憶えてもらっていたとは、話が早くて助かる。すぐに書類に目を戻したアリーシャに、それとなく尋ねた。
「仮想ALIVEシステムって、なんですか」
「――っ!」
アリーシャが目を見開いて海斗を凝視する。想像以上の反応だ。これは絶対何かある。
「……君、まさか何か見えた?」
「……え?」
「見えたのかって……真に使えたのかって聞いてるの!」
「何か見えるんですか?」
「そうよ、あれは……」
勢いよく海斗の両肩を掴んだアリーシャの動きが止まる。あれは、何だ。言葉の続きが聞こえない。間違いない、彼女はシステムについて知っている。
「アリーシャさん、あのシステムは……」
「……ごめん、私からは何も言えない」
「な……!」
今にも言いそうだったではないか。システムを起動させたと知った時の彼女の興奮は、軍の「極秘事項だから」といいう冷たい言葉で遮られる。
システムの使用条件は?どうしたら起動させられる?そもそも他の者の機体には搭載されているのか?聞きたいことだらけなのに。
「あのシステムは……!」
「海斗くん、私には言えないんだ」
「……卑怯ですよ」
「……どうとでも言いなよ。私の仕事は、適切な機体を造るだけ」
「……ご勘弁」
◇
仮想ALIVEシステムについては、情報を得られなかった。次だ。一度の失敗で挫けるようでは真実にはたどり着けそうにない。
海斗自身やカノンについて知っているヒトを探そう。
身内のシュレリアに聞くのも方法だが、身内で秘密を共有している可能性がある。
人間は寿命があるが、天族であれば第一師団に長く所属する者もいるはずだ。つまり、カノンよりも高齢の者に尋ねれば手っ取り早い。
すぐに思いつく相手はカノンよりも遥かに長生きな某艦長だが……。
「カノンちゃんのこと?トップシークレットなの!」
「……はあ」
廊下をてくてく歩いている光艦長を捕まえたが、ばっさり切り捨てられる。年齢は暴露していたのに。
「じゃあ、俺が小さい頃の話とかないんですか?」
「プライバシーの侵害なの!」
「俺の話でも?」
「んー、難しいの!」
「なら、母さんの話は?」
「エミリアさんの話なの? ぶっぶー!」
「なんでぇ」
最後に大げさに腕でバツ印。完全拒否だ。頬っぺたを膨らませた光艦長は海斗に簡単な挨拶をして、すたこらさっさと駆けていった。
何も聞けなった。またしても大した情報は得られなかった。
海斗が項垂れていると、後ろから怪しげな足音が聞こえる。誰だ。
「ふふふ……もしかして、カノン少将について知りたいのかな?」
「お前は……庄平!」
すっかり忘れていた。カノンについてやたらと詳しい、変態ミリタリーオタクがいるではないか。渡りに船とはこのことだ。今だけ彼の背景に後光が指している。眼鏡姿もなんだか神々しく見えてきた。
個人の話なので、周囲に聞かれないように場所を移す。幸いにも海斗の同居人は留守なので、海斗の部屋に庄平を招く。狭い室内なので、とりあえず向かいにあるロウのベッドに座らせた。
「そんなに大事な話なのかい?」
「そりゃあもう、俺の出生に関わるかも知れないから」
「じゃあ何から話そうか」
「そうだな……カノンはいつから総司令をやってるんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
庄平の眼鏡が光る。オタクは聞かれるのが好きだ。聞かれるとルンルン気分で推しについて語りだす。
「まず、カノン少将は十五年前に戦艦スキーズブラズニルの総司令になったんだ。総司令になる前は、第一師団のエースとして活躍していたのさ。その前は遊撃部隊に所属していて、常勝無敗のベルセルクとして恐れられた話が有名だね。優れた剣術で次々に魔物を倒したそうだ! 毎年開かれる軍主催の武闘大会では、今年で三十連覇になりそうだから、勝ったら史上初の殿堂入りになるって話だ! ああ、カノン少将は剣だけじゃなく、射撃も上手いんだ。機体でも生身でも、銃を使った遠距離狙撃の急所命中率は脅威の95%越え! 長距離狙撃ライフルを使った射撃実験では3キロ先の的に銃弾を当てた記録も残ってる、まさに神業だ! 当時からカノン少将の機体は赤をモチーフにしていたらしいよ、なんでも戦場でわざと目立つためだとか。痺れるよなぁ! 戦闘面だけに着目されがちだけど、今の第一師団の二十小隊制はカノン少将が発案して実行したんだ。複数小隊をローテーションで回すことで、兵士の回復を効率化したんだ。お陰で業務効率も上がったらしい。仕事も戦いもできるなんて、ユグドラシルに愛されたヒトと言っても過言ではないよ! それから……」
「あのー、ちょっと待って」
「どうしたんだい海斗」
情報が、情報が多すぎる。一を聞いただけで十の情報が出てくる。カノンについては確かに知りたいが、マニアックな情報までは聞いていない。庄平は間違いなく話の主導権を握らせてはいけないタイプだ。
自分の知りたい内容にシフトするように、話題を少しずつそらさなければ。
「……ちなみにカノンの前は誰が総司令を務めてたんだ?」
「十五年前かい?確か女性の士官だったらしいけど……名前までは覚えていないなぁ」
「そう、そっか」
「十五年前の戦いはそれは悲惨だったって話だ。大勢の軍人が死んでしまったけど、その中でカノン少将は生き残ったんだって! 最も狂暴な魔物とされるヨルムンガンドに一歩も引かずに交戦し続けたらしい! ……海斗、聞いてる?」
「え? ああ、うん……」
十五年前、母が死んだ。海斗がまだ三歳の頃だ。母の葬式にカノンがいたことも踏まえると、どう考えても関係がある。それなのに、肝心の情報が全く出てこない。
知りたい内容ははっきりしているのに、答え合わせが一向にできなのだ。これ以上有益な話は聞けそうにない。適度なところで話を切り上げよう。
「庄平、俺もうそろそろ……」
「待って、まだ続きがあるんだ」
「え、後どのくらい?」
「どのくらい? 何言ってるんだ、まだ触りしか話をしてないよ!」
「勘弁してよぉ……」
……結局海斗は、庄平の話を夕方まで聞かされた。