一章
◇
決闘。決闘と言えば、あの決闘だ。英語で言うとデュエルというやつだ。
誰と誰が?海斗と、レオンが、だ。レオンが叩きつけたハンカチ(カノンが以前怪我をしたレオンに上げたら、何故かずっと使っている)を、海斗が受け取り、決闘は成立してしまったのである。
「……何で?」
カノンは今世紀最大に困っていた。まさかこんなことになるとは思っていなかったからだ。
いつも通り部下が来たのでもてなしていたら、別の部下が来て、なにやら部下同士が揉めだしたではないか。
しかもこの戦いの原因がまさか、自分の取り合いなどと。少女漫画のような内容が現実に起こるとは、カノンは思いもしなかった。ヒロインはいつもこんな微妙な気持ちなのだろうか。溜息を着く。
決闘とやらは、シュミレーション機で行われることになった。海斗にとっては対人戦の訓練になるだろう。
早く終わってくれないだろうか、などと考えながら、シュミレーション装置に搭乗する二人を茫然と眺めるカノン。
悲しきかな、カノンは決闘とやらに立ち会うことになってしまった。戦いの様子をどうしても見て欲しいとレオンが聞かなかったのだ。
レオンがレオンなら海斗も海斗で、「俺、頑張るから見て!」とさらに便乗をしだすのだ。
ああ、何故こんなことに。
「カノン! 俺の活躍見ててくれよな!」
「カノンさん、見てください! こんな奴すぐにボコボコにしてやりますから!」
そんないい笑顔で言われても。カノンからすれば、終始胃が痛い。一応手だけ振っておく。
手を振るだけでも二人共なんだか嬉しそうだ。どっちが勝ってもいいから、早く終わってくれ。まだ仕事が残っている。
装置のハッチが閉まり、中央のモニターに二機が映し出される。海斗の量産型エインヘリアルとレオンの専用機、トールだ。
量産機相手に専用機を使うのは、卑怯ではないだろうか。もう全てが面倒なので、カノンは口を噤んだ。
場所は何もない平面の場所。フラットな場は、まさに戦うためだけの場所。
互いにスピーカーまでオンにして会話をしている。二人共、音声通信でおかしな事をぽろっと言ったらどうしよう。特にレオン。
『おう、正々堂々戦えよ』
『そっちこそ、正々堂々負けてくれよな』
『は、テメェなんぞに負ける訳がねえ』
両者が構え、戦いが始まった。拳を武器に突進するレオンと、相手を見極めて冷静に行動をしようとする海斗。
カノンは手元にある電子端末を使い、仕事の続きを再開する。道中に自販機で買っておいた缶コーヒーがお供だ。
隅で椅子に座る。コーヒーを飲みながら仕事をしていると、周りにざわざわとヒトが集まってくる。こんな何もない時に、大画面に映し出して戦いなどしているのだから、ヒト目を引くだろう。
「何だ何だ」と興味本位で集まって来た者達が楽しげにモニターを眺める。群衆は他人事だからいい。皆が口ぐちに、戦いの様子を呟く。
「あれ、なんで戦ってるの」
「訓練でしょ」
「あっちの機体ってレオン少尉?」
「あの量産機はもしかして新人か」
「へえ、あの荒っぽい少尉さんが新人さんと!」
「でもなんで?」
「ほら、二人共少将にお熱だから」
「んんっ……!?」
思わずコーヒーを吹き出しそうになる。なんだ、その怪しい噂は。
カノンが目を見開いて周囲を見ると、「もう、少将がいるんだから!」と誰かが誰かに突っ込む。余計なお世話だ。
モニターを見る。少尉であるレオンに対し、海斗はなかなか奮闘していた。まだ動きは荒いものの、対人戦に慣れてきている。或は、シュミレーションだとわかっているからだろうか。
カノンが思っている以上に海斗の成長は早かった。秘密裏に機体に積んだ仮想ALIVEシステムも上手く作動し、海斗に反応しているようだった。
ALIVEシステム。自己学習、戦闘での演算処理を可能とした、ユグドラシルが創り出した神のシステムだ。
戦闘を勝手に学習し、機体の動きやパイロットの動きを計算、どのようにすればさらに強くなれるか、適切にフィードバックしてくれる。
敵の動きも即時に予測ができ、状況に応じてパイロット――操縦者に合わせて、機体のOSを勝手に書き換える。
つまり、操縦者のポテンシャルや機体に応じて、どんどん強くなっていく。技量があれば機体の性能を最大限まで引き伸ばし、時には戦い方を脳内に指示する。
未来の予測と、戦いの中での成長。まさに、生きたシステムなのである。乗りこなすには条件がいるが、海斗はそれをクリアしてくれたようだ。
『オラオラ、どうした……!』
『……っ!』
レオンの方は、裏稼業によろしくな押せ押せな動きである。彼は常に戦いでは、攻めて攻め抜くスタイルだ。攻撃こそ最大の防御とも言う。その言葉をまさに体現した、獅子のような攻めっぷりだ。
レオンの機体、トールの持ち味は、素早い機動、リーチが短いが連打力の高い、手に直接装備するタイプのナックル武器にある。
連打力の高さは、手数の多さに繋がる。有無を言わさず相手を殴り倒す、喧嘩にも似た戦闘スタイル。以前は近接武器にトマホークを使用していたが、邪魔だという理由でナックルに変更をされた経緯を持つ。
普段から拳を使った喧嘩が得意なレオンからすれば、この方がやりやすいのだろう。
そのレオンの猛攻を凌いでいる海斗も中々のものだ。面倒臭がり屋に見えて、しっかりと相手を見極めている。
次にどうするべきかを予測し、行動を考えているのだろう。戦闘における理性的な動きを実現できている。
故にレオンの動きを見切れている。しかし。
「……見切っているだけでは勝てないぞ、海斗」
不思議とカノンが海斗に肩入れしているのは、日々教えているからだろうか。教え子に勝って欲しいのは勿論のことだ。
いつの間にか仕事をそっちのけで、戦いを食い入るように見ていた。おかしい、来た時は仕事をするはずだったのに。片手の缶コーヒーは冷たかったが、すっかり水滴を垂らしていた。
『逃げんじゃねえ、この野郎!』
『ぐうっ……!』
トールが、海斗の機体の肩部に拳を当てる。初ヒットだ。レオンの方が実戦経験は圧倒的に多いため、海斗が押されるのは時間の問題だ。こういう場合、経験の浅い方が持久戦に弱くなる。どこまで応戦できるだろうか。
シュミレーションのルールは、頭、すなわちエインヘリアルのモニターを遮断された方が敗北となる。海斗に勝機がないわけではない。
攻撃が当たったことで、海斗の動きが少し変わる。攻撃を見切るだけではなく、反撃も見受けられるようになる。避けて、何かしらの攻撃を行う。
海斗が攻撃を行うようになると、レオンの方も避ける動作が生まれてくる。海斗に多少、余裕ができたのが見て取れる。
システムなしでも、戦いの中で成長しているらしい。末恐ろしい子だ。何が海斗を突き動かしているのだろう。つい最近まで、がさつな動きしかできなかったのに。
『逃げてなんて……ない!』
『なん、』
レオンが海斗の攻撃を避けようとした刹那、光線弾当たる。トールの腕が吹き飛ぶ。あの早い動きに、よくぞ当てたというべきか。
周囲のギャラリーは戦いの様子を見て、大盛り上がりだ。やれいけそれいけ、言いたい放題、終いには賭け事が始まる始末だ。
士官学校でも軍でも、この手の類が娯楽になるのは仕方がない。やらせておこう、彼らにとってストレスの発散にもなる。
カノンのある程度放任主義な部分も、上からは好ましく思われていない。
息抜きがなければヒトは心が死ぬ。別に他人に迷惑をかけている訳でもなければ、テレビカメラが取材にきて、この場を全世界に流している訳でもないのだ。多少は自由にさせてやりたい。
大体上の奴らはお坊ちゃんすぎるのだ。かしこまって生活していては肩がこる。
さて、海斗が優勢になり、戦いはいよいよ大詰めとなっていた。レオンは頭に血が上っているのか、動きが乱雑になっている。
レオンの悪い癖だ。何かあると、周囲が見えなくなる。何度もこの点は指摘しているのだが、すぐには直らないようだ。
戦局が自分に傾いてきたため、海斗の動きがさらによくなる。
海斗は一度いいことがあるとそのテンションが持続し、ネガティブなことがあると立て直すのが難しいタイプだ。振れ幅が大きいのが難点である。
無理にその性格を矯正しようとは思わない、しかしケアは必要だろう。うまくプラスの状態を維持できれば、海斗は凄まじい力を発揮する。
今はまさに、その状態だ。今の海斗であれば、経験の差があるレオンに勝てるかも知れない。
『ふざけんなチビが、調子乗ってんじゃねえ!』
『俺は最初から……本気だ!』
切羽詰まったレオンが、海斗に打撃を与える。上手く防御し、海斗はカウンターを仕掛けた。
機体の右手に装備された槍が突き出され、トールの頭を吹き飛ばす。切断された頭は、地面に転がり、敗者の首を象徴した。室内が、わっと歓声に包まれる。
……海斗が、勝った。海斗を影ながら応援していたカノンも、驚いた顔をする。まさか、本当に勝つとは。
中央のモニターが消え、自分で自分に意外そうな顔をした海斗と、心底悔しそうなレオンが覗いた。じゃじゃ馬は口笛を吹いたり、持てはやしたり忙しそうだ。
海斗は装置から降り、真っ先にカノンの元へ駆ける。まるで犬のようだ。尻尾が生えていえれば間違いなくぱたぱたしていただろう。
向かってくる海斗を、カノンはこれまた腑抜けた顔で出迎えた。どんな顔をすればいいかわからないのだ。
「カノン!」
「……お疲れ様」
「見てた!?」
「ああ」
「俺、どうだった?」
「……」
良い部分もあるが、悪い部分もある。カノンはなんと伝えようか考えた。
海斗が何か怒られるのではと、しょんぼりした雰囲気を出し始める。
怯えさせてしまっただろうか。いつもそうだ、海斗は人目を気にする。特に、カノンの。海斗の心の中を占めるカノンの割合は今現在、相当大きいようだ。
指摘する部分も多々あるが、今回ばかりは、褒めておこう。カノンは自分にできる、可能な限り優しい笑みを浮かべて立ち上がった。
近くにいくと海斗はまだまだ小さい。ぽん、と頭に手を置き、優しく頭を撫でた。
「……カノン」
「よくできていた」
「ほんと?」
「ああ」
「……へへっ」
海斗が、カノンの手を愛しそうに触る。
以前よりも、お互いに接する態度が変わったと思う。
過ごした時間の中には、戦いだけでなく、ヒトとしての関わりも含まれている。その一つ一つが、変化をもたらしたのだろう。
海斗があまりに嬉しそうにするので、カノンもつい、幸せな気持ちになってしまう。二人して目を合わせ、何だかおかしいと小さく笑った。
そんな二人を置いて、エンターテインメントを失った周囲はバラバラになっていく。静かになる室内。
レオンもまた、装置から降りる。カノンが横目でレオンの様子を見ると、打ちひしがれたような金色の瞳がこちらを見つめていた。何も、返せない。与えられない。
カノンは気づいていないフリをして、そっと目を背けた。