一章


「頼もーっ!」
「……」

 声を聴いて、カノンは肩を落とす。それはそれは生意気で、ナイーブな来訪者だ。

「頼もーーーーっ!」
「……入れ」
「入ります!」

 礼儀がちぐはぐである。士官学校で学ばなかったのだろうか。いや、学んでも覚えていない可能性もある。勢いよく扉を開けて入ってきたのは、揺れるアホ毛が特徴的な……。

「赤羽海斗、何の用だ」
「カノン! 何の用もこうもないよ! すっかり忘れてたけどなんだよ、あのシステム!」

 入って来るなり突然捲し立てる海斗。手元に携帯ゲーム。遊びに来ました、という感じだ。
 レオンは茫然とその様子を眺めている。少し気にくわない顔をしているのは何故だろうか。
 カノンの眉間によりいっそう、皺が寄る。ついでに言うと、いつからこの少年は上官を呼び捨てにするようになったのだろうか。今日からか。
 システム、というと機体に極秘に搭載した例の仮想ALIVEシステムのことだろう。起動する確信はなかったが、もしや先日の出撃で起動した?
 それなら海斗が急にカノンのことを思い出したのも納得がいく。
 しかし今は取り込み中だ。システムの説明をしている暇はない。

「後にしてくれ」
「駄目、今聞きたい」
「整備に聞け」
「俺はカノンに聞きにきたんだ」

 駄目だ、今の海斗にはカノンの話が全く通じない。耳は飾りだろうか。飾りでいいのは涙だけだ。いや、涙は飾りではないか。

 横で話を聞いていたレオンが突然立ち上がり、今度は海斗を思いっきり睨み付ける。これ以上面倒事を増やさないでくれ。
 ドスの効いた声で海斗に思いっきり喧嘩腰で話しかけるレオン。
 やめろ、座ってくれ。カノンのそんな願いは虚しく、戦いのゴングが鳴り響いた。

「……おい」
「え? あ、どうも、こんにちは」
「てめぇ、何だその口の利き方は!」
「ひぇっ!? カノン、 何これ舎弟!?」
「……違う」

 こんな舎弟を作った覚えは、カノンにはない。

「口の利き方に気を付けろっつてんだ! カノンさんだぞ!? 第一師団の司令塔の! カノン・グラディウス少将だぞ! 身分が違う! わかってんのかてめぇ!」
「わ、わかってるけど」
「わかってんならなんだその態度は!」
「か、カノンはほら、えっと、俺の……大切な居場所だし」
「居場所?」
「居場所」
「ああ……そうだな」

 カノンは、先日言ったことを思い出す。居場所というのは、海斗が落ち込んでいたので、心の支えになれればと言った言葉である。
 まさか、心の支えどころか生涯の支えにされているのでは。もしかしなくても、とんでもないことを言ってしまったのでは。

 レオンの顔が白黒しだす。勝手に「はぁ?」と訳のわからない声を出したかと思えば、赤面、それから青ざめる。
 何を想像しているか、カノンには大体わかった。こうなったレオンは、変な方向に想像力が豊かだ。居場所といえば、居場所だ。帰るべき場所だ。やましいことは何にもない。

「か、カノンさん、っ、どういうことっすか」
「どう、とは」
「だって、言ってくれたよな! カノン!」
「ん? ああ……」

 妙に懐かれているのは居場所だからか。確かに、帰るべき場所が出来るというのは嬉しいことだろう。
 しかし、本当にその件だけだろうか。カノンは頭を捻る。海斗だけでなく、カノンももし、大事なことを忘れているとしたら。

 海斗が幼少期の頃の記憶を引っ張り出す。忙しいエミリアに代わり海斗の世話をしていたから? エミリアに内緒で海斗が好物のファーストフードをこっそり買ってあげていたから? それとも、「俺、カノンと結婚する!」なんて言われた時から?
 だめだ、何か肝心なことを思い出せていない気がする。 
 ……実は本当に運命、だったとか。そんな、馬鹿な。
 あれこれカノンが考えているうちに、別の方向にあれこれ考えたレオンが叫びに近い声を出す。

「て、て、てめぇ!」
「な、何、カノン、このヒトどうしたの?」
「知らん」
「カノンさんはてめぇの玩具じゃねえ!」
「おも……おもちゃ?」
「俺が? カノンを? おもちゃに?」
「待て待て待て、どんな状況だ」

 カノンは極めて冷静に対処を心がける。いや、今自分は本当に冷静だろうか。誰か鏡があったらここに持ってきてほしい。

「俺はカノンのこと、おもちゃになんてしてない!」
「カノンさんに魅力がないってのか!?」
「あんた言ってること滅茶苦茶だよ!?」
「……おい」

 誰が誰の玩具だ、冗談にも程がある。あまり変なことに飛躍しているので、カノンも「何を言っているんだ」とすかさず突っ込みを入れるが聞く耳を持たず。
 レオンの顔が茹蛸になっていく。恥ずかしいのか、悔しいのか、なんなのか。きっ、と海斗を睨み付けた後、人指し指を海斗に向けて、勢いよく威勢のいい言葉を言い放った。

「カノンさんを持て遊ぶなんて絶対に許さねえ、決闘だ!」
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