一章


 さて、自分の機体をニュクスなんて海斗は呼んでいるが、武装は他の量産型のエインヘリアルと大差ない。利き手に至近距離武器、逆の手にはライフルと、腕部に小型の盾。肩部にミサイルポット、上腕に収納されたハンドガンに、小型ナイフ。頭部に連射ができる実弾のバルカン砲。ある程度の接近戦と射撃戦が可能な設計だ。

 ライフルを構える。今の海斗に倒せるのは、目の前の魔物達くらいだ。魔族は、怖い。ヒトだから。自分ができないことは、他に任せればいい。小型のドラゴンに弾を浴びせる。
 ライフルの弾が尽きると、それを投げ捨て槍一本で敵を薙ぎ払う。鋭い刃を突き立て、一匹一匹、確実に殺していく。人に例えると随分残忍な行為は、簡単に実行されていく。

 怖気づいている暇はない。横目で他の機体を確認する。ロウや彩愛もなんとか対応しているようだった。
 ロウは接近戦を得意にしている。持ち前の運動神経を武器に、ビーム状の剣で戦っている
 彩愛は中距離でのバックアップを行っていた。接近戦を行っている味方が戦いやすいよう、他の敵をライフルで撃ち、接近してきた敵には回避運動を行いながら至近距離で実弾のショットガンを撃ちこんでいく。
 想像以上に安定した動きを見せている。自信がなさそうにしていたが、特に問題なさそうに見える。
 
 シュレリアの方を見る。彼女の機体――フレイアは、長距離攻撃に優れていた。ビーム兵器での攻撃から、実弾での攻撃まで、ありとあらゆる遠距離攻撃を行う。前方で戦うというより、後方で戦う方が向いている機体だった。淡い桃色のカラーリングは、どこか可愛らしいものがある。しかし、魔族に向かって発射される攻撃の数々はあまり可愛らしくない。

 よそ見をしていると、いつの間にか目の前に大きな壁が聳え立つ。否、壁ではない。魔物だ。
 振ってくる大きな敵の手。避けなければ潰される。
 咄嗟に回避するよりも早く、後ろから援護が入る。ライフルの弾が敵の手に当たり、動きが鈍った。
 その隙に海斗は機体を後退させ、距離を取る。不用意に近寄らない方がよさそうだ。
 後ろには、第二部隊の隊長、エイミがいた。

『良い動きだね、カノンちゃんが気に掛けるのもわかるよ』
「か、カノンちゃん?」
『うんうん、司令のあだ名だよ~』

 なんとも呑気な女性だ。そういえば、前にもカノンのことをそう呼んでいたヒトがいたような。そうだ、光艦長だ。話し方からして、大分付き合いが長いように見えた。恐らく彼女も同様だろう。
 気の抜ける口調とは裏腹に、エイミの乗る機体、ヘルモーズからは覇気を感じた。白に金の装飾、大剣と盾を構え、騎士に似た出で立ち。
 鈍器と言っても差し支えない武器を構え、ヘルモーズが竜に迫る。振り下ろした大剣が地面を割る。破片が辺りに飛び散り、ぱらぱらと音を立てた。戦い方は豪快の一言に尽きる。驚いていると、エイミが大音量で海斗を呼んだ。

『ちょっと、きっついから手伝ってくれると嬉しいんだけど!』
「あっ、すんません! えっと、何をしたら」
『援護! 私は正面、君は側面!』

 自分が囮になるから、その間に敵の体力を削れと言っているのだろう。普通、挨拶を交わしただけの相手に「自分が囮になるから頼む」なんて言えたものではない。
 これも彼女の人柄が成せる技か、あるいは何も考えていないだけか。この危なっかしい戦い方は、確かにカノンも気にするかも知れない。無鉄砲な感じが海斗自身とそっくりだ。

 海斗は言われた通りに、敵の側面に周りこむ。凛々しいドラゴンの横顔、手、防御の薄い腹。どう攻めようか。ライフルは使いきってしまった。
 すぐ目の前ではヘルモーズが跳んだり跳ねたり、攻撃を盾で受け止めながら戦っている。
 大きな頭を上げ、ドラゴンが炎を吐く。一体体内のどこから火など出しているのか、疑問だ。標的がこちらではないうちに、姿勢を低くして懐に飛び込む。
 ギラギラした大きな左の瞳と海斗の目があった。こんにちは、と挨拶をしている場合ではなさそうだ。

 即座にジャンプし、目玉に槍を突き立てる。金色のガラス玉にぐっさりと槍が深く刺さり、赤い血しぶき。勘弁してほしい、海斗は血が嫌いだ。見ているだけで鉄臭い気がする。痛みで暴れ出した敵は、腕で海斗ごと機体を薙ぎ払う。
 衝撃がコックピットを襲い、遠くに飛ばされる海斗の意識を揺さぶる。ここで意識を飛ばしたら間違いなく死亡なので、なんとか食いしばる。地面に背中から叩きつけられ、視界がぐらつく。

 左目を失った巨大なドラゴンは、地面を力強く踏みつける。下品な行進だ。いよいよ手が付けられなくなり、あちらこちらに炎を吐きだす。空に浮く敵や味方、地面を這いつくばる自分の子供、何からなにまで炎で焼き尽くす。エインヘリアルはある程度耐熱性だから、距離を取っていれば大丈夫だろう。
 魔物子供達は息をしづらそうに悶え、辺りをのたうちまわっている。子供の姿など、見えていないのだろう。片目が海斗を探している。
 怒りの念を抱えた大きなドラゴンは、一通り焼き尽くしてから重量のありそうな身体を勢いよく回し、速度のついた尻尾で辺りのものを吹き飛ばす。

『きゃあああっ!』

 今度はヘルモーズが吹っ飛ぶ。突然の攻撃に対処のしようがない。盾で防いだとしても、受けきれる訳がない。周囲の敵味方も、紙きれの如く簡単に飛ばされていく。
 海斗は幸い、飛ばされすぎたお陰で食らわずに済んだ。
 味方は総崩れで、あまり調子に乗っていると天国逝きになりそうだ。いや、地獄か。
 状態を立て直す。そうこうしているうちに、相手の右目がぎろりと海斗の方向を睨み付ける。まさか、魔物のくせに根に持っているのか。

「……まじかよ」

 死ぬ、このままでは。ああ、だから第一部隊など嫌だったのだ。どれだけ美人な上官がいようと、死んだら人生そこで終了である。
 今の海斗にできるのは、敵をやり過ごすくらいだ。
 だが、エイミは守らなければ。カノンと約束したのだ、守ると。
 エイミが乗る期待は、遠くで岩肌に直撃したのか、ぐったりとしている。流石に放置して自分だけ逃げようなど、男としても軍人としても示しがつかない。できる範囲はなんとかしよう。

 大きな化け物が、じりじりと近寄る。何か使えそうなものはないだろうか。ふと、足元にライフルが転がっていることに気付く。他の誰かが使っていて、攻撃を受けた衝撃でこちらに転がったのだろう。有難く使わせてもらうことにする。
 ライフルをドラゴンに向かって発射する。レーザー音がライフル銃から鳴り、竜の醜い肌を焦がす。まだダメージは少ない。
 操縦桿の内側にあるカバーを親指で外す。出し惜しみはなしだ、他の武装も使ってしまおう。カバーを外すと、赤いボタンが露出した。
 機体を狙撃モードに切り替え、ターゲットをロックオンする。照準の補正は機体が勝手にやってくれる。逆らわず、任せればいい。

 羽を羽ばたかせ、敵が迫ってくる。
 脚でペダルを踏むと、バーニアがブオンとエンジン音を鳴らす。勢いをつけて、地面に斜めに噴射する。推進装置を使い、バランスを保つ。
 敵と向かいあう状態はそのままに、距離を取る。狙撃モードを切り替える訳にはいかないので、高速でバックしている形になる。迫るドラゴンと、高速で後ろに距離を取るエインヘリアル。随分と間抜けな絵だ。
 機体の標準が敵の顔面をロックする。ピピピ、と機械音を耳に残し、モニターに映る十字の真ん中に顔を定める。

 操縦桿の内側、赤いボタンを押した。機体の肩部装甲が開き、ミサイルポッドが顔を出す。ミサイル達が目の前の相手に向かって、次々に発射される。
 派手な爆発音を鳴らしながらドラゴンに命中したミサイル達は、爆炎へと姿を変える。かなりの弾数が命中した、流石に敵も無事ではないはずだ。
 爆発の余波で、煙がもくもくと辺りを覆う。魔物の姿が見えない。モードを至近距離戦に切り替える。念のためだ。左腕に装備された軽い盾を構え、煙の方向に姿勢を取る。
 煙の中はどうなっているのだろう。視界を拡大すると、赤い何かがこちらを見た。
 ――生きている!

「しぶといな……!」

 まだ敵は死んでいない。再度ライフルを構える。照準が定まらない。突進してくる巨体。
 速い。咄嗟に左腕の盾を前に出す。大きな頭が、盾に派手な音を立てて当たる。同時に左手に持っていたライフルが、手元から弧を描き吹き飛ぶ。
 不自然に盾が凹む。防御しなければ即死だった。受け止めた衝撃で機体がじりじり押される。

 他に武器は。頭部のバルカン――小型銃撃砲を展開し、撃つ。敵の腕に命中するが、効いてなさそうだ。
 右手の槍を使いたいが、思うように動けない。
 爬虫類らしい逞しい腕が、海斗ごと機体を地面になぎ倒す。関節が悲鳴を上げる。視界いっぱいの、おぞましい魔物の顔。

 死ぬのか、このまま。

 シュレリアやロウ、彩愛は大丈夫だろうか。そんなことを考える。この襲撃の中だ、誰かしら死んでしまったかも知れない。

 ドラゴンが口を開け、炎を吐こうとしている。至近距離で受ければ、流石に機体が溶ける。
 口の中は炎で青白く、エネルギーが凝縮されていく。
 約束も守れないまま、死ぬ。約束?そうだ、カノンと約束した。不味かったら逃げろ?違う。第二小隊の女性、エイミを守る。
 きっと彼女はカノンにとって大切なヒトなのだ。どんな関係かは知らないが、彼の守りたいヒトの一人なのだ。
 それを失ったら、彼はどんな顔をするのだろう。泣く?あの仏頂面が?涙を流すかも知れない。そんな顔、させたくない。カノンが海斗に向けてくれた信頼を、守り抜きたい。

 このまま、死ねない。

「くっそおおおお!!」
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