一章
■一章
機械の力で燃料を食いながら世界を守っている戦艦が、島国の如く港に停泊している。今日は数週間に一度、戦艦スキーズブラズニルが物資の補給に降りる日だ。合わせて、士官学校を卒業したばかりの軍人なりたての若人を乗船させる日でもあった。港は慌ただしく、祭のようだ。
海斗は港の騒がしさにため息を吐き、遠くに見える戦艦を見て再度大きなため息を吐いた。
どうして戦艦なんて大層なものがこの世の中必要なのかというと、この世界は戦争真っ只中なのである。この世界、といっても世界は三つに分けられている。
士官学校で勉強した内容を、戦艦に乗る前に思い出す。
世界は簡単に言うとサンドイッチのような構想をしていた。三層に分かれ、ビフレストという縦に伸びた橋――というのもすこしおかしい。強いていうなら透明な螺旋上の筒。境目には門があり、それぞれの世界の出入り口として軍が管理している。
上からアースガルド、ミッドガルド、ニブルヘイムだ。
アースガルドとミッドガルド間の門は関所のような役割程度だが、ミッドガルドとニブルヘイム間はとても門と言えるようなものではない。
海に大穴の中央に刺さる螺旋。古くから存在する、世界が古に形作った構造物。まるで海が食われているような形状は、何故造られたのか判明していない。かといって破壊もできないので、ニブルヘイム方面は天族が管理し、完全閉鎖している。
人間や天族がニブルヘイムに行くことはないので、永久閉鎖だろう。
海斗の住む世界はミッドガルドと呼ばれる世界だ。自然にあふれ、機械工学や科学が発展している。ちょいと港から街中に進めば。コンクリートジャングルの中にスーツという黒い戦闘着に身を包んだIT戦士が沢山いる。
さらに人々の住居が建ち、商業施設が並ぶ。それがミッドガルドだ。世界経済の中心であり、もっとも戦いが巻き起こる場所。
そんな世界の中心に、ユグドラシルという工学で成長や力を制御させた、思考を持つ樹がそびえ立つ。世界はユグドラシルが意図して作ったとされている。
ミッドガルドの上、正しくはユグドラシルの根の上にアースガルドが存在する。規模はミッドガルドと比べれば、かなり小さな大陸だ。お空の上にあることから、天界、なんて呼ばれることもある。ちなみにミッドガルドは地上と呼ばれる。
アースガルドには天族と呼ばれる種族が住んでいる。別名、天使。天族の見た目は人間とほぼ変わらない。ミッドガルドと交流が盛んで、友好条約を結んでいる。天族にはミッドガルドに移住する者もおり、極めて良好な関係である。
天族は成長をしない。見た目は生まれた時から決まっており、死ぬまで同じ姿で暮らす。さらに不思議なことに、天族は百年単位で生きる、長寿な種族だ。
天族も人間も、皆同じような容姿をしているので総称してヒトと呼ばれる。ヒトは科学や工学と共に生き、そして死ぬ。これはミッドガルドもアースガルドも変わらない。
そんなミッドガルドとアースガルドの戦争相手がどこかというと、三つ目の世界、ニブルヘイムである。ある者は地底、地獄、とも言う。生き物の魂を糧に生きる、魔物や魔族が住んでいる。
今まさに自分の足で踏みしめている、地面の下には命を喰らう化け物がいるのだ。
魔族は人間や天族と変わらない見た目をしていた。魔族のこともまた、総称してヒトと呼ぶ。
魔物は……ヒトとはかけ離れた姿をしている。強いていうなら化け物、だろうか。
戦えば戦う程、誰かが死に、魂は身体から抜け落ち、魔族や魔物はそれを喰らい、腹を満たせる。
抵抗をしなければ人間も天族も無意味に殺され、餌にされる。悪循環ばかりの戦争だ。権力のためでもなく、領土争いでもない。生きるための不毛な戦いだ。
ニブルヘイムから来訪する敵は、ビフレスト以外の手段でミッドガルドに襲撃している。海底にニブルヘイムに通じる場所があると推測されているが、未だに見つかっていない。敵が攻めてくる方法が解れば、対応ができそうなのだが。
「案外勉強したこと覚えてるもんだな」
海斗自身、勉強は苦手なのだが、記憶力が悪いわけではない。いざ聞かれて「知識がない」と怒られるのは嫌なので、歩きながら頭の中で模範解答をシュミレーションする。
途中で考えるのが少し面倒になって、近くの屋台で串焼きを買う。食べやすい大きさに切り分けられた魚と野菜が、さっぱりした味付けで評判の串焼きだ。
一口食べると、塩味と香辛料のぴりっとした感覚が癖になる。
食べ終わった串を屋台付近のゴミ箱に捨て、戦艦に向かって再度進む。人が多いせいか、戦艦の位置は随分遠くに見えた。