一章
◇
第二小隊の救出任務。第一小隊は任務のため、最大速度で風を切る。ロウは無事なのだろうか。海斗の中に嫌な考えばかりよぎる。ネガティブに考えるのは悪い癖だ。
『海斗くん、大丈夫?』
「あ……」
女性の声、つい最近聞いたような。何度も会わないと覚えられないのは、これまた悪い癖なのだろう。
映像通信が入る。顔を見たところでようやく一致する。一般的な男性からすれば、こんな美人の顔を忘れるなど贅沢な悩みなのだろう。あまり他人に興味がないため、なかなか覚えられないのだ。
「えっと、シュレリア、さん」
『シュレリアでいいのよ』
「シュレリア」
『そう、良い感じよ』
何がいい感じなのだろう。会話が?海斗は鈍いのでわからない。きっと意味があるのだろうと思いながら到着エリアを見る。ちっともわくわくしない。ずっと、胸騒ぎがするのだ。
こういう時の海斗の予感は大抵当たる。
『海斗くん?聞いてる?』
「え?ああ、うん、聞いて、ます」
『そんなにかしこまらないで?もっとお兄様とお話するときみたいに』
「いや、その……うん」
『そんな感じよ』
何故このヒトは楽しそうなのだろう。海斗にシュレリアから好かれることをした記憶は一切ない。
「あの、何」
『緊張してないかな、って』
「緊張は……してる」
『いつも通り、やれそう?』
「多分」
『ふふ、ぎこちないのね?私との会話は苦手?』
「いや、別に……」
『そう?良かった』
苦手なわけではない。ただ、次の言葉が思いつかない。一方的に好かれることに慣れてないとでも言うべきか。ただ興味が湧いたとか、そんなことを言われても海斗は簡単に関心を向けられないのだ。
向けられる感心と向ける感心は別だ。感心を向けられるころは嬉しくはあるが。シュレリアとしては好意を向けてくれているのだろうが、深い理由がないのはどうにもむず痒い。
なんで自分なのだ、対して面白いことも言えないのに。そんな自己嫌悪に勝手に陥る。頼むから詮索しないでくれ、と。距離を詰めるのは自分のペースがいい。
つまり、人見知りだ。応対はするけど、自分のペースを乱されるのは大の苦手。接点がある者には好感を抱く。
ヒトには色々なペースがあるのである。大変申し訳ない、心の中で謝罪する。
では何故カノンのことはすんなり受け入れられたのか。答えはでないままだ。
『もしかして、私のこと苦手?』
「苦手ってわけじゃ」
『うーん、じゃあどうして?』
「どうして、って……」
多分言っても伝わらない可能性もあるので、渋る。なんてコミュニケーションが下手なんだ、と自分の情けなさを嘆く。
「んなことより、もうすぐ指定エリアに到着だよな、俺と話してていいの」
『あら、本当!』
話を逸らす。助かった。もうすぐ、問題のエリアに到着だ。
遠巻きに何かが見える。あれは……エインヘリアルだ。あの機体は第一師団の機体だ。第二小隊で間違いない。山岳地帯、開けた部分で、大きな魔物と戦っている。
今まで見たことがないレベルの大きさのドラゴンだ。あの大きさで、どこに潜んでいたのだろう。辺りには小型のドラゴンも見える。厄介だ。シュレリアが全体に通信を入れる。開戦だ。
『第一小隊各機、ただいまより第二小隊の援護に入ります』
各位、戦闘の準備を始める。海斗もまた、機体を動かし準備をする。右手に槍を持ち、左手にはライフルを持つ。降下の準備に入る。同時に自働操縦を解除し、手動に切り替えた。
それから、いくぜニュクス!なんて以前付けたあだ名で機体を呼ぶ。自分だけが勝手に呼ぶのだから気にしない。愛称がある方が判別しやすい。
バーニアの類を止め、鉄の塊の重さの身で落ちる。最大速度で降下すると、身体が重力に引っ張られた。まるで隕石の気分だ。跳び降り自殺をする者が、途中で気を失う気持ちがわかる。確かにこれは怖い。
地面に叩きつけられる手前で、バーニアを吹かす。勢いで着陸せず、自分の速度で機体に負荷なく。
脚の裏にある推進装置で、空気の圧を効かせながら着陸する。周囲の魔物はあまり歓迎ムードではなさそうだ。
ロウに通信を入れようとしたが、通信機が入らない。スピーカーを使うしかない。こちらの通信機がだめなようなら、第二小隊の通信機も同様だった。会話が全体スピーカーでダダ漏れになる。
『おあー!よかったぁ!ナイスタイミングだよ妹ちゃん!』
『あなたを助けにきた訳ではありません』
機体越しに聞こえる、女性の声と、シュレリアの冷めた声。仲が悪いのだろうか。第二小隊の隊長も女性。実力があれば、この軍では性別など関係ない。
『海斗ぉ! 信じてたぜ!』
「よっす、無事?」
『ちょっと危なかった!』
「それはそれは」
ロウだ、無事でよかった。様子を見るからに、ぼろぼろの機体はあれど、死者はいないようだ。前方に大きなドラゴン。周りの小さいのは子供だろうか。ちらほら、一回り大きいものもいる。家族の群れだろう。
赤い肌はいかにも地獄から来ました、という感じで、おぞましい。爬虫類のような見た目と大げさな羽のお陰で、さらに恐ろしさを増していた。
この辺りに住んでいたのだろうか。魔物の中には、ニブルヘイムに住まず、ミッドガルドの自然に隠れて暮らす魔物もいる。食べ物はどうしているのだろう? と考えたが、ミッドガルドの野生動物を殺して、その魂を食べているのだろう。
さっさとあの退治しなければ。戦いの体制に入ると、どこからか砲撃が跳んでくる。今度はなんだ。
『おい海斗、ちょっとまずいんじゃねえの……!』
「あー、ロウはまだいけそう?」
『ちょっと自信ないかも』
「勘弁しろって」
空を見上げる。魔族の機体だ。数は三十機。どこから現れたのか、レーダーにはなんの反応もなかった。
『通信機器が反応をしてない……!』
シュレリアが焦る。何かに妨害されており、艦との連絡も途絶えてしまった。音声通信だけでなく、電波を使った行為の全てが遮断されている。通信、レーダー、電波を使う類のものは全く意味をなさない。
『そう、だから艦に連絡を入れられなかった……!』
少し勝気な女性の声。第二小隊のエイミ・リンドブルム隊長。
『原因は……!』
『不明だった、さっきまではね!』
エイミが叫ぶ。さっきまでは、つまり原因は目の前の魔族達で間違いない。通信不良は魔族の電波妨害によるものだ。
冷や汗が流れる。海斗には、まだヒトを殺す覚悟などない。上空から迫る魔族。同時に襲いかかってくるドラゴン。とにかく今は目の前のものに対処するしかない。
「じゃあ……なんとかやってみますか」