一章


 そろそろ魔物の出現ポイントに着く。レーダーに反応がある。数は約二十。想像よりも多い。
 ぞわり、海斗の身体が震える。武者震いという奴だろうか。
 前方には比較的小柄な、子供のドラゴンが群れで飛んでいる。幼い敵を倒すのは、未来を奪っているようで申し訳ない。考えても仕方がないと、解っていながらやるせない。

 小隊機が足並みを揃えてライフルを構え、シュレリアが合図をする。全員が射撃を開始し、ビーム弾が敵に着弾する。どうやら効いていないようだ、小さくても装甲がかなり硬い。
 弾を受けた敵が一斉にこちらへ声を上げる。鳴き声と言ったほうが正しい。それから、明らかな憎しみの目をこちらへ向け、ワッと迫ってくる。

 海斗は単体で隊列から抜け出す。このまま射撃を行っても、ライフルの残弾が減るだけで無意味だ。機体のライフルを収納し、近接武器に切り替える。装甲が硬い分、鋭い近接武器で貫くしかない。海斗の武器は幸い槍という、敵の硬い装甲を貫くには適した武器だ。
 バックパックから槍をパージする。柄が後ろの外部装甲に装着され、状況に応じて脱着して使用可能なため利便性が高い。先端からはビーム状の刃が出るので、武器本体のエネルギーさえあれば刃を出し続けられる。ビーム性の兵器は殺傷能力が高く、魔物の討伐にはうってつけだ。

 接近して敵を叩く。ドラゴンの子供は大人とは違いサイズが小さいため、当てにくいが耐久力は低い。持久戦になる前に叩くことが好ましい。
機体を加速させ、目の前の幼い命を手に掛ける。生きることとは、何かを犠牲にすることなのだと自分に言い聞かせる。
 目の前にいる生き物がヒトではないというだけで、気が楽だ。突っ込んで、さらに一体切り殺す。この生き物を殺しても、誰も傷つかない。

『赤羽海斗くん!前に出過ぎよ!』

 隊長機のシュレリアに止められる。否、後ろが遅いのだ。自分はできる、確実な自信がある。昨夜の嫌と言う程行った訓練と、敵がヒトではないせいだ。
 周囲も海斗に対抗して前に出始める。何をいまさら。手柄の横取りをされては腹が立つ。
 さらに前に出る。荒れ狂う小さな竜。吠え、呻き、悲鳴。その全てを無視して、命を奪う。刺す。溢れる血、生命の鼓動。赤い、生きた証。

 そうか、この目の前の生き物も生きている。彼らは純粋に生きたいから、ヒトの魂を喰らっている。そんなこと、気づきたくなかった。
 敵も味方も、生きることに必死なのだ。怖い。ヒトの命を奪いたくないと思いながら、他の命は奪っている。ヒトではない生き物から、命を奪っている。
 だが、この小さな竜を殺したところで、誰にも恨まれない。犠牲にしても、誰も否定しない。

 改めて、何故軍人になったのだろう。肯定されるため?ヒトのため?違う。誰からも、なにも奪いたくなかった。奪われなくなかった。
 何を?自分を、そして自分の大切なヒトを。いずれ得る何かを、失いたくなかったから。
 奪われる悲しみや、向けられる憎悪は知っている。戦いで大切なヒトを奪われて、からっぽで独りになった父を見たから。自分はそうではないと、示したかった。

 幼い頃、いじめっ子がいた。なんでも自分の欲しいものは手にしないと気が済まない、いじめっ子だ。意地悪な子だった。
 海斗は何度も搾取され、漫画や玩具を取られた経験がある。その度に先生に泣きつき、仕方がないと煮え湯を飲まされた。自分から何かを奪う、敵。弱者はいつだって指を咥えているしかない。

 目の前の魔物も、海斗から新しい居場所を奪う敵。弱者にはなりたくない。ひたすらに操縦し、敵に接近し、槍で貫いて殺す。
 気付けば、戦闘は終わっていた。何体倒したのかは覚えていない。
 奪わせないことなんて簡単だ、奪いに来るものは殺せばいいのだ。奪われるのなら、奪えばいい。

「なんだ……簡単じゃん……」

 簡単だと言いながら、慨嘆する。力があったところで、自らを守れない弱い心は誰が守ってくれるのだろう。
 どこにも居場所がない。誰にもこんなことを話せない。力や思想だけあっても、孤独だ。何もない、まるで世界が敵になってしまったような感覚。
 母の葬式を思い出す。あの時海斗の頭を撫でてくれたのは、誰だったか。あの日からずっと、何かが抜け落ちている。家族と同じように、いや、家族よりも“大切なヒト”だったのに。
 思い出せない自分に腹を立てて、勝手に落胆し、喉をひりつかせる。

「独りは……寂しいな」

 自分が最初からっぽだったと海斗が気づいた時には、戦う理由を見失っていた。奪われるものなんて、もうなかったじゃないか。


 ◇


「それで」
「……止められなくて」
「……そうか」
「ごめんなさい、お兄様」
「……お前が謝ることではない」

 シュレリアは、軍人として報告を行っていた。その報告の相手が自分の大好きな兄なのだから報告しにくい。
 嫌なものだ、作戦の報告など。それだけの敵をどれだけの時間で倒せたか。使った兵器は。弾薬は。兵数、それから敵の数。数字。結果は全てそこに集約される。あくまで結果だ。そこに行きつくまでの心情は無視される。それが仕事だ。
 カノンは頭を抱えた。数字にではない、どこぞの新人にだ。

「あの子のことは……うまくわからない」
「……海斗くんのことは嫌い?」
「いや、近くて……遠い」
「きちんと話をした?」
「話す必要があるのか?」
「お兄様の悪い癖」
「……なにが」
「いつも、大事なことを話さないじゃない」
「シュレリア、お前がそう思うだけだ」
「でも、話さないよりは話してもらいたいわ」
「……できたら苦労してないさ」

 カノンは苦笑する。自分の癖はわかっている。短所など、生きていれば見たくなくても見なければいけない。その短所を突かれるから不快なのだ。誰だって気持ちよくはない。正論は時として暴力だ。
 それは、カノンの言葉にも同じことが言える。つい、トゲのある言い方をしてしまう。気をつけようと思っていながら、正せない部分でもある。生きている以上、苦悩の連続だ。

「あの子には、随分と酷いことを言ってしまった気がする」
「お兄様が叱ったんでしょ?」
「伝わってなければ叱ったとは言えない」
「後から気にする癖に、ずるいわ」
「何故」
「そうやってあの子の注意を独り占めするの」
「意味がわからない」

 今度は目の前の妹に、頭を抱える。ついでに「卑屈」とおまけの一言を頂く。大切な妹だが、時々意味深なことを言う。真意を理解しようとしても遠ざかっていくのは、兄妹だからか、男と女だからか。

 ペンを握って、仕事に戻る。先日の戦いの始末書が溜まっている。見たくない。民間人を守るために戦っているのに、始末書を書くなんて。
事務的な仕事は全て千怜に押し付けたいが、執務室の椅子も暖めないと怒られる。納期は明後日だ。
 内容は、先日港に停泊していた際、壊した港の修理費やらなんやらについてだ。自分が壊した訳ではないのに。自分がやったこと意外も、役職が上がれば責任が伴う。全く持って理不尽。心の中でカノンがぼやく。
 本当は責任を負う立場など真っ平ごめんなのだが、働いて出世をする度にどんどん自分の理想像とはかけ離れていっている気がする。おかしい。などと言いながらも仕事はするあたり、滑稽だ。

 戦いには向いているのだが、自分の性格はリーダー手向きではないとカノンは自負している。しかしながら、世間一般はカノンの能力が一流であると評価する。
 能力があるのに何もしない訳にはいかない。ノブレスオブリージュというやつだ。こんな能力、誰かに押し付けられるならとうの昔に押し付けている。
 もしくは誰かと性格を交換している。それができないから、嫌々始末書を書いているのだ。誰かこの紙束を燃やしてくれ。

 そもそも誰だ、手書きで始末書を書かせようと考えた奴は。このハイテクなご時世、全て電子機器でササッと入力させてくれてもいいではないか。非効率だ。
 カノンは残念ながら字が汚い。昔から上司に何度も指摘されたことがある。
 それがまたカノンの事務嫌いを加速させていた。何枚サインを書いたところで字など一向に上手くならない。当たり前だ、嫌々書いているのだから。
 しかし、楽しく書いたところで上手くなる訳ではないのだが。またこの始末書も、読めないと文句を言われるのだろう。読んだらシュレッダーにかける癖に。
 ペンを進めながら、シュレリアとの話を逸らす。そうだ、自分の話などいい。今は赤羽海斗の話をしているのだ。

「あの子は、何か言っていたか」
「お兄様について?」
「いや、戦うことについてだ」
「……なにも」
「……そうか」

 ペンを止める。少し、書類から目線を逸らす。

「私は……余計なことをしたのかも知れないな」

 戦う意味を見出すきっかけが与えられればと考えたが、どうやら海斗には逆効果だったらしい。書類の脇にあるコーヒーに、眉を顰めたカノンの顔がのぞいた。
14/34ページ
スキ