一章



 ◇


 仮想ALIVEシステム。全く未知のこのシステムは、海斗が実機に搭乗して、はじめて搭載されていると知った。端末に概要は書いていない。機体整備をするエンジニアと一部の者しか知らない、秘密裏のシステムだろう。
 他の量産機と違い、コントロールパネルの上部に半球体のホログラムが設置されている。使い方も効果も不明だ。
 どんなシステムだろう。一発逆転の不思議な武器が出てくる、魔物を一気に消し去る、など色々な可能性を考える。そんな都合のいいものはないか、と思いつつも期待をする。あったらいいな、くらいは想像しても自由だ。
 現状ではどうしようもないので、帰還次第エンジニアに聞く必要があるだろう。

 本日は任務だ。軍人となって初めての任務である。内容は、北に30キロの地点に観測された浮遊型の魔物の討伐。浮遊型であるから、恐らくドラゴン型や鳥型の魔物と予測できる。
 つまるところ、海斗は今エインヘリアルに乗っていた。

 討伐は十数名の小隊を組んで行う。第一から二十までの小隊があり、それぞれ一定の階級の軍人が隊長を務める。
 海斗の所属は第一師団の第一小隊、何とも覚えづらい。隊員は偶然にも彩愛がおり、人見知りはせず済みそうだ。しかし海斗は自ら話しかけるのは苦手なので、機会があれば話す程度になりそうだ。
 会話など、面倒だ。深い仲になるだけ、労力を使う。気の合う奴とだけ会話していればいい。後は当たり障りなく適当に流せばいい。

 機体は目的地付近まではオート操縦が可能なため、常に一定の速度と高度で空を飛んでいる。人生も誰かが勝手に舵取りをしてくれないだろうか。それこそ他力本願か、と今までのだらけた自分を思い出す。

『海斗くん、凄いね』
「え?何が?」

 彩愛が音声通信で海斗に声をかける。何も凄いことをした覚えがない。ここのところ驚くほどに調子が悪いのだ。おとといは叱られたし、昨日はボコボコにされた。今日は眠気が酷い。 


『昨日遅くまで訓練してたんでしょ』
「え、いや」

 もうあそこまでくると、“させられていた”が正しい。
 昨日の夜、カノンと二人で黙々と訓練をさせられた。途中で寝たいと思ったのだが「もう限界です」とは言いづらく、解放されたのは空が少し明るくなる頃だった。
 大型のドラゴンを数も忘れる程に倒した。装甲が硬く、凶暴。個体ごとに能力も大きさも違うため、ベテランでも苦戦するような魔物だ。
 訓練に対して、カノンがあんなにストイックだとは知らなかった。お陰で今ならドラゴンの魔物が来ても、負ける気がしない。
 加えて長時間の訓練をしたため、カノンの動きも少しは理解できた。真似をするには程遠いが、戦いに多少取り入れられるだろう。

 さて、第一小隊の隊長は女性の士官、シュレリア・グラディウスだ。彼女はカノンの双子の妹なのだという。そういえば、入隊の日にトイレに行く(ふりをしていた)時、会った気がする。カノンに良く似た淡いプラチナブロンドと、整った容姿はまさに美女。
 艦を出る前に、「よろしくね、海斗くん」と言った柔らかい笑みを思い出す。本当にあの無愛想で嫌味な男と兄妹なのだろうか、疑わしい。
 すぐに任務をこなせるようになのか、今回は第二小隊も一緒だ。こちらにはロウもいる。向こうとはあまり交流はしないが、困った時にはお互いに手を貸せるだろう。

『よう、げーんき?』
「……おまえなあ」

 前言撤回、すぐに交流が始まった。ロウから通信だ。暇人か、こいつは。「なんだよ」とぶっきらぼうに返せば、『海斗くん冷たい』と裏声で返ってきた。
 要件は暇だったから、らしい。任務中に吞気なものだ。

『なあ、機体の名前考えた?』
「機体の名前?」
「そ、必殺技みたいな。あるとやっぱやる気出るじゃん」
「んー……」

 気持ちは解らなくもない。かっこいい名前をつけて機体を呼ぶのは、愛着も湧くしモチベーションが上がる。昔テレビでやっていたロボットアニメのように、イケてる名前を付けたいものだ。

『俺、はミラにしようかな』
「ロウさ、流石に妹の名前つけんのやめろって」
『そういう海斗はどうすんの』

 どうすんの、なんて言われても何も考えてないので、候補もなにもない。
 強いて言うなら……月を思い出した。昨日の夜の月。記憶の中の月。ゆらめく月光。どこか懐かしい淡い光。
 なんとなく、カノンから懐かしい感じがしたのは気のせいか。遠い昔から、ずっと知っているような。ナンパ氏にしたってもう少しまともな口説きを思いつくだろう。今のは忘れることとする。昨日の数時間だけで、親近感を抱きすぎだ。

「月……夜のこと、考えてた」
『夜ぅ?』
「そう、夜」
『んじゃあニュクスとかにしたら』
「どんな意味、それ」
『確か神話の神様。夜とかの神様だった気がする』
「へえ、月じゃないんだ」
『月って夜に見えるじゃん』
「昼にも見える」
『あれは別』
「んー、じゃあ君の名前はニュクスに決めた!」
『はは、前よりいい名前になったじゃないか』

 茶番をする、いつものことだ。揃ってくだらない会話をするのが好きだった。ロウがネタを振って、海斗がぼさっと答える。二人の会話の流れは親しくなった時からそうだった。ロウは海斗が気を許せる、数少ない交友相手だ。

 ニュクス、何故だか良い響きだ。せっかくだから使わせてもらおう。いくぞニュクス!と心の中で叫ぶ。特に誰にも言わない。何故なら恥ずかしいから。しかも外見は量産機。なおさら恥ずかしい。そのうちカスタマイズが可能になったら、堂々と機体名を呼ぼう。

13/34ページ
スキ