一章



 ◇


 格納庫。ついにシュミレーションの結果発表と、機体の割り当てがされる。
 ずらり、機体が並んでいる。艦内の案内をしている間に、整備班が仕上げたのだろう。これが海斗達の乗る機体。量産型であるため顔の個性がない。
 その変わり武装と些細な設定が各機、個性的である。これ以上の個性は自分の給料を使ってカスタマイズするか、昇格が必要だ。
 カノンが整備の人間を呼び寄せる。ツインテールが良く似合う、童顔の女性だ。後、胸がスイカのように大きい。健全な男子としては重要ポイントだ。つなぎの上からでもわかるスタイルは、いい意味で視線を向けづらい。

「副整備長のアリーシャだ。君達の機体の整備を担当してくれる」
「どうも!皆が艦内を見てる間に、少将からもらったデータでしっかり作っといたよ!」

 今度は見た目を裏切らない。溢れる陽気な気質は見て安心する。アリーシャから各々タブレット端末を受け取る。薄い電子の板でなんでもできるとは、世の中便利なものだ。

 海斗がタブレット画面を突くと、機体の武装や大まかな使用方法、シュミレーションの結果が記載されていた。
 ロウの端末を覗き見る。戦い方に関する指摘から、癖、長所、短所。鋭い視点から細かに記されている。学校の先生のような文体であることから、カノンがフィードバックした連想できる。いつの間にここまで分析したのだろうか。
 彩愛の端末も覗き見る。動きのアドバイスや、攻撃の際の最適なタイミングが記されている。どうやら個人個人、内容が違うらしい。

 海斗の端末には、先ほど言われたことの捕捉が簡潔に書かれているだけ。冷たい男だ。一体自分になんの怨みがあるのだろう。もしくは、何度も同じことを言いたくないか。
 武装の確認を行う。尖端が大きめで、突くよりも切り裂くことに適した槍を支給される。場面に応じてビーム状の刃を出して大きなトマホークにもできるらしい。
 左腕には盾と、腰には連射型のライフル。弾数が多いため、数を撃てばなんとやら戦法が使えるタイプだ。射撃が苦手なことを見抜かれたらしい。
 ブースターは加速性が高く、一気に速度を上げて距離を詰められる。速度重視のため、旋回性能はあまり良くない。猪突猛進な海斗としては丁度いい。この短時間でよく分析されている。

 一連の流れを終え、号令を揃えて本日のお仕事は終了である。この後の時間は自由行動だ。明日以降は訓練、実際の討伐任務に移ることとなるだろう。
 まだ制服に皺のない若人達が、ぞろぞろと部屋に戻っていく。時間もそろそろいい頃合いだ、夕食といこう。ああ、夕食の後は一人十五分のシャワーも済ませなければ。地上とは違い水に限りがあるので、節水も仕方がない。この後どう過ごすか、計画を立てながら海斗もまた、部屋に戻った。


 ◇


 誰もいない、深夜の廊下をゆっくり歩く。海斗は夜が好きだった。音がなく、静寂に包まれる時間は心が安らぐ。恰好はラフにTシャツ、ズボン。少し肌寒い。冷房の寒さというより、鉄の無機物に囲まれた冷たさ。
 いつも胸にあるペンダントを手に握る。ペンダントの石を握ると、不安が和らぐ。母が近くにいる気がする。

 丸い窓から、外の様子を見る。月明かりが窓から差し込んでいる。今日の月はレモンの形だ。後数日もすれば満月になる。時々こうして、月を眺める。理由は不明だが、月を見ていると落ち着く。
 雲はあまりない。何者にも拒まれず、姿をさらけ出す月は海斗を誘っているようだ。

 シュミレーションルームに辿り着く。装置を適当に選んで電源を入れ、乗り込む。自由行動前の説明では、艦内のある程度の施設は自由に使用できる。
 夜中まで起きているのも自己責任なので、翌日に響かなければ何も咎められない。状況に応じて夜中に待機している士官もいるので、完全に艦内が寝ている訳ではない。先日のように、いつ魔族の襲来があるかわからないためだ。
 電源を入れると、静かに装置が挨拶をした。敵の設定はドラゴン、小ぶりな竜の形をした魔物数体にする。好き好んで敵機を相手にしたくない。
 自機の設定は、所持しているタブレットからケーブルを繋いで送信する。インプットさせればすぐにシュミレーションで使える。文明に感謝だ。

 装置の設定をしているところで、近づく足音に気付いた。この足音はどこかで聞き覚えがある。あまり高くないヒールと、静かだが一定の重みが地面を叩く音。足音の主を理解したと同時に、接近する音の主と目が合う。

「……、先客がいたとは」
「……あんたでも訓練すんだ」

 カノン・グラディウス。向こうもワイシャツとスラックスでラフな格好をしている。海斗の何かに驚いた顔をしてから、また無表情に戻る。なんだ、何が言いたい。

 訓練をしている所を見られるのは気持ちよくない。というのも、海斗は自発的な訓練をするのは初めてだった。努力している部分を見られるのはむず痒い。
 カノンは見られるのは苦手ではないのだろうか。訓練などしなくとも充分に強いだろうに。これ以上強くなられては追い付くどころではなくなる。

「あんた、もう少し椅子あっためたら」
「怠慢もいかんだろう」
「偉いヒトって、普通はサボるもんだろ」
「それは決めつけだ」

 カノンが向かいの装置に乗る。
 男にしてはしなやかな手。強張った骨が少し色っぽい。睫毛は長い。女性のようだ。シュミレーションの起動画面を見る瞳は、闇夜に浮かぶ蒼い月。周囲が暗いせいか、余計にそう見える。やけに白く見える肌は、妙な気分になる。

「……私の顔に何かついているか」
「え?いや……」
「お前は私を観察するのが趣味なのか?昼間から視線が痛い」
「それは……ごめん」
「自覚はあるのか」

 気付かれていたのか、「せめて気づかれないように見ろ」と釘を刺される。わかっているならもっと早めにご指導いただきたいものだ。

「稽古をつけようか?」
「……いらねえよ」
「なら、一緒に戦ってみるか」
「は?」
「シュミレーションの話だ。実際に隣に立てば見えるものもあるかも知れん」

 共に魔物をシュミレーションで討伐しようという提案だ。嫌味な男とばかり思っていたので、世話を焼かれると調子が狂う。
 実際、間近で動きを観察して取り入れるのも良い経験になるだろう。癪だが、有難い申し出なので受ける。
 了承をすると装置同士が繋がれ、画面が共有される。カノンが設定を弄っているようだ。先ほどの設定では小型の魔物を設定したのだが、大型の魔物を設定される。

「おい、ちょっと」
「自信がないのか?」
「……ちげえよ」

 そう言われてしまうと何も言い返せない。無言でハッチを閉め、操縦桿を握る。こうなったら四の五の言っていられない。
 フィールドが設定される。尖った岩が目立つ、高山地帯だ。
 実際、郊外に魔物が潜んでいることもあるため、足場が不利な地形での戦闘も充分にありえる。自分で設定したらまずこんなフィールドは設定しない。
 ハッチを閉めて訓練に入と、全面に自然な風景が表示される。仮想だがよく再現されており、現実となんら遜色ない。

 レーダーに反応。東に魔物の反応。シュミレーションでも気は抜けない。ましてや、見られている。ただでさえ情けない姿を、二度も晒しているのだ。ここで「自分はできる」と見せておかねば。
 戦闘に入る前に、カノンが音声通信で海斗に声をかけた。早速ダメ出しだろうか。

『赤羽海斗。質問がある』
「……なんだよ」
『何故軍人になった』
「……それは」

 動きが止まる。わからなくなった。考える。軍人になろうとした意味。ヒトを守りたいつもり……だった。

「……自分は操縦できるから、向いてるって。自分ならヒトを守れるって思ってた。でも、綺麗ごとなのかなって」
『……』
「昔はずっと守りたいヒトがいた」
『……今は?』
「……わからない、思い出せないんだ。誰を守りたかったのか」

 何も偽りは言っていない。今まで思っていたことを話す。何故こんなにペラペラと話をしているのだろう。戦闘中だから、気分が高揚しているのか。

『……そう、か』
「やっぱおかしいかよ」
『……いや、おかしいとまでは言わない』
「どういう意味」
『軍人とは、本来ヒトを守る仕事だ』

 そのために力は必要だ。だが、使いどころを誤れば力は凶器となる。それが他者のためではなく、自分の存在を満たすためであるなら、なおさら。
 わからなかった。海斗にとって誰のために戦えばいいのか。ヒトのためではなく、結局は自分エゴのためだった。でも、他人のために生きたことがない。生きるとは、本来自分のためだと考えていた。

「けど、あの時は俺のこと、怒った」

 ヒトを殺せなかったことを。いや、自分本位だったからか。自分が認めてもらいたかったから。今もそうだ。この男に自分は「できる」と認めてほしい。自分のことばかりだ。

『怒ったんじゃない、叱ったんだ』
「叱った?」
『いや……伝わらなければ独りよがりだな。すまない。あの時のお前は何故軍人をやっているのかわからない、そんな顔をしていた』
「……守るために殺すことが、本当に正しいのかって。わからなくなった」
『……世の中にはきっと、本当に正しいものなんてないさ。だが、本当に守りたいものを守るためには、自分を押し殺して殺さなければならない時もある』
「守りたいものって」
『部下、民衆……手の届く範囲だ。私とていずれは誰も殺さない世界がくればと……思っている。だが、そのためには自分にできることから、やらなければならない』
「なんで」

 名前も知らないその他大勢のために必死になれる。自分を他人に認知してほしいから?違う、カノンが見ているものは、きっとそんなものではない。

『私がそうしたいからだ』
「……俺、そういうのわからない」
『いずれわかる。……海斗、今は迷っていてもいい。生きるとは、きっと迷って……考えることだ。だがいつか、軍人である以上ヒトを殺さねばならない時がくる。答えを出さなければならない時もくる。何故戦うのか、何故軍人になったのか、軍人を続けるのか。私個人としては、軍人など辞めた方がいいと思うが』
「……上官としての忠告?」
『個人として、だ。さあ、敵が来るぞ』

 少しだけ優しくなったこの男が、途端に暖かく思えた。つい先ほどまで、嫌な奴だと思っていたのに。前を見ると、大きな竜が壁のように立ちはだかり、海斗を笑っているようだった。
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