一章


 新人の軍人が将官と模擬戦闘を行うなど、前代未聞だった。実力に差がありすぎる。海斗の中の感情は暴走気味に蜷局を巻き、鼓動が身体中をどんどん叩く。恐怖と同時に闘争心。
 いまここで実力を示せば、軍人として戦えるということを同時に示せる。昨日の自分とは違う点を見せなければならない。

 海斗達の乗る量産型のエインヘリアルのカラーリングは白をベースに、青のラインが入った爽やかな色合いをしている。丸みを帯びた頭部が特徴だ。
 仮面のような目元は液晶となっており、メインカメラの役割を果たす。電源を入れると点灯し、目を覚ます。量産型のメインカメラは黄色く光るようになっており、シンプルな機体カラーとは裏腹に、目元は派手だ。
 前方にはカノンの専用機ではなく、量産機が設定されていた。手を抜いていると見て取れる。

「いいのかよ、自分の機体じゃなくて」
『使うまでもない』
「なら、使わせてやればいいんだろ」
『ほざけ』

 嘲笑される。舐められているが、相手にされているだけまだ見捨てられてはいないということか。どこまでも嫌な奴だ。彼が全力を出したところで海斗に勝てる見込みはないが、実際の動きを見なければ成長もできない。今はこの男が壁なのだ。
 海斗自身、ここまで戦いへ焚き付けられたのは初めてだった。著しく自尊心を傷つけられたのもある。だが、それだけではないことも確かだ。
 生まれて初めて、戦うことに目標を立てた。当面の目標として小さいことであっても、モチベーションに繋がる。

 模擬戦は、先に相手の機体の頭を取るか、胸部への攻撃でコックピットを破壊した判定になれば勝ちとなる。方法は問わない。接近武器で頭を叩き潰そうが、遠距離武器で打ち抜こうが自由だ。遠距離戦が得意な者は射撃武器を、接近が得意な者は好きに接近武器を設定する。
 海斗は昔から接近戦を得意とし、槍を好んで使っていた。ライフル等の射撃武器は、敵と距離が開いている場合など、状況に応じて使い分けている。

 カノンが動く様子はない。仕掛けてこいと言っているのだろう。機体の腕を組み、こちらを見物している。
 お言葉に甘えるとしよう。最初から勝てるとはさらさら思っていない。まずは海斗にとって、カノンの機体に傷をつける所がスタートだ。
 何年軍人をやっているかは知らないが、彼が桁外れの操縦技術を持っていることには間違いない。昨日の戦いで見た動きには、隙がなかった。あの動きについていくには、機体性能だけでは無理だ。

 まずは観察する。武器は抜かれていない。腰に長剣が一本。あれだけは彼専用のものだろう。カノンは確か、両手に剣を持って戦っていた覚えがある。
 海斗の相手にはまだ一本で充分ということだろう。普通の剣よりも随分刀身が長い。ぎりぎり大剣の部類にはならないサイズだが、大きいことに変わりはない。よくもまあ、あんな長い剣を片手で振り回せるものだ。剣先が細い分、軽いのだろうか。

 左手にライフルを用意する。まずはいつも通り、遠い的には射撃といこう。引き金を引くと、ビーム弾が発射される。仮想とはいえ、よくできたものだ。
 するり、カノンの機体が回避する。回避というより、横に少しずれただけだ。弾道がわかっていると言いたげな動き。何発か撃ったが、まるで当たる気配がない。駄目だ。
 ライフルを捨て、武装変更ボタンを押す。ガトリングに切り替える。すぐに使いたい武器を変えられるのはシュミレーションの良いところだ。実弾を勢いよく連射し、穴をあけてやろうと目論む。
 目標は猫が体操をするかのようにしなやかに動き、弾を避けていく。これも全て当たらない。嘘だろう、何百発と弾を撃ったはずだ。速度だって申し分ない。

「うっそだろ……こんなの避けれるのか?」
『どうした、私は当てにくい的か?』
「馬鹿にしやがって……!」

 気が立ってくる。他人を煽るのが上手い。予め設定した槍をバックパックから外し、接近戦に持ち込む。相手は手練れだ、油断せず、じりじりと距離を詰める。せっかくだ、得意な分野で勝負するに限る。
 距離が短くなったところで、不意打ちを狙い一気に駆け出す。ドスンドスンと大きな音を立て、急速に接近。槍を突き出し、相手の頭部を狙う。
 素早く突き出したが、獲物が上に消える。跳んだかと思いきや、槍の先にとん、と音もなく軽やかにつま先が乗る。

『動きが単直だな』
「っ……!」

 槍を引く。カノンの機体はその瞬間に身をひるがえし、地面へ羽のようにしなやかに落ちる。どんな操縦をしているんだ。
 今度は横に切り払う。それから下から斜めに切り上げ、柄で突きを入れる。対して、相手はバックステップを踏んだかと思えば左へ大きく動き、仕上げはバク宙。何もかも避けられる。再度大きく突き出す。槍の先を手で掴まれ、勢いがなくなる。
 打つ手がない。ここまで駄目なものなのか。

『目はいい。だが予測がしやすいな、隙がある。動きが大振りだ』

 丁寧に解説付きである。

『それで……終わりか?』
「そんなこと、」

 ある。何をやっても避けられる気しかしない。これがこの男の実力。量産機で手加減されてこのザマか。機体差はないはずなのに、戦場では経験と技術がモノをいう。

『お前は……ゲームはやったことがあるか』
「は……?」

 突然、おかしな質問をされる。今は訓練の最中だ。この会話にも賃金が発生しているはずだ。それなのにゲームの話。意味がわからない。彼なりにわかりやすく説明しようとしているのか。

『そうだな……アクションゲームは?』
「まあ、ほどほどに」
『アクションゲームに登場する、わかりやすい動きをする中ボスがいるだろう。奴らは動きがプログラミングされ、行動パターンが決まっている。だからプレイヤーは瞬時に判断し、避けることが出来る』
「……俺はその中ボスか」
『ご名答……と言いたいところだが、まだ道中の雑魚だな。がさつすぎる』
「んぐ……!」

 わかりやすい例えなのがどこかムカつく。中ボス以下、雑魚、がさつ。散々な扱いだ。
 しかし、言っていることは事実なのだろう。行動がパターン化していて読みやすく、安易に避けられる。振りが大きいため、次にどの動作を行うかがわかりやすい。ついでに動きもうるさい。これが海斗の欠点。
 今まではなんとかなっていたが、これからは通用しない。的確に見抜いている。伊達に司令官を名乗ってはいない。

『さて、ランチの時間だな』
「は?」
『時間切れということだ。なかなか面白かったぞ』
「待っ……!」
『私の指導を直接受けられる新人はなかなかいないぞ。幸運だったな』

 カノンは長剣に左手をかける。海斗が身構えた途端、視界から目標は消えていた。金属音が秒速で鳴り、海斗のモニターが消える。刹那、ハッチが開く。
 シュミレーションを遮断された。機体の頭部を切り落とされたのだ。瞬きをする間もなく、ゲームオーバー。全く目視できなかった。

「……嘘、」

 広がる現実。冷たい室内と、声を失った観衆。向かいに、装置を降りるカノンの姿。
 待て、まだ何も終わっていない。弱点だけではない、この後どうすればいい。改善の方法は?動き方は?どうすれば越えられる?
 知りたいことを何も得ていない。少ない選択肢でさえ、海斗には選べない。何を選べば正解なのだろう。

 ゲームで学んだこと、本で読んだ内容、父から教えられた知識。海斗が知っていることは、まだまだ少ない。もっと多くを知らなければ、カノンと対等になれないのに。焦燥感。頼むから、続きを教えてくれ。
 海斗がコックピットで茫然としている間も下で会話が進んでいる。食事の話でもしているのだろう。
 カノンと目があった。否、他のヒトと目が合わなかった。まるで「早く降りてこい」と言っているようだった。
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