tweet tweet

とりとめのないことをそのままに
(完結した小説の後日談はカテゴリーを切り替えると
お読みいただけます)

記事一覧

  • 冬休みの思い出

    20221228(水)00:01
    拙作「Pear toxic」完結後の年末、実弥が幼少期の思い出話を主に聞かせているようです。



    3園ある梨園の枝の剪定も年内分が終了し、直売所と自分たちの住む旧家、離れ、そしてこの母屋の大掃除も午前中であらかた終わった。
    みんなで昼飯を食べて弟たちは離れに戻っている。
    俺たちはチビたちがうとうとし始めてしまったからこの母屋の居間にあるこたつに入っていた。
    俺の腕の中にいる長女は1歳4ヶ月になり、ふたりの兄の後ろを追いかけては自分も男だと思い込んで怪我が絶えず、俺をいつもヒヤヒヤさせている…
    ピーマンが嫌いだった5歳の長男は今やピーマンの肉詰め焼きが大好物になった。母親である彼女が泣いている姿を心配していた3歳の次男は今もよく人の顔色を見ては大人顔負けに背中を摩ったり、頭を撫でたりと癒し系まっしぐらだ。俺の向いに座る彼女の腕の中でテレビ画面をチラチラと観ながらも右に左に船を漕いでいる。あと10カウントしたら寝るだろうな。
    長男はこの居間にある大型テレビで録画された戦隊モノを観ている。

    「この時期になると冬休みの宿題を思い出すんだよなァ」

    「1月の始業式前日に慌ててやったとかそんな感じでしょ?」

    宿題が終わらねぇ…と泣きながらやっている俺を想像しているんだろう、クスクス笑ってテレビ画面に映るピンクの戦士を指差して「あの子かわいいね」なんて長男に話しかけている。
    次男はと言うと、本当に10カウントする内に彼女の腕でこてっと頭を預けてわずかに口を開き平和そうな顔つきで全身脱力状態で寝息を立て始めた。

    「人を見た目で判断するんじゃねぇよ。こう見えても冬休みの宿題は年内に終わらせる主義だったんだぜ」

    「なんでまた」

    「そりゃあ正月にもらえるものを握りしめて何か買いに行けるし…」

    「じゃあ宿題のいい思い出しかないんじゃないの?」

    意外、と言う表情をしながら俺の続きを待っている。

    「いや…それが…小6ん時、そう、忘れもしねぇけど書き初めの宿題があってそれも今の時期にやってたんだよ、自分の部屋で。習字はまあまあ好きで授業もちゃんとやってたから。『少年の志』ってお題で」

    「書き初めは1月2日にやるものだと思ってたけど年内にやる人もいるのね」

    「まあいつやっても問題ないだろ?で、結構枚数書いて納得いくやつが書けた、って乾かしてたらそん時 小1だった玄弥がバァンってドアを蹴破る勢いで乱入して来て、見事に俺の書き初めを踏み破って来たわけ。だいぶ中二病に突入し始めてた俺だったから瞬間湯沸器だよな、カァッとなって5つも下の弟の胸ぐら掴んで取っ組み合い…」

    「それ…墨池とか筆とか出したまま、デスカ…?」

    語尾をカタコトの発音にするくらい慄き、察したようだ。

    「そ。ご想像通り。顔、服、床、もう墨汁だらけ、メチャクチャよォ」

    「で…ドウナリマシタカ…?」

    笑っていいのか憐れんだ方がいいのか複雑な顔をしている。

    「まだ幼稚園年長だった寿美がヤバいのを察してすぐに母親を呼んで来て、俺たちの惨状を見遣ってとてつもなく冷酷に『お父さん、呼んでくるわね…』ってなァ… あ、終わったな…って玄弥と萎んだよな」

    「お父さん、手は飛びそうにないけど…まさか…」

    「そう、あんな雰囲気だけど手は出ない。だけど『廊下でふたりとも正座して座れ。先に痺れて脱落したやつはお年玉半額だ』って言い放つわけよ。俺も玄弥も必死で正座したよな」

    向かいに座る人は腕の中の次男に顔をうずめながら肩を震わせて笑いを堪えている。

    「でだ。たぶん10分くらいで痺れがピーク。そっからは感覚がなくてふたりで右に左に身体捩ってみたり、足指を動かしてみたり。太腿に手を突いて何か奇跡が起きねぇか念じてみたり、もう何でもやったよ…
    12月のこの時期の廊下ってわかるだろ?脛は凍るわ、トイレも行きてぇわ…
    隣の玄弥を見ると俺と同じように辛そうにはしてるんだけどまだなんとなく余裕そうでさ。そこで思い出したんだよ。玄弥は友達に誘われて幼稚園から空手を習ってて正座とかし慣れてたんだよ、俺よりな。
    あー、もう限界、って俺は横に折れましたとさ。そんな冬休みの思い出ェ… 隣で玄弥は『にいちゃんに勝った…』とか呟いて浸ってるし」

    まさに俺があの時、横に崩れ折れたように彼女もぐっすり眠る次男を抱えながら真横に倒れて笑い転げている…

    「あー…っハッハッハッ…もう、辛い…お腹が捩れます…じゃあお年玉は半額になっちゃったわけね…ふっハッ…」

    目尻に溜まった涙を指先で拭っている。

    「そう。俺は1万円もらう予定だったんだよ、まあなんだか年齢にしてはもらってたんだよな。で見事に5000円しかもらえなかった…
    だけど後日談があって、親父にひとり呼ばれて『春から中学だし貯めとけ』って結局残り5000円も貰えてな。
    さらに母親にも別に呼ばれて『半額はかわいそうだから』って5000円くれたんだよ。と言うわけで5000円儲けたってオチ」

    「へぇ…結局5000円多くもらってたのね?知らなかったわぁ」

    「そうなんだよォ」

    と返答したが目の前で笑い転げていた人は俺の頭上を見上げて口を開けてさらに爆笑の領域に入ろうとしている。
    すでにその声の主は誰だか分かり切っていたが後ろを振り返ると、ふふんとほくそ笑んでいる母親が立っていた。

    「サネくん、ずるいんだぁ〜」

    母親の横から寿美の娘もひょっこり顔を出して腕組みしている。台所で母親と寿美と昼飯の後片付けの手伝いをしていたが終わって居間に来たんだろう。
    こいつはうちの長男の一つ上だから今6歳か。

    「お兄ちゃんさ、あの後、半泣きで部屋片付けて書き直してたよね」

    寿美もその後ろから加わる。

    「じゃあその5000円とやらでランチビュッフェでもご馳走になろうかしらね?女性陣全員で」

    やったー!と姪が跳ねている。

    「んだよっ。みんなで行ったら5000円じゃ足りねぇだろうが。あれはあの時の俺の行いがよかったからじゃねぇか… 賞、……」

    と言いかけてどこにランチビュッフェへ行こうか、貞子も誘わなきゃなんて盛り上がっている人たちにこぼすことはやめた。
    あとで旧家に戻ったら知っていて欲しい唯一の人に伝えればいい。

    「癒しの子、抱っこさせて」

    彼女から次男を抱き抱えて母親が横抱きにする。何を察したのか寝ているはずの次男の口から

    「とと、いいこ…いいこ…」

    そんな声が漏れる。
    そこにいる全員が声にならないほっこりする呻きを漏らした…
    テレビを観ながら同じくこてんと寝てしまった長男を俺が、長女は彼女に、そして母親が癒しの子・次男を俺たちの旧家に運ぶ。
    母親はそのまま母屋に引き返して行った。
    居間に敷いた昼寝用の布団に3人を寝かせるとコーヒーを淹れて運んできた彼女に伝える。

    「あの後、書き直した書き初め、校内席書会で金賞獲ったんだよ…」

    「そっか…いいこ…いいこ…」

    こたつの天板にコーヒーを置くと彼女は俺の胡座の中にすっぽりと嵌まって頭を何度も撫でながら口元を寄せて来た…
    『少年の志』
    それは生涯守りたい人を見つけること、だったのかも知れない。
    コメントする ( 0 )

    小説後日談

  • ぎっくり腰注意報

    20221227(火)01:35
    大掃除をされる方も多いこの時期、寒い場所で慣れない体勢をし続け、筋肉を冷やしてしまい痛めてしまうことも…
    拙作「tourniquet (ターニケット) ─止血帯─
    Am I too lost?」「4ページ」にあるように実弥さんの勤務する治療院へ駆け込み施術を依頼する方がどうやらお見えのようです。

    「カミさんに言われてね、脚立に乗って天井に付いているシーリングライトのカバーを外して中に入ったゴミや虫の死骸を掃除してたんですよ。そうしたらだんだん腰が痛くなって来て… すぐに湿布を貼って対処したんだけど痛みが引かなくてね。年末、孫たちも来るしよくしておかないとと思って… 先生、宜しくお願いします」

    「ああ、これは典型的なぎっくり腰ですね。重たい物を持たなくても同じ姿勢で作業すると筋肉を痛めてしまうんですよ… 骨盤と筋肉を今から調整しますね。お孫さん何人でしたっけ?5人いらっしゃるならちゃんとよくしておきましょう!」

    そんな年末の治療院の様子。
    皆さまもどうぞお身体冷やさぬよう、暖かい服装で大掃除や買い出しなど新年を迎える準備をなさってくださいね。
    コメントする ( 0 )