【ゴルトレ♀】遭難する話

 いつも通りゴルシに担がれてたどり着いた先は、大きな無人島だった。
 「ゴルシゴルシゴルシ〜!ゴルシ〜を〜食べ〜ると〜〜〜」
 赤いジャージから伸びる銀色に輝く尻尾が、ふっさふっさと揺れている。私の担当ウマ娘、ゴールドシップは海を背景に朗々と歌い走っていた。日頃のトレーニングの成果だろう、砂浜でも全く足を取られることなく、足取りは軽やかだった。
「ねえ、ゴルシ。ここはどこな……」
「島」
 いつのまにか横にいた彼女は、私が質問をし終える前にそう答えた。
「いや、それはわかるんだけどさ……」
 彼女の返答は、もちろん私の求めている答えではなかった。何かを質問した時の彼女の答えは大抵、こちらの望んでいるものではなく、まともな答えが返ってくることはあまりない。
「それだけ分かればジューブンですっ!! トレピッピ大正解〜っ! ご褒美はゴルシちゃんのゴルゴルキッスで〜す」
 後ろから私の背中をバシバシと叩いていたゴルシは、そのまま腕を肩へと伸ばし、ぎゅっと私を抱きしめ、私の頬にぶちゅうと濃厚なキスをした。
「もう、キスは禁止って言ったでしょ! そういうのは好きな人にするものよ」
 私は背中にくっつくゴルシを離そうと必死にもがいたが、所詮人間の力。トレーニングを積んだウマ娘の力には勝てなかった。
「なんだよー、釣れねぇなぁ。あたしはトレーナーのこと回転寿司のえんがわくらい好きなのによ」
 彼女は私をぎゅうぎゅうと抱きしめながら、ああだこうだと文句を言っていた。
 私よりはるかに背の高い彼女にバックハグをされると、だめだとわかっていても、なんだか胸がドキドキしてしまう。私は赤く染まっているであろう自分の頬が彼女に見えないように、必死で顔を背けた。
 ーウマ娘とトレーナーは、決して恋仲になってはならないー
 トレセン学園の規則にそう明記してある以上、私が密かに持っているゴルシへの恋愛感情は決して表に出すことを許されていなかった。
 だから、こんな気持ち捨ててしまおう、と思っているのに。なぜかゴルシは、やたらと私に触れてくる。
 もともと彼女は色々な人やウマ娘たちに絡んでいくスタイルだ。きっと一緒にいる時間が長い分、その絡みがエスカレートしているだけなのだと思う。
「私の気も知らないで」
 つい口からこぼれた一言は、彼女の耳には届かなかったのだろう。彼女の高い体温を背中に感じ、思わず心臓が速くなる。ただの気まぐれに振り回されていると思うと、少し悔しかった。
 しばらくすると彼女は
「あーっ!! ゴルシ星から通信が! ちょっくらいってくるぜぃ」
 と言って私たちのいる砂浜の後ろに聳え立つ崖に向かい猛ダッシュで駆け出していった。
「しかし、ここはどこなのかしら」
 私は解放された背中を伸ばし、辺りを見回した。今まで何度も無人島へと運ばれたことがあるが、大抵は同じ島で、ゴルシも帰り道を分かっていた。
 こんな島、見たことがない。いつも連れていかれる島には、あんなに高い崖はなかったし、ヤシの木もここまでたくさんは生えていなかった。見渡す限り海しかなく、いかだも見当たらない。彼女は私を担いだまま、どうやってここへと辿り着いたのだろうか。
 次々と生まれる疑問たちで頭はいっぱいになり、それらは私に不安という感情をもたらしていく。
 ひょっとしたら、もう帰れないのではーーー
 血の気がさっと引いていった。
「無人島で遭難、ウマ娘と担当トレーナー、各一名が死亡」
 そんな架空のニュースが頭の中に流れた。不安でパニックになっている私をよそに、ゴルシは魚釣りに夢中になっていた。
「いやぁ、大量大量! オメーも食べろよ、ほらほら!」
 あたりはもうすっかり暗くなっていて、目の前にある小さな焚き火だけが私たちを照らしていた。
 そう言って彼女は、木の枝に刺した焼き魚をぐいと私の口元に押し当てた。彼女の性格上、食べなければ、延々と私に魚を押し付け続けるだろう。不安から食欲はあまりなかったが、魚を二匹ほど胃に押し込んだ。
「ねえ、ゴルシ。そろそろ帰ろうよ、もう暗いし……」
 両手に魚を持ったまま、彼女はおう! と元気に答えた。
 良かった。帰り道、ちゃんとわかってたんだ。
 と思っていた、その時
「で、どーやって帰るんだ?」
「ええっ! 帰り道わかってるんじゃ……」
「知らね、ま、泳げば帰れるだろ」
 そう言うと彼女は串がわりにしていた枝をぽい、と投げ出し海へと飛び込んだ。
「ほら、背中にのれ! トレーナーさんよ!」
「やっぱり私たち、遭難したんだ……」
 呑気に海から手を振っているゴルシの腕を引っ張り、陸へ上がるように促す。
「どうしたんだよ、なんで泣いてるんだ?」
 絶望感から、涙が出てしまったらしい。大人の私がしっかりしなくては、と思うのにどうしても脚が、手が震えてしまう。
「泣くなよ……なぁ」
 ゴルシが、優しく私を抱き寄せた。毎日のようにハグをされているけれど、こんなに優しく抱きしめられたのは初めてだった。
「大丈夫だよ、アタシがなんとかするからさ。泣かないでくれよ、トレーナー」
 私は大人で、まだ子供のゴルシを私が導くべきなのに。彼女の胸はとてもあたたかくて、勝手に涙が溢れてくる。
「大丈夫、大丈夫」
 そう言って私の頭を撫でる彼女の声音は、いつもからは想像できないほどに優しかった。
 その日は、砂浜でゴルシに抱きしめられながら眠った。幸いにも危険な動物や虫はおらず、私はゴルシの豊かな胸に顔を埋めて、子供のように眠った。
「おっはよートレーナー!!」
 私が目を覚ますと、彼女は消えた焚き火のそばで歌いながらラジオ体操をしていた。もちろん電波など届かないので、体操の音楽はセルフだ。
「ゴルシ、ちょっとこっちにきてもらえるかな?」
 体操が終わったタイミングで、彼女を隣に呼び寄せた。
 きちんと生き延びることができれば、私たちは助かるかもしれない。今やらなければいけないことは、ここで生き延びること。
 昨日は弱気になってしまったけれど、大人の私がしっかりしなければ。私は深呼吸をして、震える心を落ち着かせた。
「私たちは、遭難している。そのことはわかる?」
 私の問いかけに、彼女はわかる、とあぐらをかいたまま答えた。
「今まで黙っていたけれど、あなたの帽子には発信器がついているの。学園の誰かが、私たちが遭難しているのに気がつけば、助けはきっとくる」
 しょっちゅう行方不明になる彼女のため、私は学長から密かに、発信器の取り付けを指示されていた。本人には伝えぬように、とのことだったが、非常事態だったので致し方ない。
「だからそれまで、食べ物を探して、水も確保しなくちゃいけない。幸いにもここには危険な生き物もいないから、それさえできれば私たちは必ず生きて帰ることができるの。協力してくれる?」
 私はいつになく真剣な口調で、彼女にそう告げた。ゴルシはしばらく考えるような仕草を見せたあと、首を縦に振った。
「帰り道もわかんねーし、それが一番だな。わかったぜ」
 なぜか、彼女は少し嬉しそうな顔でそう答えた。
 真昼の太陽に照らされながら、私たちの無人島生活はスタートした。
「わっ、こんなにたくさん食べ物が……カップに水までどうしたの?」
「そのマグカップ、なんか砂浜に流れついてたんだよ。まだ使えるのにもったいないぜ」
 そう言って彼女は、やけに綺麗な黄色のマグカップから水を飲んだ。日はすっかり傾いていて、わずかな夕日と焚き火だけが視界を助けていた。
 島には沢山の食べられる植物やきれいな川があり、私たちが食に困ることはなかった。体力のない私の代わりに、食べ物も水も全て彼女が調達してくれた。夜は少し冷えるので、ゴルシと抱き合って眠った。
 好きな人とふたりで、食べて、寝て。最初は不安だらけだった遭難生活は、いつのまにか幸せなものに変わっていた。
「なんかもう、一生このままがいいな……なんて言われても困っちゃうよね」
 私を抱きしめながらすやすやと眠る彼女に、そう語りかける。もちろん返事はなく、返ってきたのは静かな寝息だけだった。
「ごめん、トレーナー。アタシ、もう我慢できねーよ……」
 遭難から数日経った深夜のこと。私は異様な寒さで目を覚ました。焚き火の灯りだけが頼りのぼんやりとした視界の中で、いつもすぐ隣にいるはずのゴルシが、なぜか私を押し倒していることに気がついた。
「おはよ、ゴルシ……」
 状況が分からず、とりあえずへにゃりと笑いながら声をかけると、彼女は困ったような表情を見せた。しばらくの沈黙があったあと、彼女は言った。
「アンタ寝ぼけてるだろ、おはよ、じゃなくてさ。自分のカッコ見てみろよ」
 言われるがまま自分の体に目をやると、着ていたはずの服が全て脱がされていた。
「……?」
 起きかかった私の頭は混乱を極めた。自分の体となぜか私にのしかかっている彼女の顔を交互に見つめる。
「まだ目が覚めないのかよ……つまるところ、トレーナー。今アンタはアタシに襲われてんだ」
 いつもの奇妙な言動や軽い態度は全くなく、彼女の表情はいつになく真剣そのものだった。困惑してなにも言えなくなってしまった私に彼女は、
「ごめん、トレーナー。こんなつもり、なかったんだ」
 と言って唇を私の唇へと落とした。そして、彼女は私を抱いた。
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