【ゴルトレ♀】首輪

「だぁーーーっ!! 犬が欲しいぜ!!!!」
 トレーニング終わり。ご褒美のアイスを買いに二人でコンビニへと向かっていたら、いきなり路上でゴールドシップが叫んだ。
 反射的に、え? と聞き返す。
「だから〜、アタシは犬が欲しいんでぃ!!!」
 そう言うと、彼女は地面で大の字に寝転びながら手足をジタバタと動かしてひたすらに駄々をこねた。いくら広い歩道で迷惑にならないとはいえ、小さな子でもない彼女がぎゃあぎゃあと暴れている様はなかなか目立つ。しかも、時々ちらっと目を開けてこちらを見ている。どうやらこれも、いつものおふざけらしい。落ち着かせるために
「卒業したら、飼えばいいじゃない」
 という提案をしたが、
「やーーーーだーーーーーー! 今欲しいんだよーーーーっ!!!」
 と言って全く聞き入れてもらえなかった。
 恋人のゴールドシップは奇行が多く、トレセン学園でもある意味有名なウマ娘だ。
 おもちゃを買ってもらえないちびっこよりも激しく駄々をこねていた彼女だったが、急にすんと真顔に戻り、私の真正面に立った。そして、じわり、じわりと一歩ずつ私の方へと近づいてくる。
「な、なに。急に真顔で黙ってるし……こわ」
 初めは一メートルほど離れていた距離が、あっという間に鼻と鼻が触れ合いそうなくらいの近距離になっていた。
「よし。オメー、今日からアタシの犬な」
「!?」
 急に出された謎の提案、というより決定事項を伝えられ、私は固まった。え、なに? ペットってこと? 恋人解消??
 などと混乱してしまい何も言えなくなった私の鼻を、ゴールドシップはきゅっとつまんだ。
「今日からアンタはトレーナー兼彼女兼犬だ! わかったら返事はワン!!」
 一度決めたことは何があっても曲げないゴールドシップを宥めるのは至難の業だ。きっとすぐに飽きるだろうし、彼女の遊びに付き合ってみるのも面白いかもしれない。
 私はワン、と返事を返した。
「よし、いい子だぞポチ!」
「えっ、私ってポチなの!?」
 彼女はそう私を誉めると、わしわしと私の頭を撫でた。なんだか、本当に犬になった気分だ。それに、頭を撫でられるのもなかなか悪くない。
 とりあえずしばらくは、ポチでいてあげてもいいかなと思いながらコンビニへと歩いて行く。昔したおままごとで、いつも犬役だった私なら、きっとうまくやれるだろう。
「えーっと、ゴルシ……これは?」
 翌日、トレーナー室にやってきた彼女が手に持っていたのは人間用の“首輪”だった。いくら私たちだけとはいえ、こんなものを持っている彼女と校内で二人きりというのは立場的にまずい気がする。
「ゴルシ、校内でそれは流石にまずいよ……」
「こんな隅っこにあるちっさいトレーナー室なんか誰も来ねーよ。ほら、首貸せ」
 そう言うと彼女は、手際よく首輪を私につけた。しまった。私、また流されてる……
「待って、やっぱりダメ……」
「返事はなんだっけ? トレーナー?」
 意地悪そうにゴールドシップが笑う。
「ダメだって……」
「ワン、だろ?」
 彼女は戸惑っている私の顎に手を当て、顔をくいっと持ち上げた。確かに、こんな端にあるトレーナー室になんて、誰も来ないかもしれない。
「ワン……」
 恐る恐る、情けない声で返事をする。彼女はリードを引っ張り、そのまま私に唇を落とした。少し湿っていて、柔らかい。いつものキスの感触だ。
 私よりはるかに背の高い彼女を見上げてぼーっとしていると、いきなり手で顔を挟まれてしまった。
「アンタ、その顔アタシ以外にするんじゃねーぞ」
 少女漫画みたいなセリフを囁かれて、頭がさらにぽわぽわとしてしまった。ここが学校の敷地内なのも、私たちがトレーナーと担当ウマ娘だということも、どうでもよくなってしまうほどに。
「おすわり」
 彼女は人差し指を下に向けながら言った。なんだかそうしなくてはいけない気がして、私は床にへたり込んだ。
 リードを持って私を見下ろす彼女の視線に、思わずぞくりとしてしまう。
「アンタ、今すっごい可愛い顔してるぜ。ゾクゾクしちまう」
 そう言って、彼女はリードを短く持ったまましゃがみ込んだ。
 そのまま私たちは、深いキスを交わした。舌を絡めているにつれ、だんだんと彼女のリードを引っ張る力が強くなる。
 頭をめちゃくちゃに蕩かされて、限界がきたところでようやく唇を解放された。
「ちゃんとおすわりもできたし、いい子のポチちゃんにはご褒美あげないとな」
 トレーナー室のソファまで、お姫様抱っこで運ばれてしまう。チャリチャリと鎖が引き摺られる音がした。
 外から、ウマ娘たちの練習する声が響いてきた。そろそろトレーニングの時間なのに……
「どうせ、トレーニングしなきゃとか思ってんだろ。大丈夫だよ、終わったらちゃんとするから」
 彼女には、全部お見通しだったらしい。彼女は
「ポチは真面目ちゃんだな〜、よしよし」
 と言って、私の頭を撫で始めた。しかしその手は段々と下に下がっていく。
「ポチじゃなくて、名前で呼んで……」
 そう懇願すると、彼女は耳元で優しく私の名前を囁いた。
「この後どうして欲しいか、言ってみな」
 そう笑う彼女の目は、すっかりサドのそれになっていた。私もきっと、被虐欲を孕んだ目をしているのだろう。
 ゴルシの思いつきから、私たちはとんでもない扉を開けてしまったのかもしれない。
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