【ゴルトレ♀】目隠しと手錠
元担当のゴールドシップと同棲を始めて数年が経つ。付き合い始めてから、すでに8年ほどの歳月が過ぎ去っていて、私たちはすでに「恋人」から「家族」になり始めていた。
「だはーっ! 変わらずトレセン学園はすげえ奴がたくさんいるな〜。みんな今頃何してんのかな」
ある休日。テレビをつけたら、偶然トレセン学園の特集番組がやっていて私たちは特に言葉にするでもなくチャンネルをそのままに画面を眺めていた。一緒に住むことになってふたりで買いに行った家具たちはすっかり部屋に馴染み、ゴールドシップが選んだちょっと変な形の壁掛け時計には、埃の層が出来上がっている。
「付き合い始めた頃は、アタシはまだ制服を着てて……アンタは今と変わらずジャージだったっけ」
不意にゴールドシップがこちらを向いて、懐かしそうに目を細めて笑った。私は少しずつ年齢が気になるような歳になってしまったけれど、彼女は変わらず若々しくて美しい。もちろん私より年下だということもあるけれど、それを抜きにしても彼女は綺麗だ。同じシャンプーを使っているというのに彼女の髪はよく手入れされたお人形のようにさらさらとしていて、いい匂いがする。
一緒に住み始めたばかりの頃は、部屋着にもこだわって某ふわふわもこもこの可愛らしいブランドを着たりもしていたが、いつの頃からか再び一人暮らし時代のジャージに戻っていた。最初はお互いに気を遣ったりしていたものだが、そんなドキドキはいつまでもは続かない。
やがて私たちの緊張感はぷしゅうと空気の抜けた風船のように萎んでしまった。仕方のないことだ。どんなにアツアツの恋人同士にだっていずれはやってくるもの、マンネリである。
もちろんお互いのことは大好きであるし、それなりの会話やスキンシップはある。しかし、夜の方はずっとご無沙汰でここ数ヶ月ない。
ぼんやりとテレビを眺めながら、あれやこれやとそんなことばかり考えていると、いつの間にかテレビは別の番組を映し出していた。
「ゴルシちゃん、そろそろお夕飯にしようか。今日はね、あんかけ焼きそばと中華スープ……」
ソファを立って食事の準備をしようと台所へ向かい始めたところで、不意に玄関のチャイムが鳴った。私が出ようとインターホンの受話器に手をかけたところで、後ろから猛スピードで走ってきたゴールドシップに先を越されてしまった。
「私が出るよ」
私の言葉を遮るように、彼女は浮き足だった様子で
「いいからいいから!」
と叫び玄関へと走り去ってしまった。揺れる尻尾はどこか嬉しそうで、よっぽど楽しみにしていたものが届いたのだろうと私は結論づけ、再び台所へと向かった。
その後の彼女は妙にソワソワしていて、なんだか少し様子がおかしかった。意味もなくうろうろと部屋中を歩き回ったり、突然うおおーっ! と叫びながらぴょんぴょんとリビングを飛び回ったり。
さっき届いた荷物と何か関係があるのだろうか。
「ねえ、さっきの荷物って何が届いたの? 美味しいものとか?」
私がこう尋ねても、彼女はニヤニヤしながら内緒ー! というだけで、小さな四角い段ボール箱の中身を教えてはくれなかった。
私はそこまで人を追求するタチではないから、それ以上このことに触れることはしなかった。ベッドサイドにある小さな木製のテーブルに置いてある小箱が、半分開いたドアの隙間からちらちらと覗いていて、聞きはしないもののその実中身が気になって仕方がなかった。
そんな興味も薄れ始め、私はソファに座りひとり詰将棋をするゴールドシップの隣にごろついてスマートフォンを眺めていた。SNSで友人たちの近況を知るのが私の夜の日課である。
がこん、と固いものが顔に激突した衝撃で目を覚ました。鈍い痛みが鼻を襲い、私は思わずいた……と声を出した。
「なーにやってんだか。眠いなら素直にベッドに行こうぜ」
そう言うと彼女は手にしていた駒を将棋盤の上に放った。そのまますくっと立ち上がって、私の正面に立った。私たちはいつも一緒に寝ている。ベッドに行こうと言うあたり、どうやら、彼女も瞼が重くなってきたらしい。
「なあんだ、ゴルシちゃんも眠いんじゃな……」
こう彼女を揶揄おうとしたとき、不意に自分の体が宙に浮く感覚を覚えた。一瞬の間に私はゴールドシップに抱き抱えられていて、いわゆるお姫様抱っこをされていた。えっ? と私が目を丸くしていると、彼女はニヤリと怪しい笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
「ゴルシちゃん号、出走だーい」
どこに? と言う私の間抜けな声に彼女は
「ベッドに向かって直進! ゴールドシップ、早すぎる! いま一着でゴールイン!」
とおふざけ半分の返答をよこし、そのまま私をベッドへと放り投げた。どすっというあまり嬉しくない音が部屋に響く。
「ちょっと、なになに! ゴルシちゃん、どうしたの」
ベッドに放られ呆然とする私を見下ろしながら、彼女はニタニタと悪巧みをしている子供のような表情を浮かべていた。
その表情に思わずゴクリ、と唾を飲む。ああ、こうなったゴールドシップはもう止められない。麻袋に詰め込まれるのか? はたまた背負い投げか。違う意味で心拍が速くなる。覚悟を決めて目をぎゅっと閉じたとき、唇にむにゅりと予想外の感触があった。
「……っ!?」
それは、キスだった。びっくりして目を開けると、すでに彼女の顔は離れていて、その表情は熱情を帯びていた。
彼女はいつも気まぐれだ。さっきまでふざけていたというのに、今ではもう情欲を孕んだ獣みたいな顔をしてじっと私を見つめている。
こういう感じ、久しぶりだな。なんて思いながら、私は彼女を見つめ返した。シーツに沈む自分の体が、だんだんと熱くなっているのを感じた。
「箱の中身、教えてやるよ」
しばらく続いたキスですっかりとろけきった私に、彼女はベッドサイドから引き寄せた小箱を見せつけた。うん、と気の抜けた返事をしたら彼女は乱雑に包装を破き、中から金属でできた何かを取り出した。
「て……手錠?」
目の前にだらりと垂れ下がった鉛色のものは、刑事ドラマなんかでしか見たことのない、いわゆる手錠だった。
「この間、ネットで見たんだよ。マンネリ化打破には、非日常がいちばん! ほれ、アイマスクも買ってあるぞ」
彼女は嬉々としてそれらを私の前にぶら下げていた。いや、たしかにマンネリは私も感じていたけれど……
そういうタイプの非日常は予想外だった。これらの道具は一般的にSMプレイで使われるものだ。でも、どっちがSでどっちがMなのだろう。
そんなことを考えていると、急に視界が真っ暗になってしまった。アイマスクをつけられたらしい。
どうやら、私がMのようだ。まあ、ちょっとびっくりはしたけれどたまにはこういうのも悪くないかな、と思って彼女のなすがままに体を預けた。
「じゃあ、つけっから。痛かったら言えよ」
かちゃ、と金属のぶつかる音が聞こえて、手首にひやりと冷たいものが触れた。彼女が恐る恐る、といった様子で私に手錠をかけているのが伝わってきて、なんだか変に緊張してしまう。
ゴールドシップの手が離れる。私の両手は自由を失った。試しに適当な方向へ手を動かそうとしたところ、右手につられて左手も一緒に移動する。
「なんか、すげーいいな。これ」
視覚が奪われているから彼女の表情を読み取ることはできないけれど、その声から彼女が興奮しているのがわかった。
視界が真っ暗なぶん、聴覚はより鋭くなる。彼女の息遣いがいつもより荒いことに、私はすぐに気がついた。
「なにがいいの? 見えないからよくわからないんだけど……」
私は暗闇の中手探りで彼女に触れようとした。ゴールドシップは私の手を握って、ここだよ、と自分の体に私のてのひらを押し付けた。
「全部アタシのもんなんだっていうか……征服欲っつーの? なんかすげー満たされるんだよ」
そうなんだ、と言いかけたところで唇を塞がれて、そのまま体が再びシーツに沈んでいく。ゴールドシップは、肩を掴んでそのまま私を押し倒した。
私たちはしばらくの間唇を貪り合った。絡みつく彼女の舌の動きはいつもより激しくて、思わず声が漏れてしまう。口元からどちらのものともつかない涙が一筋溢れてシーツに染み込んでいった。
視覚がないぶん、鋭くなるのは聴覚だけではないらしい。いつのまにか私の肌は露わになっていて、私の体を這うようになぞる彼女の指先が、いやに鮮明に感じられた。まるで皮膚の下、私の内側を愛撫されているような感覚だった。
私が体をくねらせるたびに、彼女は満足そうに私の体に優しく触れた。
「や、やだ……」
今まで感じたことのない快楽が怖くなってしまった私が思わず声にした言葉。その言葉に彼女は、フェザータッチを続けていた手を止めた。
「何かやだって? オメー、すごい良さそうだけど。いつもより何倍もさ」
私にのしかかった彼女はそう耳元で囁いた。思わず肩に力が入り、交差した足にぎゅっと力が入る。
何も見えず、両手の自由もない。今私の体は全てゴールドシップのものなのだ、と思ったとき私は体の中心がきゅっと締め付けられるような、切ない感覚を覚えた。息が荒くなる、鼓動がさらに速くなり身体中が熱を帯びている。
そのまま彼女の長い舌は、私の耳に侵入してきた。卑猥な水音が聴覚をダイレクトに刺激する。彼女の吐息が、耳の軟骨にあたり、その温度に私の胸はますます高まっていく。
「トレーナーも興奮してるんだろ、それ」
そういうと彼女は空いた方の手で、私の両腕を拘束している金属の輪に触れた。
そのとき、私は自らの興奮がアイマスクによる視覚の遮断と手錠による両手の拘束、それらによって被虐心を刺激されているからだ、ということに気がついた。
「もしかして、私ってちょっとMなのかな……」
息も絶え絶えに彼女に投げかけた疑問。彼女の回答はすぐだった。
「たぶん、オメーはすげーMだよ。んで、アタシは……Sかもな。まさかこんなオモチャでここまで昂るとは思ってもみなかった」
少し手を動かしたら、鎖が擦れてちゃら……と音を立てた。
昨日洗ったばかりのシーツは、私のものですでにぐしょぐしょに濡れてしまっていた。
「こんなん買うんじゃなかったぜ。悪いな、たぶん今日は優しくできねー」
彼女はそう言い放つと、今までの柔らかなキスとは違う、乱暴な口づけをして私の口内を犯した。
私は真っ暗な視界の中で、今の彼女の表情を想像した。きっと、今までに見たことのないような顔をしているのだろうな、と考える。
私には、その顔が見られないことが少しだけ惜しいことのように思われた。
「だはーっ! 変わらずトレセン学園はすげえ奴がたくさんいるな〜。みんな今頃何してんのかな」
ある休日。テレビをつけたら、偶然トレセン学園の特集番組がやっていて私たちは特に言葉にするでもなくチャンネルをそのままに画面を眺めていた。一緒に住むことになってふたりで買いに行った家具たちはすっかり部屋に馴染み、ゴールドシップが選んだちょっと変な形の壁掛け時計には、埃の層が出来上がっている。
「付き合い始めた頃は、アタシはまだ制服を着てて……アンタは今と変わらずジャージだったっけ」
不意にゴールドシップがこちらを向いて、懐かしそうに目を細めて笑った。私は少しずつ年齢が気になるような歳になってしまったけれど、彼女は変わらず若々しくて美しい。もちろん私より年下だということもあるけれど、それを抜きにしても彼女は綺麗だ。同じシャンプーを使っているというのに彼女の髪はよく手入れされたお人形のようにさらさらとしていて、いい匂いがする。
一緒に住み始めたばかりの頃は、部屋着にもこだわって某ふわふわもこもこの可愛らしいブランドを着たりもしていたが、いつの頃からか再び一人暮らし時代のジャージに戻っていた。最初はお互いに気を遣ったりしていたものだが、そんなドキドキはいつまでもは続かない。
やがて私たちの緊張感はぷしゅうと空気の抜けた風船のように萎んでしまった。仕方のないことだ。どんなにアツアツの恋人同士にだっていずれはやってくるもの、マンネリである。
もちろんお互いのことは大好きであるし、それなりの会話やスキンシップはある。しかし、夜の方はずっとご無沙汰でここ数ヶ月ない。
ぼんやりとテレビを眺めながら、あれやこれやとそんなことばかり考えていると、いつの間にかテレビは別の番組を映し出していた。
「ゴルシちゃん、そろそろお夕飯にしようか。今日はね、あんかけ焼きそばと中華スープ……」
ソファを立って食事の準備をしようと台所へ向かい始めたところで、不意に玄関のチャイムが鳴った。私が出ようとインターホンの受話器に手をかけたところで、後ろから猛スピードで走ってきたゴールドシップに先を越されてしまった。
「私が出るよ」
私の言葉を遮るように、彼女は浮き足だった様子で
「いいからいいから!」
と叫び玄関へと走り去ってしまった。揺れる尻尾はどこか嬉しそうで、よっぽど楽しみにしていたものが届いたのだろうと私は結論づけ、再び台所へと向かった。
その後の彼女は妙にソワソワしていて、なんだか少し様子がおかしかった。意味もなくうろうろと部屋中を歩き回ったり、突然うおおーっ! と叫びながらぴょんぴょんとリビングを飛び回ったり。
さっき届いた荷物と何か関係があるのだろうか。
「ねえ、さっきの荷物って何が届いたの? 美味しいものとか?」
私がこう尋ねても、彼女はニヤニヤしながら内緒ー! というだけで、小さな四角い段ボール箱の中身を教えてはくれなかった。
私はそこまで人を追求するタチではないから、それ以上このことに触れることはしなかった。ベッドサイドにある小さな木製のテーブルに置いてある小箱が、半分開いたドアの隙間からちらちらと覗いていて、聞きはしないもののその実中身が気になって仕方がなかった。
そんな興味も薄れ始め、私はソファに座りひとり詰将棋をするゴールドシップの隣にごろついてスマートフォンを眺めていた。SNSで友人たちの近況を知るのが私の夜の日課である。
がこん、と固いものが顔に激突した衝撃で目を覚ました。鈍い痛みが鼻を襲い、私は思わずいた……と声を出した。
「なーにやってんだか。眠いなら素直にベッドに行こうぜ」
そう言うと彼女は手にしていた駒を将棋盤の上に放った。そのまますくっと立ち上がって、私の正面に立った。私たちはいつも一緒に寝ている。ベッドに行こうと言うあたり、どうやら、彼女も瞼が重くなってきたらしい。
「なあんだ、ゴルシちゃんも眠いんじゃな……」
こう彼女を揶揄おうとしたとき、不意に自分の体が宙に浮く感覚を覚えた。一瞬の間に私はゴールドシップに抱き抱えられていて、いわゆるお姫様抱っこをされていた。えっ? と私が目を丸くしていると、彼女はニヤリと怪しい笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
「ゴルシちゃん号、出走だーい」
どこに? と言う私の間抜けな声に彼女は
「ベッドに向かって直進! ゴールドシップ、早すぎる! いま一着でゴールイン!」
とおふざけ半分の返答をよこし、そのまま私をベッドへと放り投げた。どすっというあまり嬉しくない音が部屋に響く。
「ちょっと、なになに! ゴルシちゃん、どうしたの」
ベッドに放られ呆然とする私を見下ろしながら、彼女はニタニタと悪巧みをしている子供のような表情を浮かべていた。
その表情に思わずゴクリ、と唾を飲む。ああ、こうなったゴールドシップはもう止められない。麻袋に詰め込まれるのか? はたまた背負い投げか。違う意味で心拍が速くなる。覚悟を決めて目をぎゅっと閉じたとき、唇にむにゅりと予想外の感触があった。
「……っ!?」
それは、キスだった。びっくりして目を開けると、すでに彼女の顔は離れていて、その表情は熱情を帯びていた。
彼女はいつも気まぐれだ。さっきまでふざけていたというのに、今ではもう情欲を孕んだ獣みたいな顔をしてじっと私を見つめている。
こういう感じ、久しぶりだな。なんて思いながら、私は彼女を見つめ返した。シーツに沈む自分の体が、だんだんと熱くなっているのを感じた。
「箱の中身、教えてやるよ」
しばらく続いたキスですっかりとろけきった私に、彼女はベッドサイドから引き寄せた小箱を見せつけた。うん、と気の抜けた返事をしたら彼女は乱雑に包装を破き、中から金属でできた何かを取り出した。
「て……手錠?」
目の前にだらりと垂れ下がった鉛色のものは、刑事ドラマなんかでしか見たことのない、いわゆる手錠だった。
「この間、ネットで見たんだよ。マンネリ化打破には、非日常がいちばん! ほれ、アイマスクも買ってあるぞ」
彼女は嬉々としてそれらを私の前にぶら下げていた。いや、たしかにマンネリは私も感じていたけれど……
そういうタイプの非日常は予想外だった。これらの道具は一般的にSMプレイで使われるものだ。でも、どっちがSでどっちがMなのだろう。
そんなことを考えていると、急に視界が真っ暗になってしまった。アイマスクをつけられたらしい。
どうやら、私がMのようだ。まあ、ちょっとびっくりはしたけれどたまにはこういうのも悪くないかな、と思って彼女のなすがままに体を預けた。
「じゃあ、つけっから。痛かったら言えよ」
かちゃ、と金属のぶつかる音が聞こえて、手首にひやりと冷たいものが触れた。彼女が恐る恐る、といった様子で私に手錠をかけているのが伝わってきて、なんだか変に緊張してしまう。
ゴールドシップの手が離れる。私の両手は自由を失った。試しに適当な方向へ手を動かそうとしたところ、右手につられて左手も一緒に移動する。
「なんか、すげーいいな。これ」
視覚が奪われているから彼女の表情を読み取ることはできないけれど、その声から彼女が興奮しているのがわかった。
視界が真っ暗なぶん、聴覚はより鋭くなる。彼女の息遣いがいつもより荒いことに、私はすぐに気がついた。
「なにがいいの? 見えないからよくわからないんだけど……」
私は暗闇の中手探りで彼女に触れようとした。ゴールドシップは私の手を握って、ここだよ、と自分の体に私のてのひらを押し付けた。
「全部アタシのもんなんだっていうか……征服欲っつーの? なんかすげー満たされるんだよ」
そうなんだ、と言いかけたところで唇を塞がれて、そのまま体が再びシーツに沈んでいく。ゴールドシップは、肩を掴んでそのまま私を押し倒した。
私たちはしばらくの間唇を貪り合った。絡みつく彼女の舌の動きはいつもより激しくて、思わず声が漏れてしまう。口元からどちらのものともつかない涙が一筋溢れてシーツに染み込んでいった。
視覚がないぶん、鋭くなるのは聴覚だけではないらしい。いつのまにか私の肌は露わになっていて、私の体を這うようになぞる彼女の指先が、いやに鮮明に感じられた。まるで皮膚の下、私の内側を愛撫されているような感覚だった。
私が体をくねらせるたびに、彼女は満足そうに私の体に優しく触れた。
「や、やだ……」
今まで感じたことのない快楽が怖くなってしまった私が思わず声にした言葉。その言葉に彼女は、フェザータッチを続けていた手を止めた。
「何かやだって? オメー、すごい良さそうだけど。いつもより何倍もさ」
私にのしかかった彼女はそう耳元で囁いた。思わず肩に力が入り、交差した足にぎゅっと力が入る。
何も見えず、両手の自由もない。今私の体は全てゴールドシップのものなのだ、と思ったとき私は体の中心がきゅっと締め付けられるような、切ない感覚を覚えた。息が荒くなる、鼓動がさらに速くなり身体中が熱を帯びている。
そのまま彼女の長い舌は、私の耳に侵入してきた。卑猥な水音が聴覚をダイレクトに刺激する。彼女の吐息が、耳の軟骨にあたり、その温度に私の胸はますます高まっていく。
「トレーナーも興奮してるんだろ、それ」
そういうと彼女は空いた方の手で、私の両腕を拘束している金属の輪に触れた。
そのとき、私は自らの興奮がアイマスクによる視覚の遮断と手錠による両手の拘束、それらによって被虐心を刺激されているからだ、ということに気がついた。
「もしかして、私ってちょっとMなのかな……」
息も絶え絶えに彼女に投げかけた疑問。彼女の回答はすぐだった。
「たぶん、オメーはすげーMだよ。んで、アタシは……Sかもな。まさかこんなオモチャでここまで昂るとは思ってもみなかった」
少し手を動かしたら、鎖が擦れてちゃら……と音を立てた。
昨日洗ったばかりのシーツは、私のものですでにぐしょぐしょに濡れてしまっていた。
「こんなん買うんじゃなかったぜ。悪いな、たぶん今日は優しくできねー」
彼女はそう言い放つと、今までの柔らかなキスとは違う、乱暴な口づけをして私の口内を犯した。
私は真っ暗な視界の中で、今の彼女の表情を想像した。きっと、今までに見たことのないような顔をしているのだろうな、と考える。
私には、その顔が見られないことが少しだけ惜しいことのように思われた。
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