うち本丸

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※お礼ページに夢機能が付いてないので、審神者がデフォルトの名前になっています。
※まだ本編に登場していない刀剣男士が登場します。



愛染国俊は呼ばれたい


蛍「主さんに『国俊』って呼ばれたい?」

そう言いながら、緑の目を丸くする蛍。
俺はすぐにその口をふさぎ、しいーっ!と歯を食いしばった。
……そう、俺、愛染国俊は。
今、猛烈な悩みを抱えている。
それはずばり、主さんに『国俊』と呼んでもらいたい。
ただそれだけなのだ。

蛍「隠すことでもなくない?」

愛染「ばっ!察せよ!恥ずかしいんだ!」

蛍「……そうかなあ?」

そうだよ……!と俺はつい頭を抱える。
……事の始まりは随分と前、青江さんがこの本丸にきたときの話だった。
同じ任務で共に戦った仲間で、俺も、他のみんなも頼りにしている存在。
もちろん主さんにも、初めから頼りにされている存在に、少しもやっといた感情を抱いたせいなのか。
『青江』と主さんから呼ばれているその事実が、やたらと耳に残った。

それだけじゃまだ、特に気にならなかった。
意識したのはその任務の時だけで、燭台切さんや加州さんだってそうじゃないか。
何もにっかりさんだけが特別ではないと。
そう思っていたのに。
一週間前、主さんと蛍とテレビを見ていた時のことだった。

蛍『―――ねぇねぇ主。人間って苗字と名前?があるんだよね?』

焔『ん?そうだけど……』

蛍『この人みたいにさ、急に呼び方が変わるのってどうして?苗字から名前?に呼び方替えたんだよね?』

そう言いながら蛍がてれびを指さした。
その場面は主人公の女の人が好きな男に呼び出され、告白かと期待しながら向かった先で。
男の人に別の女が抱き着いているところを目撃してしまい、固まっているところを男の人に見つかり。
慌てて逃げるも男の人が追いかけてきて、初めて名前を呼ばれることで。
女の人が思わず足を止めて、振り返るというところだった。
その後は名前を何度も呼びながら『”俺が好きなのはお前だけ”』と甘ったるい言葉を吐いている。
ちなみに主さんは『それが許されるのイケメンだけなんだよなあ』と手元のゲーム機で200%貯めに貯めた敵にスマッシュをキメて派手にぶっ飛ばしていた。

焔『うーんそうだなあ……人間?の特性なんじゃない?相手に対して苗字で呼ぶとそれなりの関係、名前で呼べば友人みたいな。苗字って家族とかも同じだったりするからさ、自分だけのもので呼ばれるから……?』

蛍『……?よくわかんないや……』

焔『まあ、下の名前で呼ぶと仲が深まるというか、仲の良い証拠というか。そんな感じ』

蛍『……ふーん、そうなんだ。主も名前を呼ばれるの、嬉しい?』

焔『まあそうかな。仲いい子とかはやっぱり下で呼んでもらえると……いや、そうでもないな?』

『どっちなのさー』という蛍の言葉は、俺にはもう届いていなかった。
ということは、主さんは下で呼んでるやつのことを好意的に思ってるってことだよな。
……それってつまり、燭台切さんや加州さん、にっかりさんのことをやっぱり……と思いつつも。
いやいやそもそも俺達刀だし、それで言えば藤四郎だらけの粟田口はどうなるんだ!と頭から思考を追い出そうとするも。
モヤモヤしていた気持ちがまた膨らみ始め、喉奥がすごくむずむずした。
―――じゃあ今、国俊が一人しかいない俺は?


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蛍「そんなに気になるなら主さんに言えば?『国俊って呼んでほしい』って」

愛染「そ、んなの。……なんか、それは、やだ」

蛍「ふーん?俺達刀だし、人間のことが全部当てはまる訳でもないから気にしなくてもいいと思うけどね」

愛染「……そう、だよな。やっぱり……うん……」

わかってる、わかってるんだ。
それなのに、その思考がどうしても消えてくれない。
よくわからない変な気持ちが、湧き上がっては無理矢理蓋をする。
……それでも、それは次第にあふれ出し。
湧き上がり続けるものを止める術もなくなる。
モヤモヤ、モヤモヤして。
……なんか、気持ち悪い。

そう思いながら俯いていると、襖を軽く叩く音がして部屋の入り口が開く。
中に入って来たのは今日畑当番の加州さんで。
「お、先客。俺も休憩ーっと」と言いながら、そのまま畳に寝転がった。
……加州さんは、俺たちの中でも『初期刀』と呼ばれる、主さんの最初の刀。
清光と呼ばれて信頼されてるのは当たり前……と思ったところで。
首を横にぶんぶんと振り、無理矢理その思考を振り払った。

蛍「……ねぇねぇ加州さん。加州さんって主さんに清光って呼ばれてるよね?」

加州「へ?……そうだけど……何、どうしたの急に」

蛍「んーん?何となく?加州さんはなんで清光って呼んでもらってるのかなって。主、色んな呼び方するからさ」

思わず蛍の方を勢いよく向いた。
何聞いてんだよ!と言いたいところだけど。
怒りよりも前に、興味の方が勝ってしまった俺も俺だった。
口を開くより、その声に耳を傾けてしまったのだから。
そんな蛍を見ながら、加州さんは起き上がり。
んー、と人差し指を自分の頬にあてながら考える。

加州「……そうだなあ……何となく?俺がそっちの方が嬉しかったから、主に『清光って呼んで』って言ったんだよね。ほら、主って言わないとわかんないところあるし」

蛍「そうなんだ。国俊もよく言ってるけどやっぱりそうなんだね」

加州「俺みたいに刀工の方で呼んでもらってるやつは大体そうかもね。燭台切も確か自分で呼んでほしいって言ってたかなあ」

愛染「じゃ、じゃあ……にっかりさんは?」

加州「……。……にっかりはー……確か燭台切が名前を気にして下で呼んでほしいって言ったせいか、最初から青江って呼んでたような……そういえば主にどっちで呼べばいいって聞かれたような……」

蛍「だってよ?国俊」

そう言いながら、丸い目をこっちに向けてくる蛍。
思わずそんな蛍を睨めば、加州さんが「やっぱり」と言いながらけらけらと笑う。
……やっぱりばれてたのかよ。
蛍のせいだかんな!と言葉を吐きだし、頬を膨らませる。
それでも、なんだか怒り切れず。
鼻の奥がツーン、とワサビを食った時みたいに痛くなった。

加州「主はさ、俺達が思ってる以上に俺達の事、愛してくれてるよ。でも自分から人の事情に踏み込むことはしないんだよね。してほしいことがあるなら、悩む前に行動に起こした方がいと思う」

蛍「俺も今度からもっと言うようにしようかな。主、危なっかしくて見てられないんだもん。この間の万屋も、変な人につけられてたのに全然気づかないし。あれも言わないと気づいてないってことだよね?」

加州「蛍、ちょっとそれ詳しく教えてくれる?今日の買い物番に伝えないと」

そのまま二人は不審者の話を始めてしまう。
……そんなの、俺だって知ってる。
俺だって、初期メンバーの一員で。
主さんと共に戦場をかけてきた一人なんだ。
主さんが俺たちのことを一番に気にかけて、大事にしてくれてるなんて。
ちょっと察しが悪くて、言わなきゃ伝わんないこともあるなんて。
全部、知ってることだったのにな。

近くにあったティッシュをとり、チーンと強く鼻をかむ。
そのままジャージで目元をごしごしと拭き取り。
俺は力強く立ち上がる。
そんな俺を見てか、加州さんが軽く笑った。

加州「主なら、俺がここに来る前は厨にいたよ」

愛染「ありがとな!加州さん!行ってくる!」

そのまま廊下に出て、広間を右に曲がろうとすると。
偶然通りかかったのか、にっかりさんとぶつかりそうになってしまう。
「わっ」と声が漏れながらも、なんとかぶつかるのを回避し。
「悪ィ!」と言いながらその横を通り過ぎた。

青江「……おやおや、随分と慌てて。彼、どうしたんだい?」

加州「多分主のとこ。……愛染が気にしてたことなら、主の事だし心配ないと思うけど」

蛍「?なんで?」

青江「それは君がいるから、だろうね。ふふ、彼も随分と人間らしいことを考えたものだよ」

加州「うわ、聞いてたの?盗み聞きは良くないと思いまーす」

青江「聞こえてしまったものは仕方ないよねえ……秘密の話のことだよ?」

蛍「……?よくわかんないや。少ししたら俺も主のとこいこーっと。お腹すいちゃった」

加州「俺もー。そろそろおやつの時間だね。そういえば今日のおやつ、遠征部隊がなんかお土産買って来たとか言ってなかった?」

青江「ああ、彼の好きなぐちゃぐちゃにかき混ぜて乱すモノを買ってきたとか……」

蛍「ねるねるねるねるでしょ、主が遠征の人たちに言ってたの聞いたから」

加州「惜しい、るが一個多い。ていうか青江はそんな発言主にしないでね」

青江「っふふ、さあ、我慢できるかなあ……」


*******************************


焔「―――うーん、これでとりあえず元気になってくれればいいけど」

「大丈夫だよ。彼、このお菓子大好物だっただろう?少なくとも、君の気持ちは伝わるはずさ」

焔「……本当は話を聞いてあげたいんだけどねえ……無理に聞くのも良くないし……難しい」

「……心配しなくても、それくらいで崩れる柔な絆ではないよ。彼、僕よりも前にいるんだから」

焔「…………それもそうか……何もなくてもきっかけくらいになってくれたまえよ……!ねるねるねるね……!」

「君は知育菓子に一体何を求めてるの?」

厨の入り口から中をこっそりのぞく。
……加州さんが言ってたとおり、中には主さんがいた。
けれど、その隣には別の人影がある。
燭台切さんが、主さんの傍に立って何か作業をしていた。
……これじゃ主さんに話ができねえじゃん……
ここまで来たんだ、決意が揺らぐ前に話をしてしまいたい。
呼び出せば主さん、来てくれるかな?
そう思ってうまく話が途切れるタイミングを計ろうとしていたその時だった。

焔「あ、『国俊』」

愛染「っ!?」

突然くるっと振り返った主さんが、俺を見つけた。
しかも、その口から出たのは。
俺が呼んでほしかった、その名前で。
思わずびっくりしながらその場に固まると、主が「あ」と口をふさいだ。
その手に持っているのは、作りかけのねるねるねるね。

焔「あー……ほら、やっぱうつっちゃってるわー……」

光忠「ちょうど今君の話をしていたんだよ。最近蛍丸くんが来てから君のことを『国俊』って呼びそうになるんだけど、ってね」

焔「それに”愛染”最近ちょっと元気ないから……ひょっとして私無意識に呼び間違えて嫌な思いさせたかなーと」

愛染「な、え……い、嫌な訳ないだろ!」

焔「そう?いやー、人が呼んでるの聞くとやっぱうつっちゃうねー。みっただのことも『光坊』って呼びそうになるし」

光忠「いや、君から見て僕が”坊”はないでしょ」

焔「人間一年生だと思えば立派な坊だろ、光坊」

光忠「……なら主はお嬢さんかな。お嬢でもいいよね」

焔「おうそんなに殴られたいか」

主さんの口から出た、その声を噛み締める。
やっぱり主さんにとって、俺は俺であって。
他のみんなは他のみんな、それぞれがそれぞれ特別で。
俺が落ち込んでいるのに対して、わざわざ俺の好きなお菓子を用意してくれて。
それを見て、自分が好かれてないとか大事にしてもらってないとか思わない訳で。
……そっか、そうだ、そうだよな。
だって主さんは、俺達の主さんなんだから!!

愛染「主さん!俺も、国俊って呼んでいいぜ!」

焔「お?本当に?嫌じゃない?」

愛染「あったりまえだろー!むしろずっとむずむずしてたんだ!」

焔「そっかー……なら遠慮なく国俊って呼ぶわ!ところで国俊、なんか用事でもあった?待ってたみたいだけど」

愛染「ああ、うん、終わったから大丈夫だ!それよりねるねるねるね!今日のおやつか!?」

焔「そうそう、国俊これ好きだからさ。最近元気なかったみたいだしってあああああ!!それ私が今作ったやつ!」

愛染「へへ、頂き!」

焔「くおら!私の食べるところが!!!減る!!!」

光忠「ふふ、よかったね、愛染くん」

蛍丸「あーっ、国俊ずるい!おれも!!」

焔「だから!!!私のだって言うとる……あああ!!!蛍一口でかい!!!こら、マジで、無くなる!!!」

光忠「こらこら、厨で騒がない!ちょうどいい時間だし、縁側にでも持って行ってみんなで作って食べようか!」

燭台切さんが大きく手を打つ。
その声に返事をして、主さんの分のねるねるねるねを奪ったまま。
そのまま厨の外に出る。
もちろん主さんは、その後を追いかけてくるが。
既に器の中身は俺と蛍で分けて食べたので、すっかりなくなっていた。

そのことに気付いた主さんが、ダッシュで俺と蛍の分を奪いに来ることは言うまでもないだろう。
そのままいつもの調子で始まった鬼ごっこは。
廊下を走ったことに対して、主さんと一緒に歌仙さんに叱られるまで続いたのだった。

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