ケンガンアシュラ
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
研ぎ澄ました神経の昂りが解けると、同時、無性に腹が減る。―――怒涛、しかし至って粛々と。日常とは掛け離れたその場所で、命と命の削り合いは行われていた。企業同士の代理戦争とでも言えよう、拳願絶命トーナメントは、此処。願流島で、
「そんなに食べられるの」
食べ放題なのだ、幾ら喰おうが問題ない。胃袋は既、縦も横も空っぽで、今直ぐ何か押し込まなければ血糖値が下がりそうで駄目だ。それに、折角彼女と話せる機会をみすみす逃す程、馬鹿じゃない。余りにも血糖が下がれば、疲労から来る眠気に負け、身体を横にしたくなる。
『腹減ってさ。それにほら、俺まだ成長期だし』
両手一杯。バイキングの大皿に、端から端まで飯を盛り席へと着いた俺を前、彼女はその瞳を大きく
「どうしたの、溜息なんか着いちゃって」
『いや、何でもない』
溜息の一つくらい着きたくもなる。初めて抱いた淡い気なのだ。血の匂いに鼻が麻痺する程、暴力が常、隣に在った荒れた生活を送っていた頃。偶然出会った師の下で修行を重ねては、闘技者を目指し辿り着いた西品治警備保障。―――そこに彼女は居た。瞬時、深海へ落ちたと思った。視線の絡まりは、酷く窮屈に肺を締め付け、息苦しさから、心臓の躍動は自然と駆け足になっていく。勿論、深海になど行った事はないが、きっと、こんな感じなのだ。
「明日からいよいよ二回戦目ね」
『だね、俺は確か、阿古谷さんと当たるみたい』
「コスモくんの仕合は勿論だけど、他の闘技者の仕合も楽しみ。一回戦、あんなに凄かったんだもの、二回戦はもっとレベルの高い仕合になるでしょう」
『だろうね』
「やっぱり、男の人が持つ強さって、魅力的」
胸の高鳴りが続いているのか、軽食をつまむ彼女の瞳は既、明日へと向けられていた。出来れば、その煌々した期待の目を自身へ向けて欲しいのが本音である。それでも、彼女の言う事は尤もで。当たり前に、出場したからには頂点へ立つつもりでは居る。しかし、一回戦目より ハイレベルな仕合の数々をこの目に見届けてからは、らしくなく、少しの焦燥を感じていた。
『ねえ、名前さん』
「なあに」
『その………名前さんの…す、好きなタイプって、どういう奴』
緊張からか、飯を噛む事を忘れ 丸呑みで飲み込めば、気管に入り掛けた米に
「どうしたのよ、藪から棒に」
『いや、まあ。変な意味とかじゃなくて、ただ…ええと。何となく気になっただけ、っていうか、興味本位、みたいな』
「変なの」
おかしそうと笑うも、言葉とは裏腹。彼女は特に何か
直線に絡まった視線、そうして静か。夕刻の柔らかな風と共、彼女の穏やかな声は告げる。どうか一つでいい、彼女好みの男として当て
「そうね、信念がある人かな」
信念なら、在る。勝つ事に重きを置き、師の下で幾日も厳しい修行も積んできた。ミドル級と言えど、重量級対策まで怠らない 揺るがぬ勝利への執着。しかしどうだろう、この眼で見た関林の闘いは、己の不足を顕すには十分で。執着と信念とは、また別な気もする。
「あと、もし危険に遭っても、ヒーローみたいに守ってくれそうな人」
喧嘩なら、そこら辺のチンピラなど訳はない。現に裏の闘技者たちと交え二十一勝無敗、記録がそれを証明している。彼女がどんな危険に遭遇したって、身一つで守るなど、容易い事だろう。それでも、瞬間脳裏に過ったのは、若槻の姿だった。正直、彼に比べたら力負けは明白。全身が鋼鉄の鎧なのだ、果たして彼女としたら、どちらが心強い事だろう。
「それに、底抜けに明るい人。一緒に居ると、落ち込んだ時でも、元気が出るでしょう」
自他共に認める、俺は元気一杯だ。これは胸を張って当て嵌ると言っていいだろう。男女とも、年齢関係なく打ち解けるのも得意とするし、何より落ち込む事自体少ない。そう、心に晴れ間が差した時、途端に浮かび上がるはあの大声量。流石に、サーパイン程元気、とは言い難い物がある。むしろ彼以上に元気ハツラツな人間の存在すら怪しい。
「どうかな、思い付くのはこんな感じ。あともう一つあるけれど、聞く?」
『んー、もう、いいかな』
「そう」
トーナメント第一仕合には、華やかと勝利したはず。なのに、湧いた嬉しさごと、身体の軽さに違和感が巡っていった。恐らくは、この淡く息苦しい深海から、地上へ浮上している証拠。彼女の気が明白になったからか。胸の締め付けが解けても、呼吸がし易い地上に出ても、それはまた。別の苦しさを生むような気がしている。もう少し、深い海の、窮屈な圧力を感じて居たかった。今更ながら、聞かなきゃ良かった、なんて。そんな自分に格好が付かず、苦笑すら溢れる。
『ごめん、名前さん、俺やっぱ寝るよ。脇腹、痛み止め切れてきたみたいだし』
「やだ大丈夫、……そうね、今はゆっくり身体を休ませた方がいいかも。西品治さんも心配するだろうから」
『そうする』
残り、大皿の飯たちを喉奥へ流し込んで。落ちた肩を悟られぬよう、席を立った時である。彼女が、何かを思い出したよう、短な声を上げる物だから、つい反応してしまった。
『どうしたの』
「―――いつもね、私の隣に居てくれる人」
『…え、』
上擦った声は、既に陽が落ちた黒色の空へ霞んでいった。
「さっき言いそびれた、残りの一つ」
困ったような、おかしいような。小さな笑いを浮かべた彼女の微笑みが、浮上しかけた身体を緩く、緩く引き戻してゆく。―――そこに彼女は居た。瞬時、深海へ落ちたと思った。視線の絡まりは、酷く窮屈に肺を締め付け、息苦しさから、心臓の躍動は自然と駆け足になっていく。勿論、深海になど行った事はないが、きっと、こんな感じなの心地良さなのだ。
『もう少し、飯、喰ってこうかな』
「寝なくていいの」
『……隣、空いてるんだよね』
「あなたの為にね」
そうして隙間を埋めるよう、空いた空間へこの身を寄せる。陽が落ちた黒色の空は、まるで本当の深海のようで。僅かな星灯りは、彼女の綺麗と並べた銀色のカラトリーを 静かに揺らしていた。