HUNTER×HUNTER
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皮膚に纏わりつく湿気が、不快指数を上昇させる。夜間になるとやや気温も落ちて幾分寝やすくなった物だが、昼間は未だ夏日を記録している。大体、朝日が昇ってからランチの時間帯になるまで 二十七℃から三十二℃をうろうろ
「
九月になったら急に秋の気候になる、と言うのはただの願望で。勿論、地球における四季は そうそう都合の良い作りにはない。汗腺からぷつり湧く汗をハンカチで拭い、今回のアジトとしている場へ戻る。恐らく、今が一番暑い時刻だ、夕刻になるに連れ 身体に籠もった熱は段々に冷めていくだろう。それでも、手っ取り早くこの身を冷やしたい、そう思って買って来た。買って来たのに、―――それなのに。
「ちょっと、ウボォー、それ私の」
すぐに食べるつもりで買って来たアイス。薄皮の餅がバニラアイスを包んだ二つ入りの物だ。かちかちに固まったそれを食すのも好きだが、少しばかり熔け始めの瞬間を口に入れるのも嗜好。外気温が暑い
『気付いたら沸いてた
「何もない所から急にアイスが沸く訳ないでしょう、買ってきたのよ、私が」
『おお、気が利くじゃねえか、サンキュー』
「サンキューじゃない、あなたに買って来たんじゃないんだから」
『固てえ事言うなって、ほら、お前も喰え』
何故、自分が買って来た物を勧められなきゃならないのだ。しかも、アイスは二つ入り。よく聞く“一口頂戴”が許されない領域に在る。六個や十個入りの物を頂戴、と言われるのとは訳が違うのだ。折角、痛い太陽の下を汗だくで買い求めたと言うのに。暑さの所為、頭に血が上るのもいつもより早い。苛々する。
「言われなくても食べるわよ。と言うか、ウボォーにはビールがあるでしょう」
彼の体内には、未だマダライトヒルが残留している。陰獣の闘いの最中に寄生した物だ。シャルナーク曰く、約一日かけて膀胱へ辿り着き、無数の卵を産み落とすそう。孵化した卵は尿として排出されるが、その際の激痛は死に値するらしい。聞いただけで背筋が凍り、下腹部に鈍痛を感じるが、孵化する為には安定したアンモニア濃度が必要との事で。尿内のアンモニア濃度が薄ければ、卵はかえらずに無痛で排出されるのだと言う。それ故、彼は昨日から水分代わりの全てをビールで補っているのだ。一日中 嗜好品を愉しめるのだから、こう人の嗜好まで手を出すのは止めて欲しい物である。
『確かに最初は旨めえ!って思ったんだけどよ。なんつうか、たまに飲むから旨めんだなって、つくづく思ったぜ』
「飽きれた贅沢」
『まあ、そう言うなって。今度、同じの買って来てやっからよ』
彼は白い歯を見せて笑ったあと。テーブル脇に置いてあるビールの空き缶をそのままに、また。冷蔵庫から冷えたビールを取り出すのだった。爽快な響きを立て炭酸が弾ける音は、身体に籠もった熱と苛々を鎮めてくれる。蒸し暑いのに、この空間だけは幾分、涼やかだった。
「……嘘じゃないでしょうね」
『なにが』
喉を鳴らしながら、豪快とビールを体内へ流し込む。そうして三百五十mlの缶を一気に飲み干した彼は、太い首を傾いでみせた。
「同じの買って来てくれる、アイス」
『当たり前だろ、俺がお前に嘘ついた事あったか、ねえだろ』
「一回くらいはあったんじゃない」
『馬あ鹿、ねえっつうの』
嘘をつかれた事など無い、ただの一度も。私自身忘れて居た小さな約束も、場の勢いにふざけて言い放った約束も、全部。まるで聞き逃す事なく全てを覚えて居て、そうしてそれを破る事はない。唐突に二つ入りのアイスの一つを盗られ苛々してしまったが、買って来てくれると言うなら、
「あれ、そう言えば、“鎖野郎”の足取りって掴めたの」
瞬間、彼の表情が強張り帯びる。―――瞳は、完全に臨戦態勢のそれだった。
『まだだ。だが、陽が落ちたらシャルナークの奴と安宿で、鎖野郎の情報を探る事になってる』
そうか、シャルナークならハンターライセンスを取得している。ハンターサイトでの情報収集が一番手っ取り早いだろう。彼は自身のプライドを傷付けた“鎖野郎”にリベンジを誓っている。一対一ならまず負ける事はない、しかし何故だろう。酷く、締め付けるような胸騒ぎがするのは。同時に動悸、息切れ、心拍の上昇が体内を緩やかに巡り、循環していく。嫌な予感がした。
『名前、おい、名前』
「…え、なに」
『なにじゃねえよ、お前。顔、真っ青だぜ、どっか具合悪いんじゃねえのか』
「ち、がうわよ………アイス、」
『アイス?』
「そう、アイスが冷た過ぎて、……頭が痛くなっただけ」
嘘だった。アイスなんて、もう暑さで泥泥に熔けている。それでも、止めたとして訊くような漢ではない。今更「行かないで」、そんな物は無意味な声になるだけだった。彼と言えば、私の様子を見ては大口で笑い『あるあるだよな』と愉しそうにそこに居る。―――時間が止まればいい、切に思った。
「ねえ、ウボォー」
『あ?』
「油断、禁物よ」
『誰に言ってやがんだ、間抜け』
「そう、よね。あ、そうだ」
恐らくは、もうそろそろで彼はアジトをたつ。ハンターサイトを覗ける安宿でシャルナークと落ち合う事だろう。彼がこの場を去る前に、一つ預け物をしたい。私はハンドバッグから、薄いハンカチを取り出しては彼へと手渡す。予備で持ち歩いている、未使用の物だ。
『要らねえよ、そもそも便所行っても、ハンカチなんて使った事ねえぜ』
「そうじゃなくて、肩。傷口、もし開いちゃったら、これ使って」
彼は受け取りを渋っていた。大した傷じゃない、そう言わんばかりに。ただ、渡した理由は傷口用にではない、これは私の願掛である。彼は私に嘘をつかない、だからこそ これを約束として欲しいのだった。
「“鎖野郎”を倒したら、預けたハンカチと、アイス。両方返しに来て」
少しの沈黙が続いた後。それが約束だと悟った彼は、先の渋りは無くなって。私が差し出したハンカチを大事そうと掌に握り締めるのである。大丈夫、大丈夫だ、彼は私に嘘をつかない。きっと、いつもの明るな顔をして、この場に必ず戻ってくる。
『―――任せろ』
九月二日、まだ暑い、真夜の出来事だった。彼が私に初めてついた嘘は、余りにも大き過ぎた。―――嘘つきだと、そう、思った。