HUNTER×HUNTER
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地上 二五一階、高さ 九九一メートル。世界第四位の高さを誇る巨大な建物。遠くから眼にしても、抜きん出て目立つそれは。いざ建物入口より空を見上げるだけで、首がどうにかなってしまうそうな程。ただの建物だと言うのにこの圧迫感、そして緊張に高揚。無意識と掌に湧いた汗は、握りしめるハンドバッグの持ち手を滑らせている。
―――天空闘技場。通常“野蛮人の聖地”と呼ばれるこの場所は、一日に約四千人の腕自慢が世界中より集う格闘技場である。年間の観客動員数は実に十億を越えるほど、実際 脚を運んでみれば、確かな人気と活気で溢れていた。
「……二百階クラスは、と」
該当の観戦は、今日これから試合が行われるカストロ対ヒソカ戦である。私自身に限っては、特段、格闘技も人混み溢れる場所もそれ程興味はないのだが。この日、本来カストロ目当てで観戦を愉しみとしていた友人が、風邪で寝込んでしまい。友人の代わり、カストロが勝利する栄光たる
そうしていざ、闘技場内へ脚を向かわせた時である。随分と高く
『ねえアンタさ、ちゃんと前見て歩きなよ』
「……ご、めんなさい」
咄嗟、視線を落とせば、そこには十一、ニ歳くらいだろうか。綺麗な白色の髪をした男の子が 頭の後で腕組みしながら此方を見上げていて。こんな所に子供一人で。これだけの人混みだ、親と
「僕、迷子、お母さんやお父さんは? お姉さんと一緒に受付で呼び出ししてみようか」
手を差し出すと、彼は大きな瞳をさらに丸くさせてから。そうしておかしそうに吹き出すのだった。
『迷子、俺が?』
「あら、違った」
『違えよ、んな訳ねえじゃん。俺、ここで金稼ぎしてる側の人間だぜ』
「………」
今度は私の瞳が大きくなり。その様子がまた面白いのか、彼はついに腹を抱えて笑い出した。大まかに話を聞く所、彼は修行を兼ね 友人と共、この天空闘技場へ訪れていたらしく。何故 金を必要としているのか、何故 親が近くに居ないのか。前述を問いたい所であるのだが。当の本人が迷子ではないと堂々口にしているのだ。それに、保護者代わりか定かでないが、修行の為の師匠が近場に居るらしい。兎にも角にも、子一人で困り果てている訳ではないようなので、迷子センターは見送りとする。
「驚いた、強いのね、キルアくん。お友達と一緒に二百階クラスまで行くなんて」
『そ。でも今、友達が怪我しててさあ。次開戦は、ソイツの怪我が治ってからかな。あ、ていうかキルアでいいよ。で、お姉さんは今日、観戦?』
「ん。私は純粋な観戦じゃないんだけれど。友達がカストロさんのファンでね」
彼と共、闘技場入口近くのベンチへ腰掛け。余っているから、と手渡された缶ジュースを受け取りながら、此処へ来た理由を説明した。彼と言えば、可愛らしい顔をしながら割りと辛辣で、“友達、男の趣味悪いね”と、棘を吐き捨てては。飲み干したジュースを寸分の狂いなく 弧を描きゴミ箱へと投げ入れるのだった。
『じゃあ、俺と一緒に行こうぜ』
「…え、」
『カストロ対ヒソカ戦。俺も丁度観戦する予定だったんだ』
「嘘、そうなの、良かった……何だか一気に肩の力が抜けちゃう」
緊張で湧いた手汗は、いつの間。彼と話して気が紛れたのか。はたまた手渡された甘いジュースで気分が落ち着いたのか定かでない。けれど、この場合はどちらも当て嵌まる事だろう。
『何でだよ』
「実はね、初めての場所だから緊張しちゃってて。でもキルアが一緒に居てくれるなら、凄く心強いわ」
『はあ? 別に。ただ観に行くだけだろ。心強いも何もねえじゃん』
「あるわよ。男の子が傍に居てくれるのと、そうじゃないのとじゃ、全然違うもの」
『ボディガードする程、俺も暇じゃないんだけど。……まあいいや』
彼は溜息を零した後。私が飲み干した缶ジュースもまた、綺麗な弧を描いてゴミ箱へ放るのだった。そうして何故だろう、どんな手品かは解らない。足音さえ聞こえぬ その歩の後ろを私はただに追い駆けるのだった。
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『ビデオは、ちゃんと撮れてんの』
「ん、ばっちり。ありがとう、キルア」
戦績、九勝一敗という優秀な実績。“フロアマスターに最も近い男”と呼ばれたカストロであったが。正直、裸眼で観ても試合中、何が起こって居るのか理解に及ばなかった。それは彼も同様のようで。終始考え込むような仕草と真剣な瞳でいた事から、話しかける隙さえまるで無かった。そして、当のカストロと言えば、残念ながら敗北に終わり。約束通り友人へこのビデオを届けるが、思い通りの結果に至らず、眼にした暁には もっと風邪を拗らせてしまうかも知れない。少々、気が重たくあった。
「キルアも今度、二百階クラスで頑張ってね、応援してる。お友達にも、お大事にしてねって伝えて置いて」
『サンキュー』
ビデオカメラを大事にしまい、高く聳える天空闘技場を後にしようとした時だ。ふと、視線の端、先に飲み干したジュースの空き缶を投げ捨てたゴミ箱が眼に入る。思えば今日、彼にジュースを預けられ、さらには闘技場内の案内、付き添いまでして貰えたのだ。年下に甘えて置きながら何も礼をしないと言うのも気が引ける。
「ねえ、迷惑じゃなければ、今日のお礼がしたいんだけれど」
『ええ、いいよ別に。俺だってどうせ 最初から観に行くつもりだったし』
「それでも途中、怖い人にすれ違った時も牽制してくれたでしょう」
彼の瞳だろうか、身体から湧く何かがそうさせているのかは解らない。それでも、柄の悪い連中に近寄られた際、手も脚も触れずに身を守ってくれたのだ。彼のお陰でこうして無事に目的を果たせたのである、何か礼をさせて貰いたい。私の問い掛けに、彼は少しばかり頭を捻らせたあと。それは名案を巡らせたような口調で声にするのであった。
『じゃあ、ちゅーしてよ』
「……ち、ちゅう」
驚いて聞き返すも、ただに首を縦に振るあたり、冗談ではなさそうだ。まあ、年頃の男の子であれば、そう言った事に興味が出て来ても何らおかしな物ではない。ゲームやお菓子をねだられると思ったが、キスが良いだなんて、やはり何処か大人びている。私は「いいわよ」と短に応え。そうして僅か、背を屈ませるのだ。白色の柔らかな頬へ手を添えて、薄い唇へ肌を寄せると。瞬間、彼が頬が一気に紅潮する様。
『おい…!、な……、なに考えてんだよ』
「何って、あなたが言い出したんでしょう、キスが良いって」
『馬鹿野郎、俺が言ったのは、ほっぺた! 口は大人同士でやる物だろ』
大にした声と、微かな震え声に。前言撤回だ、大人びているなんて決めつけてしまったが、どれだけ強く頼もしくても。中身は年相応の子供に相違ない。私が小さな笑いを漏らすと、彼は不貞腐れて、唇を尖らせるのだった。
「ごめん、ごめん、じゃあ、ほっぺたに、ね」
『ん』
再び手を触れた頬は、先程よりも熱が増していて。そんな赤みを帯びた柔らかな肌へ、私は静か、この唇を落とすのだ。触れた瞬間、彼の肩が短に跳ねたのは、見なかった事とする。
「はい、お礼。今日は本当にありがとう」
『おう』
普段付ける口紅じゃなく、淡色の色付きリップにして置いて正解だった。彼の白色の頬に赤の口紅なんて付いたら、目立って仕方がないだろう。その点、リップならほとほと目立たない事だ。今度こそ別れの合図を。私が彼に手を振れば、それは特に返ってくる訳でなく。初めて会った時同様、頭の後ろで両手を組んでいる。
『なあ、お姉さん』
「ん?」
振り返ると、本当にいつの間か解らない。何故、足音も立てず。この服が擦れるような距離まで身を詰められるのだろうか。近距離で見上げられると同時、青色の瞳が、ただに此方を覗いていた。
『十年後、また此処に来てよ』
「十年後、どうして」
十年後、きっと彼は。今よりもっとずっと強くなって。背だって私より遥か大きくなり、今度はこちらが彼を見上げるようになるだろう。今は細いその腕も逞しくなって、声だって低く、男性らしく在る事に違いない。それでも、何故十年後なのだろう。首を傾げば、彼の瞳の奥に青色の稲妻が見えた気がした。―――突然の稲妻に、頭の天辺から脚の爪先まで、痺れ。どうも身動きを忘れてしまうほどに。
『そん時に、大人のキス。俺に教えてくんない』
稲妻に弾かれた脳内。彼の頬に触れた唇が、焦がれるよう、熱を持ち始める。