HUNTER×HUNTER
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
世辞にも奇麗とは言えない、此処は安宿の一室だろうか。なにもこんな時に、こんな所で、何故俺は今、彼女と二人きりで居る。平然を装うも、平常時より少しばかり急ぐ脈拍が、己の身体の意識を明白にしていく。全くどうしてこんな事に。理由は頷けるようで、そうもならないような、とんだ馬鹿げた物だった。
「ちょっと近いってば、そんなに寄らないでよ」
『馬鹿か。近づかねえなら、どうしろって言うんだよ』
「……それは」
あろう事か、敵に対する尾行がバレたのだ。あり得ない、互い、確実に気を殺して居たというのに、どんな奇術だ。しかし、どれだけ頭を捻ろうが、解らぬ物は解らない。―――駄目だ、一旦、頭を整理しよう。俺は彼女と二人、標的の尾行に付いていた。潜伏するアジトを突き詰めた後、ここから成すは、動か、はたまた静か。どちらの選択を取るか、彼女へ目配せをした時である。瞬間、薄黒い布を被せられては、恐らく。陰獣の
『いいから、兎に角、俺を信じろ』
そうして黒布で拉致された後、布から飛び出すと。そこが冒頭の一室だった訳で。敵は俺達が尾行者だと疑念を持ち、もしそれが本当ならば、誰の命であるかを訊き出そうとしている。実態の解らぬ能力、真正面からぶつかるほど馬鹿ではないし、標的はきっと俺達を監視している。間抜けをしていた訳じゃないにしろ、俺が居ながらこの様だ、相当な手練と感知すべきだろう。そこでだ、閉じ込められた部屋から容易と外へ脱出する為、彼女へひとつ、提案を寄せたのだ。―――『追尾してたっつう事実は一旦、隠せ。俺達はただの一般人、まあ、簡単なとこ、恋人の振りでいい、出来るな』そう、耳打ちをしたのだが。
「だからって、急にそんな事出来る訳ないでしょう」
難しい事じゃないはずが、どうも納得いかないようで、彼女は頑な、俺との距離を拒む。別に、本気で言い入れた訳じゃない。仮にもしも言い入れをするなら、もっと場所やタイミングくらい考える。それでも、好いている女からこうも拒まれれば、大概の漢は落ち込む物で。しなしながら危機的状況下、仮でも“恋人”のふりは厭だという。一体どうしたものか。嗚呼、帰ったら自棄酒でもしたい気分だ。
『因みに一応訊いとくが、恋人の振りってよオ、お前さん……一体、何すると思ってんだ』
「………え」
時計も無ければ、窓もない。故に、流るるは静寂である。時計があれば、秒針を刻む音が、少しばかり沈黙を破るだろう。窓があれば、風の角が硝子に充たり、幾分の緊張を解くだろう。それなのに、この静けさは、まるでいけない。薄暗の中、なんとか視える彼女の瞳と視線を合わせる。―――何だ、その眼は。途端、濡れた瞳に心音が高鳴り響いて。この静寂にすら冴え渡ろうとする物だから、慌て。次の言葉を繋げようとした矢先である。閉じ込められた箱の中、彼女の短い吐息が声に混じった。
「―――セックス、」
『…はあ!?、おま、何言って』
「やだ、大きな声出さないで」
『お前さんが、変な事言うからだろうが』
合致がいった。何故、彼女がこうも近寄る俺を牽制するのか。脳内で
「だ、だって、ノブナガが……こ、恋人の振りって言うから…」
『馬ッ鹿野郎、たかだか振りで、そこまでする訳ねえだろ』
「……」
深い溜息を着けば、彼女は前述、自身が口にした事を恥じるが如く。薄暗でも解る程に、紅潮の頬を覗かせるのだった。正直、女を貶め羞恥に晒す趣味はない。流石に可哀想になって、眼の前で俯く彼女を慰めるようと指先を伸ばしたが。細い肩へ触れる直前で、素早く腕を引っ込めた。―――安々と、野郎が女の肌へ触れてはならない。後、引っ込めた指先で頭を掻き毟っては、敵に気付かれぬよう小声でそれを伝えるのだ。
『せいぜい、顔でも近づけて、口吻の素振すりゃ十分だ。おら、解ったら、とっとと、こっち来い』
此方から無理に腕を引けない所為、小さく手招きしてやれば。彼女はおずおずと身を寄せて、紅に染まった頬へ浮かぶ、奇麗な瞳を視せるのだった。
「………ノブナガ」
『平気だっつの、何も変な事しやしねえよ、言ったろ。顔近づけるだけだって』
「私ね、」
『
視線が、痛いのは何故だろう。視上げられた視線が、痛くて、痛くて、仕方がない。―――先、彼女から不埒な言葉を訊いたからか。それとも、互いの息遣いを感じる程、距離が縮まっているからか。俺の名を呼ぶ形の良い唇が、十分に濡れているからか。脳内を巡る勝手な思考が、身体の芯に熱を籠もらせる。そうして無意識に駆け足になった心臓、
「出来ない」
『……あのな、この期に及んで』
言葉は、どんな物より奇術である。その一言で、動にも静にも成り得るのだから。訳の解らない珍妙な能力で閉じ込められた事実より、彼女の言葉の方が、もっと、ずっと。
「振りでも……好きな人とは、もっとちゃんと、素敵な所でしたい」
『………』
「だから、……出来ない、」
『お前さんさあ、』
―――“奇術”。人間の錯覚や思い込みを利用し、合理的原理を用いて、
『よおし、名前、俺の背に立て。お互い、真正面から突破するぜ。やっぱよ、じっとしてんのは性に合わねえって
「了解、任せて」
『それと、選択肢をやる、よく考えて選びな』
「……なに」
太刀の間合いは半径四メートル。間合いに入ったら、即刻、斬る。何処からでもかかって来な。俺は今、最高に滾っているんだ。
『一、夜景の視える展望台、ニ、映画館の最後列、三、俺が運転する車ん中。さて、どれがいい』
「四、あなたの部屋」
『滾らせてくれるねえ』
―――瞬間、刀が風を斬る。音を置き去りして、そうして耀りを抱くのだ。