HUNTER×HUNTER
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心底、本が好きなのだと思った。気が付けば、その分厚く小難しそうな文字の羅列に瞳を落としているし。それを追う視線は緩やかで、静かで、真剣だった。いつの日だろう、彼がどんな本を読んでいるのか気になって、背を預ける椅子の後ろをすり抜けた事があったのだ。余りにも真剣で居るものだから、どうしても本の内容が知りたくなったのである。するとどうだろう、予想とはまるで違う。英文書でも、歴史を綴ったものでも、読めない外国語でもなんでもなくて。思わずの二度見も無理はない。だって、この眼に捉えた内容はただの流行りの漫画だったのだから。失礼と思いつつ、暫く腹を抱えて笑ったものだ。それはもう、暫く。
「クロロ」
その際、彼は特別慌てもせずに。『今、いい所なんだ』そう教えてくれた事も、申し訳ないが笑いを助長させるだけで。今思い出しても、まだ鮮明にあの時の愉しさが蘇る。本当に、彼と居ると飽きが来ない。人を惹きつける何かを持っているに違いのだ、きっと。
『名前か、どうした。また俺の読んでいる本が気になるのか』
「あら、バレちゃった」
『容易にな』
今日も彼は本を手にしている。椅子も、ソファも、身体を楽にする物は幾らもあると言うのに。そういう気分なのだろうか、彼が選んだ場所は固い固い床。私もまた、彼に
「どうも、ありがとう」
『嗚呼』
彼が床へ預けてくれた黒色の羽織を上、今度こそ腰を下ろした。―――まだ、温かい。温もり続くそれは、色味こそ黒いものの、月の浮かぶ真夜などではなかった。温かな陽に易しさを覚える、そんな柔らかさである。なんて、心地良い。ふい、仄か在る熱に混じり、彼の匂いを感じた。こちらもまた、心地良い。
「ねえ、今日は何を読んでいるの」
私は、彼の敷いてくれた羽織の暖かさに触れながら。真剣たる瞳を注ぐ、今日の本へと目配せをするのだった。ちらと覗くところ、先日の漫画の続きではなさそうで。はて、と首を傾ぐ私を見、彼はようやく文字から視線を外しては、私と瞳を重ねるのである。黒色の眼、その深い黒は、光さえ奪ってしまう程に、どこまでも暗い。だのに、何故だろう。とても、とても、温かい。ふと、気付かぬ間、彼の瞳に見入っていると、どうも困り気に苦笑を溢すのである。
『余り視つめてくれるな、穴が開いてしまう』
「……ご、めんなさい」
咄嗟、視線を外して見せると、それも笑いに変えられた。紅潮した頬を隠すよう、ややに俯いていると、先に応えを教えてくれたのは彼の方で。はらり、眼の前に広げられた
「…………心理テスト」
『案外、面白いんだ』
「へえ、そう」
小難しい本でない事に、驚きと安堵が胸に寄る。それにしては、じっくり読み込む物なので、相当面白いか、深層を充てにくるような思わずどきりとする物のどちらかに相違ない。頬の紅が少し引いた頃、彼は次の頁を静かに捲ってみせては、なにか企みの笑みを浮かべている。その愉し気とする様に気付くのは、案外すぐで。彼は今まで黙読していた所、その薄い唇を開き、音読を始めるのだった。これは半強制的に、私を巻き添えに成そうとする意。まあ、いいだろう、相手はメンタリストでも占い師でも何でもない、たかだか一冊の本なのだ。本音を探られる訳がない。―――そう、思った自身を後に悔いる事になるとは知らず。私は彼の読み上げる心地良い声へ、耳を傾けるのであった。
『一つ、お前に質問する』
「何でもどうぞ」
余裕綽々な私の反応に嬉々とした彼が出した心理テストはこうだ。―――“友達の家に遊びに行くと人形があった。しかし一部パーツが欠けている。そのパーツは次のうちどれか”。
『頭、首、眼、手、脚』
「どれも物騒ね」
『心理テストだからな、本当だったら、きっと。その子は遊び方を知らないだけだ』
ついでに付け加えられたのは、『深読みは厳禁』との事。確かに、こういう類の物に関して、あれこれリスクやデメリットを考え選択しても意味がない。深層で考えるべき事なのだから、頭が無かったら大変、とか。脚が無かったら歩けない、とか。そういうんじゃ駄目なのだ。心理テストに正しい応えはない、在るとするなれば、人形を想像し、直感で応えるのがこの場で求められる正解と言えよう。私は、
「手ね」
『…………成る程』
「なによ、その反応。今、少し変な間があったわ」
『知りたいか』
「え、」
『応えだ』
当たり前だ。ここまで応えさせて置いて、気掛かりな反応までされたなら、応えくらい誰でも気になるに決まっている。私は訴えるよう、催促の視線を送る。すると、瞬間だった。眼の前に広がる景色が一変と。まるで魔法に掛かったように。先まで隣同士で居たはず、なのに、何故。私は彼を仰向けで見上げているのだろう。不思議で、不思議で、堪らない。何故。―――床に預けた背が痛くも、冷たくもないのは。彼が
「ク、ロロ」
『応えを示した』
「どういう事…」
『―――明らかになるのは、“眼の前の異性に欲する物”だそうだ』
覆い被さる彼を見上げ、何度か睫毛を
『“相手の肉体、全てを欲する”』
「――………」
『お前が選んだ“手”、その応えだ』
ふつふつと沸き上がる羞恥と脳内の混沌。そして今在る現状が、私の心臓を駄目にさせてゆく。痛い程よく動く躍動は、いつか止まるだろうか。止まったら、楽になれるだろうか。早く、早く、収まって。刹那、そんな願いは儚くも、彼の前では無意味と知った。まるで魔法だ。きっと、どれを選ぼう彼が嬉々する応えが導かれていただろう。けれど、どれを選んだって、私は多分。この躍動の止め方を知らずといるに違いない。
『充たっていたか』
「………あなたは」
『なに』
とぼけられては困る。羞恥を晒すのがこちらだけでは、おかしな事だ。彼は当然、全ての応えを了知であろうが、それを訊くまで他は何も応えたくなどない、不公平だ。私が再び頬に紅を上らせると同時、彼の繊細たる指先が、この手指に触れ。そうして一つ一つ、重なって、絡まって、繋がれてゆく。
「クロロは何を選んだの」
『俺は、眼だ』
「………応えは」
『“相手の視線の全てを欲する”』
飲み込まれる、視線に。その黒色の瞳に全部。しかし、思うのだ。応えが肉体だと言った私に対し、なんだか易しく純情だと。ふい、見上げた彼の瞳は、やはり光さえ奪ってしまう程に、どこまでも暗い。だのに、何故だろう、とても。とても、温かいのだ。そうして、とても。とても、欲深いのだと知る。
『お前の瞳には何が視える』
『それを永遠に離すな』
誓と言えよう言葉はすぐに浮かばなかったので。私は繋いだままでいる彼の手を寄せ、静か、触れる程度の口吻を落とす。後、『肉体が欲しい割に生易しいな』そう笑う彼に連れ。私は引力に導かれるよう、覆い被さる彼の首筋に両腕を預けるのだ。
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