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硝子製のキャンドルグラスへ息を吹き掛けると、ちりちりと燃えていた蝋燭の焔が消える。天井へ吸い込まれるよう、揺らぎながら上る灰色の煙は、日中の天気と良く似ている気がした。灯って居た焔が姿を消せば、部屋に在るはただの静寂。キャンドルから穏やかと散る明りが、名残惜しい程に。
―――チェコ西部地方で確立されたボヘミアグラス。透明度が高く非常に硬い事から、かつては宝石と同価とされていて。その特徴的な彫刻の美しさは、今なお、世界中で人気を誇って居る。今日の曇天には太陽の代わり、丁度良い明りだと思えた。
『商談にも振られ、雨にも降られ、か』
「その上手い事言った、って顔やめてくれない」
『君はいつも辛辣だな』
ジャカルタでの商談が空振りに終わった夜。取って置いたホテルで、冷たな雨に降られた肌を熱いシャワーで洗い流す。ホテルの滞在期間はもう少しと余白があるが、恐らく明朝には次の目的地、日本へ向かう事となるだろう。理由は単純な物だ。最近、東南アジアの武器展開へ妙な動きに気掛かりを覚え。心当たりのある彼が、とある日本商社に狙いを定めたのである。今居る このホテルは、備付のグラスやミラーがアンティークな事もあり、割りと気に入っていたのだが。身を動かすのであれば、早い方がいい。
「ねえ、キャスパー」
『ん』
肌触りの良いバスローブに袖を通し、ベッドへ腰掛ける彼の肩へ頬を寄せるのだ。シャワーを浴びたと言うのに、首元から仄かに香る甘い匂いは、きつい香水が落ち切って居ないのか。はたまた彼の皮膚から自然に湧く物なのか、定かではない。ただ一つ確かな事は、この香りが、特段嫌いでは無いといった事実。
「ココの部隊も来るかしら。ほら、日本て言えばトージョの古巣でしょう、何だか酷じゃない」
『彼はそんな
「そう」
ふい、背を辿った彼の腕が柔らかに伸びて。乾かしたばかりの髪を
『会いたいのかい、トージョに』
向けられた視線は、薄暗でも良く解るほどに。温もり失せたそれであった。まるで、先の蝋燭の焔が一瞬で煙になったように。灯りは、海色、セルリアンブルーの瞳の奥へ。底しれない深い場所より、一瞬で火消されるのである。私はその冷たな海を見上げながら、首を横に振るのだ。
「それは、あなたの方じゃない」
『僕が』
「会えると良いわね、ジョナサンと」
『ヨナ、そうだな。まあ、これが酷く嫌われてるからな。会えたらいいけど』
後ろから刺されないか心配だ、と嬉々に微笑を溢す彼と来たら。余程 彼の能力を買っているに違いない。今頃、彼の妹部隊に手厳しく育てられて居るはずだ、きっと、成長した少年兵をその眼に写す事を愉しみにしている事だろう。嗚呼、この関係が。曇天のよう、灰色なんかじゃなくて、晴れなのか、雨かなのか、どちらかはっきりしてくれれば良いのに。仮に晴れならば、そうしたら。ジョナサンや他には眼を向けないで、此方だけを見て居て欲しい。そんな風に、その辺の女性のような事を言ってみたい物である。
「もしも、あなたが刺されて死んだ時は」
『……』
「墓石に好物のジャンクフードを供えておくわね」
『嫌だなあ、バーガーは好きだけど。せめて花がいいよ』
「どんな花」
『あのさ、何で良い雰囲気の時に、わざわざ縁起悪い話をしたがるかな、君は』
白色の肌の
『君と言う“華”がいい』
「真剣に訊いたのに。そのうち信用無くすわよ」
『その通りだ、決して人を信じるな。でもまあ、僕は』
するり、胸下で結んでいたバスローブの紐に指が触れゆく。繊細な指先で解かれたそれは、彼の眼の前へ
『僕を気に入って欲しい相手に、嘘を付かない』
いつだってそうだ。綺麗に並べられた軽い言葉に、真意を求める方が難しい。けれど、今もこうして指先で梳かれるこの髪に。底知れはい深い海のような瞳に。期待してしまう自身は愚かだろうか。
「一緒に死んで欲しいって事」
『捉え方は任せるさ』
この際、愚かでも何でもいい、そう思った。もう知れた、それで十分だった。
「キャスパー、愛してる」
『フフーフ、それは光栄だな』
生涯。彼の欲する花を知る人間は、世界にただ一人しか居なかった。それで、十分だった。