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まだ真夏でもないのに、こめかみから流れた汗は、頬を伝い降りて顎を辿る。そうして大きな雫になったそれは、天井から煌々に注ぐ、痛いほど眩しい照明を浴びて、ステージに落ちるのだ。何度も、何度も、重ねた練習に 脚元には幾線の軌跡が残っていて。繋いだ線に続くよう、雫がそれを追い駆ける。―――重力に負けた、流れ星かと思った。
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「お邪魔します、すいません、お部屋を片付けたいなんて」
『No Problem. プロデューサーちゃんなら大歓迎だよ。俺の為に来てくれてThanks!』
事は案外 単純だった。“アイドルのお宅訪問”と言うテレビ番組で、彼の部屋が放送される事となった為、
『さ、上がって、上がって』
有りの
「それじゃあ、私は本棚を。類さんは押入れをお願いします」
『OK. 任せて』
屈託ない瞳を向けられ、直ぐ様取り掛かる様子に、私も気を入れ替えた。せっかくの休日だ、ゆっくり身体を休ませたいだろうし、どこか行きたい所、やりたい事など合ったかもしれない。それでも、私の提案を快く受け入れては、仕事に熱心と取り組む時間を これ以上無駄には出来ない。兎にも角にも、持ち掛けたのは自分なのだ、綺麗な部屋を写真に収めるまで、中途半端はしたくない。そんな、片付け始めて早々の出来事だった。
『あ、見て。プロデューサーちゃん。これ、大学時代、先輩に貰ったネクタイだよ』
Very Coolだと思わない? そう懐かしそうにネクタイを手に取っては気分はあっという間、学生時代に遡る。他にも、友人とお揃いで買ったという帽子を身に着け、想い出に馳せるよう楽し気な瞳を浮かべる
「類さん、ごめんなさい、やっぱり」
有りの儘の部屋を。先日、彼が撮って来てくれた写真をそのまま使おう。休日を台無しにした挙げ句、言っている事も二転三転と申し訳が立たないが、きっとそれが一番、一番良いのだ。片付けを進める彼が、再び押入れに向けた背を呼び止め、屈めた膝を伸ばし立ち上がった時だった。
「………きゃ、…」
『名前ちゃん…!』
無造作と床に置かれたプラスチックに、爪先が捕まった。慌て、転んでしまわぬよう、どこか手を掛けられる場所はないだろうかと見渡す。人の部屋なら尚更だ、咄嗟に手を伸ばしてみるも勝手が解らず、掌はただに宙を仰ぐだけ。視線と共に傾いた身体は、重力に負け、固いフローリングへ崩れていくのだった。部屋へ押し掛けた上、転んで醜態を晒すなんて、彼もいよいよ呆れる事だろう。近付いたフローリングを前に、瞼を強く瞑った。
『平気』
不思議と痛みはなかった。代わりに在ったのは、確かな温もりと、力強い腕の抱擁。瞬時に理解したのは、彼が私の下敷きになっている事実。ふいに絡まった視線が、常、陽気なそれじゃない事は明らかで。冷静な瞳の中には、少しの焦りと動揺が埋まっていた。
「………る、類さん……やだ、私」
『It's all good. プロデューサーちゃんは、どこも痛い所ない』
「大…丈夫です、本当に、ごめんなさい」
擦れた服から伝わる熱に、思わず視線を背ける。固い胸板が、包み込む腕が、真剣に寄せられた眼が。近づかなければ解らない事柄に、脳内は既、容量を越えていて。私が短く謝れば、彼は横に首を振り。『こんな事なら、きちんと片付けて置くべきだったよ』と反省の苦笑を漏らすのだ。迷惑を掛けたのは私の方なのに、気を遣わせまいとする言葉選びが彼らしいったらない。
「それにしても私、何に
軽いプラスチックのような気がした。踏めば割れてしまう程の軽量さは、CDケースか、DVDのそれに似ている。部屋に溢れる全てが想い出なのだ、もしも壊してしまったのなら、只事ではない。片付けの際、彼の楽し気な表情を思い返すだけで、冷や汗が上ってくる。そう恐る恐る、逞しく支えてくれた腕より抜け出そうとすれば。それは、咄嗟に受け止められた時よりも強く、抑え込むようこの身を包んで離さない。
「……類さん、私、もう平気なので。腕、解いてください」
『I can't do it now.』
「でも躓いた時、何か踏んでしまった気がするんです。類さんの大切な物だったと思うと、気が気じゃなくて」
無理矢理腕から逃れようも、男の人の力には叶わなくて。けれど、抱き締められた状態では、変に意識してしまい、どうも心臓が
『大切な物、とはまた少し違うかも』
「……」
『正確には、“見られたくない物”って言った方が、Feel right.だね』
再び配べた視線の先、白色の肌が仄かな紅潮を覗かせている。――察してしまうには、
『解った?』
「わ、解りました……。それは見ないので、この腕を解いて貰っていいでしょうか」
『駄目』
「……」
『って、言ったらどうする』
細い黄金色の髪の毛が、フローリングに綺麗と散らばっていた。煌々、煌々。重力に負けた流れ星みたいに、本来届かぬ
「類さんの髪、凄く綺麗、星みたい」
『あれ、俺、口説かれてる』
ほんの一瞬、眼を丸くした彼だったが、すぐに元の柔らかさへ戻り。そうして、今まで抱いて居た手を離しては、私の手指と静かに絡めるのであった。
『触って』
絡まった手。引かれる先は、彼の黄金に成る髪へ。待つだけの流れ星なら、光って消えて、すぐに手の届かぬ所へ行ってしまうけれど。どうやらこの世には、消えない星芒もあるらしい。重なった肌に、確かな昂りが揺れた。